「と、いうことがありました」
 
ワタルくんも当事者だから伝えておくね、と付け加え、ロズレイティーの入ったカップを傾ける。目を丸くした彼は、それはもう重いため息を吐いた。

「きみはどうしてそう……」
「私が納得しているからいいの」
 
軽く受け流して、席を立つ。ついでに空になったポットも持って。やかんに火をかけ、お湯が沸くのを待つ。キッチンからちらりと彼に目をやれば、いまだに頭を抱えたままだ。
――ワタルくんが私の部屋にいるの、なんだか不思議な感じがする。でもミュウツーがいるよりは自然かも。一番似合うのはイブキちゃんだけど。そんなことを考えながら、新しい茶葉を入れ替える。
 
実のところミュウツーとの一件のことは彼に話すか迷った。ミュウツーの行く先は誰も知らないほうがいいはず。でも、もしロケット団が何かアクションを起こした時、ミュウツーに接触しない可能性はないとは言い切れない。そうなると頼れるのはワタルくんだ。だから話した。ついでに、私とのことも。

「悪いことばかりじゃないって、わかったから。……あとね」
 
加えてもう一つ。私の持つ感情を彼へ放つ。

「こうしてワタルくんが私のことで頭いっぱいになってくれるの、いいなって思って」
「…………待ってくれ、今なんて」
「あ、お湯沸いた」
 
鳴き始めたやかんの火を止めて、ティーポットへお湯を注ぐ。ふわりと甘いお茶の香りを満喫しながら、ワタルくんの元に戻った。隣へ座り、私と彼のカップに琥珀色の液体を満たす。

「ねえ、ワタルくん。まだ私のこと好き?」
「当たり前だろう」
 
あ、照れている。そういう感情は顔に出にくいのに、耳だけは赤くなるのが彼らしい。

「そんなことを訊くぐらいだ。返事は期待していいんだな?」
「うーん、ワタルくん次第だなぁ」
 
湯気のたつカップにふぅと息を吹いて、冷ます。ん、おいしい。はぐらかした返事はワタルくんのお気に召さなかったらしく「どういう意味だ」と視線を投げてくる。
その竜のような瞳も、もう怖くない。むしろ愛しいと思うぐらい。

「私のことまだ好きだって言うのなら今度はまっすぐ正攻法で盗みにきて。私の心を。ワタルくんの得意技でさ」
 
この気持ちは、ちゃんとあなたのために育つから。私自身にもすっかり忘れ去られていた初恋は、ちゃんとまだ生きていて、出番を待っていてくれたようだ。ワタルくんは、ふは、と笑いをこぼす。そして、瞳を輝かせた。爛々と光るそれは「逃さない」と雄弁に語ってくる。
ああ、きっと、ワタルくんとバトルするトレーナーはこんなにもわくわくする気持ちを抱いて、彼と対峙するのだろう。すこしうらやましい。

「――わかった。覚悟しておけ。正々堂々ときみを盗んでみせる」
「ふふ、私とワタルくんのバトルだね」
「ほう。おれに挑もうなんて、なかなかの度胸だな」
「あなたの幼なじみですから」
 
お互い、口元に浮かべるのは挑戦的な笑み。バッジを一つも持っていないのに、チャンピオンへ挑むのは無謀かもしれない。ワタルくんは先制攻撃だと言わんばかりに、私の身体を抱き寄せる。耳にくちびるを寄せ、囁いた。

「好きだよ。ずっとこれからも、きみを」
 
優しくて甘い声。その言葉に偽りがないのだと、信じさせてくれる。けれど私はそれに答えずに、紅茶をまた一口飲んだ。
だって悔しいじゃない。これからは敗けっぱなしになるのは目に見えている。だから今だけは、振り回されてもらいましょう。こちらは精一杯に余裕のふりをして、彼を惑わせてやるのだ。

私が満足するまで『好き』の言葉はお預けだからね、ワタルくん。


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