つい先日、生まれて初めて告白された。告白してきた相手の名前はフレン・シーフォ。ひとつ上の学年で学校の生徒会長をしている。最初は嘘なんじゃないかと自分の耳を疑ったが、彼は本気だった。返事は要らないとシーフォさんは言ったが勝手に告白して勝手に満足するなんて不公平だと私は返事の延長期間を申し出た。自分でもびっくりする発言だったと思う。それでもシーフォさんは構わないよ、と微笑んだのだ。
 このようにしてシーフォさんと私の間には奇妙な関係が生まれた。友達以上恋人未満とか良く聞くけど私とシーフォさんは友達とも言い難い。それまで私はシーフォさんの存在すら正直言って認識していなかったのだから。友達の友達、それが一番しっくりくる。そんな曖昧な関係だからなのだろうか。

「おはよう、苗字さん」
「……おはようございます、シーフォさん」

 あの日以来、変わったことといえば校内ですれ違えば挨拶をするようになったくらいだ。

***

 週に一回、授業の終わりに図書室に通うのが私の習慣だった。

(届かない)

 目的の本につま先で立ち懸命に手を伸ばす。普段なら本棚の近くに小さな脚立が備えられているはずなのだが、今日はそれが見当たらない。誰かが別の場所に移動させてしまったようだ。
 なんとか指先が背表紙に触れるがそこから引っ張り出すまでがうまくいかない。踵を床に戻して一息つく。仕方ない、もう一度チャレンジして取り出せなかったら今日は諦めてしまおう。明日にでも借りにくればいいだけの話だ。その時には脚立もいつもの位置に戻っているだろうし。

(もう、ちょっと)
「苗字さんが取りたかったのはこれ?」

 背伸びをして伸ばしかけた手の上をいとも簡単に細く長い指先が通り過ぎて、欲しかった本の背表紙をするりと撫でる。背後の気配に全く気付かなかった私は驚きつつもこくりと頷いた。ちょっと待ってね、と後頭部辺りから再び声が降ってくる。その思わぬ近さに若干身体を強張らせながらも指先を滑らせて本を取り出す一連の動作を目で追った。はいどうぞ、と目の前に差し出されたそれを受け取ってゆっくりと背後を振り返る。本棚に手が届くということはそれなりに自分との距離が近いということで。案の定、シーフォさんは私のすぐ後ろに立っていた。

「……ありがとうございます」
「どういたしまして」

 にこりとシーフォさんは笑みを浮かべる。まさか図書室で会うと思っていなかったから驚いた。ふと彼の手元に視線を落とせば何冊か本が抱えられている。難しそうな本の中には小説も混じっていた。勤勉なイメージはあったが本を読むイメージはあまりなくて少し意外だった。文学なんかは特に。
 本を抱えぼんやりと見つめる私にシーフォさんは何事もなかったかのように口を開く。

「ねえ、苗字さん。この後用事はあるかい?」
「……いえ、この本借りたら帰るつもりでしたけど」
「そうか、それなら――」

 そう言って、シーフォさんはさっきより深い笑みを浮かべた。

「僕に少しつき合ってくれないかな」

 はあ……まあ、少しだけならいいですよ。
 特に断る理由もなくシーフォさんに案内されて辿り着いたのはなんとファミレスだった。放課後にエステルやリタと行ったことはあるけれど、まさかこの人と一緒に来ることになろうとは。生徒会長もこういう店に行くんだなと思いながら女性の店員さんに案内された四人掛けの席に向かい合わせに座る。

「ご注文が決まりましたらお伺いいたします」

 ぺこりと頭を下げる店員さん。その視線がさりげなくシーフォさんに注がれているのを私は見逃さなかった。軽く周囲を見渡せば他のお客さんもちらちらとこっちを見ているのが分かる。校内で圧倒的人気を誇る『学園の王子』(エステルから力説された)の実力は校外でも衰えないらしい。流石、『学園の王子』。当の本人は店員さんから受け取ったメニュー表に視線を落としていて全く気づいていないようだけど。
 結局、メニュー表を二人で眺めてシーフォさんはアイスコーヒー、私はアイスティーを頼んだ。注文を受けた店員さんを見送って正面を向きなおす。からん、とグラスに入った水が音を立てた。

「どうして私をここに誘ったんですか?」
「苗字さんとゆっくり話がしたかったんだ」

 ゆっくり話をするなら学生や子連れの主婦で賑わうファミレスより落ち着いた雰囲気のすぐ隣の喫茶店とかの方が良かったのではないだろうか。
 もしかして彼は天然なのでは? 咄嗟に浮かび上がった疑問を飲み込んでシーフォさんの話の続きを聞く。

「話、ですか」
「うん。苗字さんは僕のことあんまり知らないだろうから。まずは知ってもらいたくて」

 シーフォさんの言うとおりだ。私はこの人のことをほとんど知らない。だから告白の返事も延長を申し出た。それから私たちに大きな変化があったかと聞かれれば答えはノーとなる。よくよく考えてみれば当たり前の話なのだ。シーフォさんはともかく、私は従来と同じ日常生活しか送っていないのだから。シーフォさんに会いに行くわけでもない、生徒会室に赴くわけでもない。エステルやリタが気を利かせて彼の話をよくするようになったのは変化だが、だからといって彼に対する印象が大きく変わったわけでもない。けれど、告白の返事をする以上は私も知らなければならないのだ。シーフォさんがどんな性格で何が趣味で――どうして私を好きになってくれたのか。

「なんでも聞いていいんですか?」
「構わないよ、僕に答えられることなら」

 お待たせしました、と店員さんから声がかかって、それぞれが頼んだ飲み物が置かれる。プラスチック製の赤いストローをアイスティーにさして一口含む。少しの時間だけならとシーフォさんの誘いに乗ってみたがこれは私の質問内容によっては長期戦になるのではないだろうか。乾いた喉を潤し一息吐いてシーフォさんを見据える。さあどうぞ、とばかりに彼は微笑んでいた。
 彼のことを知るせっかくの良い機会だ。それなら、遠慮なく聞かせてもらおう。

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