人の傍らには必ずポケモンがいて、ポケモンの傍らにも必ず人がいる。お互いの足りない
部分を補って生きていくと決めたからだ。人では辿りつけないところ、ポケモンでは手が届かないもの。そういうのを助け合って、この世界は生きている。


私がその異変≠ノ気づいたのは、カロスへ引っ越してからしばらく経ってからのこと。新生活も落ち着き、両親も私にポケモンをゲットする許可をくれた。おそらくフスベから離れたことで、しょぼくれていたのもあるからだろう。

嬉々として子供向けの一泊二日で行われるフィールドワークへ参加した私はスタッフであるミニスカート≠フお姉さんとともに、野生ポケモンをゲットするべく草むらを歩き回った。しかし、なかなか野生ポケモンがいない。
一緒にいたお姉さんも首を傾げる始末。「普段ならすぐにヤヤコマが飛び出してくるのになぁ」なんてぼやくほどに、ポケモンが見つからない。

フィールドワークに参加した子供たちがほとんどポケモンをゲットした頃、ようやく野生のエリキテルを発見することができた。
お姉さんの力を借り、なんとかその子をゲットして改めて挨拶をしようとボールからエリキテルを出す。これからずっと一緒にいるポケモンと、ちゃんと仲良くなりたかったのだ。かなりの苦労を重ねたせいもあって、感慨もひとしお。

名前はなんてつけようかな。仲良くなれるかな。思い浮かぶのはイブキちゃんとワタルくんの姿。あの二人のように、ポケモンと特別な絆を育んでいきたい。
期待を胸にエリキテルの顔を覗きこむ。――私はその時のことを一生忘れることはできない。恐怖で震え、涙を浮かべる怯えた表情。エリキテルは、私に怯えている。お姉さんに確認するまでもない。瞬時に理解した。

「エリキテル?」
 
名を呼べば、エリキテルは悲鳴にも似た高い声を出す。身体を縮こませて、私から顔を背けていた。
その様子にお姉さんは「臆病な性格な子なのかもね。そのうち慣れるよ」とフォローをいれてくれていたが、私にはなんとなく気づいていた。
このエリキテルは私と一緒にいてもいいことはない、と。

それでも、と勧められ一夜ともに過ごしたが、結局、私はその子を逃がすことにした。野生に戻すなら早めのほうがいい。
ちょっと相性が悪かったね。他のポケモンならきっと大丈夫だよ。と慰めの言葉を聞きながら、頭の片隅で「もう私はポケモンをゲットできないのだろうな」となんとなく感じていた。
――そして大人になった今も、私の隣にポケモンはいない。





遠くで響く電子音により目を覚ます。探りあてた端末を、寝起きのぼんやりとした頭で立ち上げた。表示された名前に首を傾げながら、通話ボタンを押す。ついでにスピーカーボタンも。
ふわふわの枕に再び沈み込み、落ちてくる瞼に抗うことなく目を瞑る。そして電話先の彼に声をかけた。

「どうしたのワタルくん?」
『……きみ寝起きか?』
「んん、大丈夫」
『会話になっていない。ほら、起きて。いくら休暇中とはいえ、そろそろ昼になる』
 
イブキとそんなに遅くまでいたのか? の問いに、肯定の返事を送る。
あのあと、ワタルくんに連れられてきたイブキちゃんとともにコガネのレストランへ向かった。(案の定、彼女は雑務に捉まっていたらしい)

ワタルくんも「久しぶりに彼女と会ったのだから、おれも行きたい」と言ったのだが、イブキちゃんが「だめよ! 二人きりで食事するの!」と譲らず、二人の口論の末、珍しくイブキちゃんが勝利を手にした。なら、と彼は私に向き直る。

「明日はおれに時間をくれ」
 
やけに真面目な顔をして言ってくるものだから、内心「そんなに急がなくてもしばらくはこっちにいるのに」と思いながらも頷いた。
そしてこの電話。さすがワタルくん。有言実行である。

『おい。寝ないでくれよ?』
「寝てないよ……」
『それにしては声が遠いんだよな……。おれもちゃんと指定していなかったから悪いが』
 
こんな時間まで寝ているなんて思わなかった、と呆れた声が聞こえてきたので、いつもはそんなことないと反論する。

『じゃあ起きられるな? ランチをごちそうするから会おう』
 
少し揶揄いを含んだ声。きっと私を試すような表情をしているに違いない。ほどよく笑みを浮かべながら。

「おき、ます!」
 
別にワタルくんに言われたからじゃない。本当にそろそろ起きようと思っていたところなのだ。決してランチに釣られたからでは、断じて無い。

『じゃあ、二時間後にホテルのロビーで』
 
そして彼は電話を切った。うまく転がされた気もするが約束したのなら、仕方ない。ぐぅっと身体を伸ばし、まずはシャワーでも浴びようとバスルームへと向かう。

諸々の準備を整え終わったのは、約束の二時間後より少し前。時間ぴったりにロビーへ降りていくと、彼はすでに私を待っていた。併設されたラウンジでコーヒーを飲んでいる姿が目に入り、慌てて駆け寄る。

「ごめん、お待たせしました」
「いや、おれが早く来すぎたんだ。――きみに会いたくて」
 
やわらかく微笑むワタルくんに言葉がつまる。昨日も聞いた少年期とは違う低い声。成長に伴い、声変わりを経た音は彼が「大人」であることを私に突きつけてくる要因の一つになっている。
つまりちょっと調子が狂うのだ。もう私たちは「子供じゃない」と言われているようで。

「ええと、それでランチに行くんだよね?」
 
取り繕うように尋ねると「当たり前だろう」とワタルくんは手にしていた空のカップを置いて、立ち上がる。

「行こうか。ヤマブキにある店でね、少し飛ぶけど大丈夫だろ?」
「もちろん!」
 
差し出された手。子供の頃も、よくこうしていたっけ。ワタルくんに手を引かれ、山の中へ入ったこともいい思い出だ。そのこともあり疑いもなくその手を取る。すると彼は一瞬だけ目を丸くして、なぜか苦笑を浮かべた。

「ワタルくん?」
「いや、なんでもない」
 
さらに追及しようとした私を黙らせるかのように、繋いだ手が握り返される。包み込む手のひらの大きさが、私たちの性差を現わしていた。私たちが離れていた時間は決して短くはないのだと痛感する。
熱くもなく、冷たくもない。さらりとした体温が伝わってくる。きゅう、と懐かしさを感じさせるような音が胸の奥で鳴いた。


ヤマブキの外れにあるレストランは落ち着いた雰囲気が広がっている。もちろん料理も文句なく美味しくて、何度もその言葉を口にしていたらワタルくんに笑われる羽目になってしまった。
案内されたのが個室だったこともあり、私たちは昨日しきれなかった近況を報告する。今度はワタルくんの話もたくさん聞くことができた。誌面で知っていることも、知らないこともたくさんあって、彼もまた私と同じように歳を重ねてきたのだと少し安心もした。ワタルくんは子供の頃から大人びていたこともあったから、余計に。
 
デザートのチョコレートケーキとサービスのホットコーヒーを味わっていると、ワタルくんは「確認をしたいのだけれど」と探るような言葉を投げてくる。

「きみ、こっちで就職も考えているんだよな?」
「うん。しばらくこっちで探してみて、鳴かず飛ばずだったらカロスに帰ろうかなって」
 
最後の一欠片を口に入れる。濃厚なチョコレートと甘さ控えめな生クリームが美味しい。

「しばらくとは?」
「決めてないけど、そんなに腰を落ち着けてするつもりはないかな」
 
トレーナーならポケモンセンターへ併設されている無料宿泊施設を利用できるが、私はトレーナーカードを持っていないから利用できない。そもそも手持ちゼロでトレーナー登録の審査は通らないだろう。
イブキちゃんは「うちに泊まればいいじゃない」と言ってくれたが、何日もお世話になるわけにもいかない。
それを伝えれば、ワタルくんは何かを考えながら、言う。

「ちなみにパソコンは得意か?」
「まあ人並みには。営業事務やっていたから、そこまで不得意な方ではないと思うよ」
「文書ソフトと計算ソフトは?」
「使えるけど――ねえ、これ面接?」
「まあ、似たようなものだな」
 
さらりと言われた言葉に、気の抜けた声を出してしまう。彼は喉の奥で笑いながら、カップを傾け、種明かしを始める。

「ハナダジムのバックオフィスに空き人員が出て、リーグに増員申請があったんだ」
 
できればカントー・ジョウトのジム内で人員調整ができればよかったのだが、あいにくとうまくはいかず、外部募集をしようかと思っていた矢先だという。

「最後の頼みだったフスベジムでも断られて」
「昨日、二人が話していたのって……」
「このことだ」
 
なるほど、と合点がいく。そして、彼が言わんとしていることも。

「……つまり私にそのバックオフィスを?」
「ハナダジムリーダーとの面接があるが――きみさえよければ、話を通そうかと思って」
 
これこそ渡りに船というものだろう。私はすぐさま「お願いします!」と頭を下げた。

「じゃあ決まりだな。また詳しいことは連絡するよ」
「うん! ありがとう、ワタルくん!」
「どういたしまして。さて、このあとはどうしようか」
 
てっきりランチをして解散だと思っていたから、彼の問いは予想外。しかし、そんな私こそ彼も予想外だったのか、眉根を寄せ渋い表情を浮かべた。

「おれは夜まできみといるつもりだったんだが」
「でもワタルくんは忙しくないの? それこそリーグの仕事とか」
「急ぎのものは朝に片してきた。要請があればそちらへ行くけれど、そうでなければ今日は一日フリーだよ」
 
チャレンジャーも滅多にこないしね、と少しつまらなさそうな声で言う。確かにセキエイリーグの頂点に立つワタルくんのもとへ辿り着くバトルトレーナーは少ないだろう。そもそも八つめのジムへたどり着くことが珍しい。

「じゃあ、トキワのもりに行きたい! ピカチュウ見たいな!」

カロスでは体質のことも相まってなかなかお目にかかることができなかった、でんきねずみの姿を思い浮かべる。カイリューやチルタリスは私に怯えることはなかった。なら、こちらに住むポケモンなら大丈夫なのかもしれない。なんだかんだ、ピカチュウやイーブイといった、愛らしいポケモンは憧れだ。ゲットできたらいいな、なんて期待が胸に宿る。
ワタルくんは私のお願いに頷きつつ「カイリューがまた拗ねるぞ」と苦笑した。


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