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「セトカ」
ギンナンさんに呼ばれ、荷物の用意をしていた手を止めた。ちょいちょいと手招きをしている彼の元に向かう。呼び出しをくらう心当たりは今のところない。この前のウォロくんとのあれやこれやがバレた、ということでもなさそう。今更なんてことはないよね……?
「どうしました?」
平常心を装って尋ねると、ギンナンさんはいつも通りの読めない、ぼんやりとした表情のまま言った。
「頼みたいことがあって」
「頼みたいこと? 急に入り用になったものでもありましたか? 取りに行きます?」
私がイチョウ商会で担当しているのはヒスイ地方で取れる鉱物やきのみ、その他資源の採集である。ヒスイ地方でしか見られないきのみや植物は貴重で、外の地方との取引に使われている。他にもギンガ団などから発注を受けて納入することや、その場で売ることも。つまり、イチョウ商会内において、採集班は商品そのものの要。かなり重要な仕事を任されているわけだ。イチョウ商会の敷地内でも安定供給のために栽培は行なっているが、まだまだ難しい。特に大量発注の時には、採集班総出になることも。
だからてっきり、今回もその話だと思っていたのだけれど。
「そうじゃなくて、今日は始まりの浜にジョウトからの船が来るだろう? ジョウト出身のセトカがいたほうが、交渉が上手く進むと思ってね」
なるほど、そういうこと。合点がいった。つまり同郷の者がいたほうが、相手の警戒心も緩みやすくなる。商いをするにあたって駆け引きは重要だ。
「へえ! セトカさんはジョウト出身なんですね!」
「び、っくりした……!」
「あら、それは申し訳無いことをしました」
突如、背後から顔を出してきたウォロくんに驚いたのは私だけのようで、ギンナンさんは「ということでウォロは採集班の手伝いに回ってくれ」と冷静に指示を出している。
「ジブンもジョウトからの船を見たいんですが」
「採集も立派な仕事でしょ」
「そこをなんとか!」
「なんともならないよ」
「でも私の代わりに、ウォロくんでもいいんじゃないでしょうか」
助け船を出すわけではないけれど、私はどちらに回ってもいいのが本音。行きたいのなら、ウォロくんに任せてもいいと思う。それに――
「ウォロくんもジョウト出身だよね?」
確認するように尋ねれば、ウォロくんはわかりやすく目を見開いて、黙りこくった。
「あれ? 違った?」
「……どうしてそう思ったんですか?」
「発音の仕方がたまにジョウト訛りになるから。本当にたまに、だけどね。だから、てっきりそうだと思っていたんだけれど」
コガネ弁ほど強いものではないけれど、どうしても故郷である地方の色は出てしまう。けれどこの反応から見ると、ウォロくんの話す言葉のそれらにジョウトの色を感じたのは私の気のせいだったのだろうか。
「そうなの?」
ギンナンさんの問いに、ウォロくんは気まずそうに頷いた。
「といってもジョウトの端の端ですから。ギンナンさんが望むような形としてのセトカさんの代わりにはなりませんね」
残念です、とウォロくんは肩を竦め、足早にその場を去る。先ほどとは打って変わって、あっさりと身を引く姿は少し違和感を覚えた。しかし引き止める理由もない。ギンナンさんは何事もなかったかのように段取りの説明をし、私は解放された。その足で向かうのはウォロくんのもと。もしかしたら出身のことはあまり話題にしてほしくなかったのかもしれない。思い返せば、彼は故郷のことを今まで一切口に出していなかった。自責の念が心を占める。
幸運なことに彼はまだ出発しておらず、ちょうど荷物を背負ったところだった。
「ウォロくん!」
振り向く彼に追いついて、頭を下げた。
「ごめんなさい。無神経なことを言ってしまって」
「お気になさらず。……そういえば、セトカさんはジョウトのどこ出身なのですか?」
「ヒワダだよ」
近くに森があって、ヤドンというポケモンがいっぱい住み着いているの、と説明を重ねる。あまり有名な場所ではないからと思って付け加えたのだが、ウォロくんは知っていたらしい。身を乗り出して、私に迫った。
「セレビィの伝承があるウバメの森の近くの?」
「そ、そう。祠のことよく知っているね」
「もちろんです! ジブンがそういうのが好きなのを、よくご存知でしょう?」
ウォロくんは想いを馳せるかのようにうっとりと頬を染める。そういえばヒスイの遺跡にも、ただならぬ浪漫を感じていると熱く語っていたっけ。
「よければセレビィの伝承について、教えていただけませんか? コンゴウ団が崇めるシンオウ様と同様に時間を司るポケモン……いやぁ、気になります!」
「う、うん。私の知っていることでよければ」
といってもセレビィに関してなんて、年に一度お祭りがあって――ぐらいのことしか浮かばない。お隣さんのお爺ちゃんが見たって言っていたけれど、正直眉唾ものだし。
「ウバメの森には一度行ってみたかったんですが、機会が無く。セトカさんがヒワダ出身で嬉しい限りです!」
「そんなに期待しないでくれると嬉しいんだけれど……。でも、そっか。ウォロくんはヒワダからは遠い場所に住んでいたんだね」
どこかですれ違っていたら面白いなと思っていたが、叶わないようだ。少し残念。ヒスイほどではないが、ジョウトの土地もまた広い。幼い頃出会っていて、また大人になって再会する、なんてことは物語の中でしか起きないのだろう。というか、また彼の故郷を探るようなことを言ってしまった。反省したばかりなのに。
「ごめんなさい、私また――」
「先ほど、ギンナンさんに言ったとおり、ジョウトの端にジブンは住んでいました」
静かな声が響く。え、とついもらしてしまった。ウォロくんはいま、故郷の話をしようとしている?
「シント、という地名はご存知で?」
「え、ええと……」
「知らないのも無理はありません。遺跡しかない、小さな集落でしたから」
ぽつぽつと彼は故郷の話をしはじめる。ヒスイのように雪が深い場所だったこと。時間の流れも、空気もヒスイによく似ていること。遺跡があって、小さい頃からそこが遊び場だったこと。
「だからヒスイの遺跡にも興味を持って、ここに来たの?」
ウォロくんは私の問いに対して、いつものように笑みを浮かべるのみだった。普段通りすぎて変な感じがするほどに、にっこりと微笑んでいる。
「……どうして話してくれたの?」
なんと返していいかわからず、ふいに浮かんだ疑問を口にする。ギンナンさんにさえ、はぐらかしたようなものなのに。なぜ私に。
「ジブンの故郷のこと、あなたは気になっていたでしょう? 疑問はすぐに解消するべきです。それにセトカさんにはヒワダのことを教えていただきたくて。だから先行投資というヤツです。あとは」
「あとは?」
「あまりジブンのことで気に病んでほしくなくて。――本当、軽く流してくれてよかったのに」
そこがセトカさんのいいところなんですけどね、とウォロくんは小さく呟いた。その声を私には届けるつもりがなかったことも、なんとなく気づいていた。
***
「ではこれで取引成立ということで」
ジョウトからやってきた商人との取引は順調に終えることができた。お互いの商品を確認し、判を押してこれにて終了。握手を交し、商人たちは船へ乗り込んでいく。海の天気は気まぐれだから、荒れる前にとっとと出航したかったらしい。遠くなっていく商船を見送り、改めて浜辺に並べられた大量の商品へ視線を移す。これらを運ぶのは骨が折れそうだ。荷車には手の空いた人から荷物を積んでいっているけれど、だいぶ時間はかかるだろうな。私も早く手伝わなければ。
気合いを入れ直した直後、軽い悲鳴が響き渡った。ドサドサと荷物を落とした音も一緒に。何事かとあたりが騒然となる。
「ぽ、ポケモン……!」
震える仲間が示す先には紫色のポケモンがふよふよと浮いていた。身につけていたミミロップが入ったボールに指をかける。ここには私しかポケモンを所持している人間はいない。怯える仲間たちへゆっくりと距離を取るように指示を出す。このポケモンはグライガーだ。好戦的なポケモンで、尾には毒がある。危険なポケモンと数えられる一種。慎重に距離を詰める。まだグライガーはこちらに向かってこない。じっと目を凝らして様子を窺うと、とあることに気づいた。
「……寝てる?」
まごうことなく、寝ている。耳を澄ませば寝息さえ聞こえてきそう。なんとなく予想が付いてきた。グライガーはジョウトにも生息するポケモンだから、荷物の中に紛れて海を渡ってきたのかもしれない。そして長旅も長旅で、ろくに食事を取っていなかった。逃げる前に疲れ果て、寝てしまったところを私たちに見つかって――あたりが有力な気がする。
「セトカさん。ギンガ団からモンスターボールをもらってきました」
急いで貰いに行ってくれたのか、肩で息をする仲間からモンスターボールを差し出される。そのまま投げて、と伝える前に「よろしくお願いします!」なんて押しつけられてしまえば、受け取らざるを得ない。確かに出納班は野生のポケモンなんて滅多に見ないか。イチョウ商会でポケモンに触れているのは採集班や行商班だけだから。
起こさぬようグライガーの背後へ回る。ウォロくん直伝の背面取りを実践してみよう。未だに眠るグライガーへ向かってボールを投げる。少し逸れたがちゃんと紫の身体に当たったボールは数回揺れて、蒸気を吐き出した。
誰かの息を吐く音が聞こえ、次第に安堵感は広がっていく。怪我をしている人も、ポケモンもいない。落とした商品は要検品だけれど、とにもかくにも大きな事故が起きなくてよかった。つまるところ、問題はこのグライガーだけ。
「手持ちにすればいいんじゃない? セトカの」
「私のですか?」
ギンナンさんへ報告を兼ねて相談すると、あっさりとした調子で返された。
「採集班と行商班には何匹手持ちがいてもいいでしょ」
「そ、それはそうですけど……」
確かに野生ポケモンと遭遇する率が高い私にとって、味方になってくれるポケモンは多ければ多いほどいい。それだけ生存率もあがるから。でも急に二匹も手持ちにするなんて。しかも危険なポケモンに分類されるグライガーだ。すぐには頷けない。
「空を飛べるポケモンがいれば、採集効率もあがるし、万が一のときに助けが呼べる。悪い話じゃないと思うけど。それにジョウトにもグライガーは生息していたんだろう? 馴染みのあるポケモンでよかったじゃない」
「簡単に言うなぁ……」
「困ったらギンガ団の博士さんを頼ればいいさ。そういった付き合いを強めるのも、商会としてはありがたいしね。それに適当に言っているわけじゃない。セトカだから大丈夫だと思っているんだ」
どうしても手に余ったらまた相談しなさい、と言ってギンナンさんは会話を締めた。すごすごと私は自分の天幕へ戻り、ボールからミミロップとグライガーを喚び出した。ミミロップはグライガーをじっと見つめ、グライガーは居場所の変化に周囲を観察している。
「ミミロップ、いろいろあって仲間になったグライガーだよ。グライガー、ジョウトとは様子が違うけど今日からここがキミのお家だからね」
怪訝な表情のミミロップと、きょとんとしたままの言葉を理解しているか不明なグライガー。どうやらかなり、いや、とてつもなく先が思いやられる。
私は考えることを放棄して、ばたんと床へ転がった。
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