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グライガーもこちらの環境に慣れてくれてよかった。ミミロップともすっかり仲良くなり、私たちはいいチームとして働けている。翼を持つグライガーのおかげで、高所にある植物や鉱石の採集を任されることも多くなった。今までも身軽なミミロップが活躍をしてくれていたけれど、わずかな風に乗って、あっという間に空高く飛ぶグライガーはその比ではない。
力加減もばっちり覚えたグライガーは、高所にしか生えない希少なキングリーフをハサミに携え、戻ってくる。近くでミミロップと共に鉱石を取っていた私に、グライガーは金色の葉を差し出した。
「ありがとう。今日はずいぶん見つけたね」
最近、天気がよかったから生育が進んだのかもしれない。取りすぎないように注意はしなければならないけれど、採集できるときにしておかなくてはならない。キングリーフはただでさえ、需要が高いから。
紅蓮の湿地特有のざらついた土のにおいを風が運んでくる。グライガーはその風を浴びながら、私の頭上を旋回した。時折、笑う声も聞こえる。グライガーは楽しそうだけれど、ミミロップはそうでもないらしい。自慢の毛に砂粒が入り込むのが嫌なのか、不満げに毛繕いを繰り返している。
天気が崩れているわけではないから、もう少しここで採集していきたかったのだけれど、どうしようかな。キングリーフもこれだけ採れたし、切り上げたところで問題はないはず。なら、日ごろ頑張ってくれているポケモンたちを休ませるためにも、帰るのがいいかもしれない。そう決めて、放っておいた帽子を被りなおす。
「いったん戻ろうか。――グライガー?」
頭上のグライガーはいつの間にか旋回をやめていて、じっと一点を見つめている。どうかしたの? と尋ねると、グライガーの代わりにミミロップが鳴いて答えた。二匹の視線の先を辿れば、人影がうっすら見える。誰か、こちらに来ている?
……最近、仲間を襲っているという盗賊の類だったら、どうしよう。変な緊張感が背中を駆ける。いざという時は戦うしかない。この前のように誰かの助けは期待できない。ウォロくんだって、今日は群青の海岸のほうへ行くと言っていた。一人でなんとかするしかない。
しかし、それらは全て杞憂に終わる。人影が身に纏っていたのは洗練された青い衣だったからだ。
「やっぱりな! イチョウ商会さんだったか!」
手を振り、笑って駆け寄ってきたのはコンゴウ団の長であるセキさんだった。彼は背に籠を背負っていて、中からはクスリソウの頭がのぞいている。なるほど、どうやらセキさんも私と同じことをしていたみたいだ。
コンゴウ団もイチョウ商会にとって、大事なお客様である。長であるセキさんなら特に。被ったばかりの帽子を取って「いつもご利用ありがとうございます」と腰を折った。
「なにか、ご入り用ですか?」
わざわざイチョウ商会であると確認したうえで、私に声をかけるなんてそれぐらいしかない。こうやって採集したその先から売っていくことも間々ある。ヒスイ地方で生きるためには、この大自然をうまく利用していかなければならない。欲しい時に、欲しい人に必要なものを渡すために、私たちイチョウ商会はいる。そういった仲立ちができることは、素直に誇らしい。
「ああ、もしあればなんだが」
セキさんはちらりとグライガーに目を向ける。
「キングリーフはあるか?」
「ありますよ。今日はよく採れたので」
「そりゃあ、ありがたい! 今日は空を飛べるポケモンがみんな出払っていて、困っていたんだ」
「お役に立ててなによりです」
荷物の中から仕舞ったばかりのキングリーフを取り出す。今日は普段より多く採集できたとはいえ、セキさんから告げられた枚数を満たすことはできなかった。素直にそれを伝え、頭を下げる。もちろん代替案を提案することも忘れない。
「すみません。足りない分は改めて納品することもできますが、どうしますか?」
確かイチョウ商会の倉庫にはまだ在庫があったはず。少し時間をもらえたら、早ければ今日の夜には納品できると思う。私の言葉を聞いて、セキさんは少し考えたあと、ゆるりと首を振って断った。
「いや、とりあえずこれで充分だ。頼むときは改めて必要分を確認してからにするぜ」
「わかりました。ご用意できずに申し訳ありません」
「謝らないでくれ。急に声をかけたのはこちらだからな。――そんなワケで、悪いが支払いはコンゴウ団の集落でさせてもらってもいいか? あいにくと持ち合わせがない」
バツの悪そうに額に手を当てるセキさんに問題無いと答える。キングリーフ数枚分とはいえ、買い物に出るわけでもないのにお金を持ち歩くほうが珍しい。私だって逆の立場なら、同じことをしていたに違いない。ここからコンゴウ団の集落は近いし、断る理由もない。
コンゴウ団の集落へ向かうのなら、いったんポケモンたちには戻ってもらおう。ミミロップとグライガーをモンスターボールに戻す。カチリと音が鳴って、二匹は大人しくボールの中へと入っていった。荷物を背負いなおし、セキさんへ声をかける。
「お待たせしました。行きましょう」
「あ、ああ。そうだな」
少し呆けたような声。思わず首を傾げれば、彼は「申し訳ない」と伏し目がちに詫びてきた。……なんとなく言わんとしていることがわかったかも。その証拠に、セキさんの瞳は私の手の中へ向けられている。
「故郷にも似たようなものがあったので、みなさんよりは抵抗が少ないと思いますよ」
ヒワダに響いていたトンカチの音を思いだす。子供は危ないから入っちゃいけないと言われていたから、扉の隙間から工房を覗いていたっけ。ギンガ団のボールもぼんぐりを使っているせいか、モンスターボールの話を聞いたときに、妙に腑に落ちた。大きな違いと言えば、ヒワダで作られる物のほうがもっと種類が豊富なところだろうか。逆にギンガ団の創り出したフェザーボールのような一種類だけの精度をあげて、極めたようなものはない。
私の言葉にセキさんは目を見開くと、深いため息を吐き出した。
「どうもこればっかりは、気になっちまってな。新しいものでも、忌避せず、取り入れていていきてぇんだが」
「そう思えるだけすごいことです」
誰だって知らないものは怖い。理解するための一歩は簡単なように見えて、とても重い。けれどそれを自覚して、向き合えることは本当にすごいことだ。それにセキさんの気持ち――モンスターボールが「ポケモンを縛る」道具であると感じてしまうのも仕方ないことだと思う。「こんな小さなボールにポケモンたちが入って窮屈じゃないのか」は、誰もが一度は抱いてしまう考えだろうから。加えて、昔ながらの風習が根付いていれば、余計に。
「でも、悪いことばかりじゃなくて」
朱色に塗られた上部を指で撫でる。中を見ることはできないけれど、ここには確かに私の仲間が入っている。
「なにかあったときに、この中にいると守ることができるから」
この前、怪我をした時に改めて思った。この小さな器は案外丈夫で、すごいものであると。それに野生のポケモンはモンスターボールに興味を示さない。いざという時に避難場所があるのと無いのとでは、状況が大いに変わる。
「誰しもポケモンを大切に想う気持ちは変わらなくて。でも、手段がちょっと違うから、ひやりとしてしまうんだと思います。あ、あと、ボールに入れればいろんなところに連れていけるのもいいかも。この子たちが入り込めない場所でも、ボールなら連れていかれますし。ええと、だからその」
……なんだか失敗してしまった気がする。モンスターボールはそこまで悪いものじゃないと伝えたかったのだけれど、私の語彙力ではうまく表現しきれなかったようだ。もだもだと同じ言葉を繰り返してしまう。
けれど敏いセキさんにはそれで充分だったらしい。難しい表情をほぐし「はは! たしかに、ゴンベの歩みに合わせていたら日が暮れちまうよなぁ!」と肩を震わせている。
「いいところにも、ちゃんと目を向けねぇと公平じゃないもんな。気づかせてくれて、ありがとうよ」
「そ、そんな大層なことはしていませんよ」
「素直に受け取っておけって」
満面の笑みを向けられてしまったら、何も言えなくなる。褒められたことに違いはない、と思うことにした。
遠くから吹く風が私たちの間を抜けていく。先ほどとは違い、やわらかな温かさを帯びていた。紅蓮の湿地に吹くには珍しい風だったので、思わずセキさんに視線を向けた。彼もまたその風を受け、目を細めている。ぽつり、声が流れてきた。
「動き始めているのかもしれないな」
「……なにがですか?」
「時間が、だ。シンオウさまがおられる、ヒスイの大地の時間が、新しく動き始めている」
知っているか、とセキさんは言葉を続ける。ひどく静かな音に息をのむ。
「ギンガ団の調査隊に新人が入ったろ?」
それは知らなかった。私はあまりコトブキムラにも行かないし、初耳だ。控えめに首を横に振る。セキさんは「そうか」と一言だけ答えた。
「すごいやつだぜ。テルは。――空から、落ちてきただけある」
やけに響いたその声に、聳え立つテンガン山の頂上にかかる暗雲の中を思いだす。鋭く鳴いた、かみなりも。
*
「テルさんですか? お会いしましたよ」
件のテルさん≠ノついて、ウォロくんに尋ねたらこれだ。もしかして知らないのは私だけなんじゃないだろうか。ギンナンさんもツィリさんもとっくに会っているようだったし。
「……セトカさんは気になるんですか? 彼のことが」
「気になる、というか」
どんな子だろうとは思う。話を聞く分には、まだテルさん≠ヘ子供らしい。そんな子が一人で、しかも空から落ちてきたなんて。彼は心細くはないだろうか。
「大丈夫とは思いますけどね。意外としたたかな方のようですし。すぐに会えますよ。それこそコトブキムラにでも行けば、いつでも」
なんなら、今日の納品を代わってもいいんですよ! と、さも当たり前のように仕事を押し付けてくるウォロくんに「結構です」と断った。ついでに釘も刺しておこう。
「ちゃんと仕事しないとギンナンさんに怒られるよ。最近、ずっとふらふらしているってバレてるからね」
「おっと、それは困りますね。ジブンとしては、それこそさまざまな場所へ赴いて、商売をしているつもりだったんですが……」
物は言いようとはこのことだ。隠すことはせずに呆れた視線を向ければ、ウォロくんは困り顔で笑みを深める。たしかにウォロくんの言っていることも一理あって、時には露天商じみたことも必要だからだ。この前の私のように。ギンナンさんだって、そんなことは重々承知済み。でもウォロくんは本当に遺跡に夢中になってふらふらしていることも多いから、今回もその一種だと思われてしまったに違いない。
「ギンナンさんに弁解してきなよ」
「ええ。そうします。ああ、そうだセトカさん。もし、テルさんにお会いしたら、アナタの所感も教えてください」
「所感? なんでまた」
「だって気になるじゃないですか。少なくとも、ジブンは。なにしろ相手は空から落ちてきた人間ですからね。アナタがどんな印象を彼に抱くのか。どんな判断を下すのか。とても興味深い」
「判断……?」
「いたって簡単なことですよ」
危険人物か、否か。ただそれだけ。
そう、ウォロくんは言った。いつものように笑みを浮かべて、人差し指を立て、振る仕草と共に。それらは見慣れた光景のはずなのに、わずかに違和感を覚えた。まるでボタンを掛け違えたような、喉の何かがつっかかるような、表現の難しい違和感。とにかく、なんだか変な感じがする。
ウォロくんにはあいまいに答え、私は今日の仕事へと出ていく。ちらりと背後を振り返れば、ウォロくんもギンナンさんのところに弁解に行ったようで、そこに姿はなかった。
すぐに会える≠ニ彼は言っていたけれど、そう簡単にいくとは思えない。拠点であるコトブキムラで会えるならまだしも、広いヒスイの地でふらりと出会えることなんて滅多にあり得ない――と思っていたのだけれど。
「あ、あの、イチョウ商会の方ですよね」
まだどこか幼さを感じる低い声。振り返った先には一人の少年。服に縫い留められているギンガ団のロゴを見つけた。よく見かける警備隊とは違う制服で、そんな彼がどうしてここにいるのだろう。もしかいて逸れて迷子になったとか? それにしては落ち着いている。もしかして、と脳裏に過ったのは件の少年の名前。ウォロくんよりも濃い灰色の瞳は、どこか違った光を灯しているように思えた。
「あのぉ……」
恐る恐るといった、か細い声に飛び上がる。すっかり黙りこくっていたことに気づき、慌ててイチョウ商会であることに頷いた。ほっとした表情を浮かべる彼へさらに罪悪感が募る。
「改めて申し訳ありませんでした。私はイチョウ商会のセトカといいます。ギンガ団のテルさん、でしょうか?」
「あっ、はい。そうです! おれがテルです」
ぺこりと頭を下げるテルさんに私もつられる。どうもどうも、と二人で挨拶をしあう図は傍から見れば変な光景に違いない。ああ、いけない。そろそろ本業に戻らないと。頭の上げ下げのせいで、よれた帽子を整える。
「今回はお買い物ですか? 私の手持ちで賄えればいいんですけど」
コトブキムラにいるギンナンさんやツィリさんほどに、私の荷物の中は潤っていない。あくまで採集したものしか売ることができないのだ。この前のセキさんとのやりとりのように。もちろん後日納品も可能だけれど、テルさんとしてはコトブキムラでギンナンさんから直接買ったほうが早いはず。
こちらの事情をざっと説明すれば、彼はすぐに理解してくれたようだった。
「きのみ、ありますか? ポフのみとオレンのみが欲しくて」
「その二種類ならありますよ。いくつですか?」
ええと、と悩み、彼は思案しながら指を折る。その数は充分賄えるほどにあったから問題なかったけれど、私の予想よりはずっと多かった。お金の代わりにと、いくつかのほしのすなを買い取りながら、差額を精算していく。
「なにかお作りになるんですか? クスリソウやムシヨケソウもありますよ」
キズぐすりとか、ひそやかスプレーとか。どれも調査隊には必要なものだ。ギンガ団はその場で作り上げるクラフト技術がある。だから多めに買っておきたいのかもしれない。そう、当たりをつけたから提案した――のだけれど。
テルさんは無言のまま、俯いてしまった。帽子から覗く耳がうっすら赤くなっている。そして聞き逃してしまうほどに小さな小さな声で「食べるんです」と呟いた。
「ポケモンが?」
「ポフのみはそうです。でも、オレンのみはおれが」
「……もしかしてお腹、減ってる?」
こくん、と彼が頷いたのが答えの全てで。
言われてみれば、時間はちょうど昼時。私のお腹もほんのりと空腹を訴えているほどなのだから、成長盛りのこの子ならそれ以上に違いない。でもオレンのみはかなりすっぱい。確かに人間も食べられなくもないけれど、私ならちょっと遠慮したくなる。
「ミツは持ってる?」
「え?」
「だって、ほら。オレンのみは酸っぱくて食べられたものじゃないでしょう? きらきらミツをかければ、多少は美味しくはなるけれど」
「ええ!? こっちのオレンのみってそんなに酸っぱいんですか!?」
もしかして、知らなかったのだろうか。ああ、そうか。この子は空から落ちてきたんだっけ。前にいた場所ではもっとオレンのみは食べやすくなっていたのかもしれない。その証拠にオレンのみさながらに、顔を青ざめている。
――なんというか。普通の子だ。セキさんとウォロくんが、あんなに風に言っていたから、つい身構えてしまった。でも、私の目の前にいるのはただの男の子だけ。お腹が空いているのに当てが外れて、困っているただの男の子。
私は荷物の奥を探り、袋を取り出す。中にはきらきらミツが入っている。漏れ出さないように、別の袋にわけていたのだ。それでもぷわんと甘い香りが漂う。
「実は幸運なことに、ここにミツもありまして」
「え!」
「ご飯にしませんか? 私もちょうどお腹が減っていたところなんです」
小高い丘の上で、私たちは食事をとることにした。私が持ってきていた二つのおにぎりの一つを彼に渡す。最初こそお互いに遠慮し合ってばかりいたけれど、食事は距離を縮めるもの。すっかり私たちは打ち解け、仲良くなっていた。ポケモンたちもポフのみを分け合っている。今回のミツは私のおごりにしよう。といっても、私もテルくんが買ったオレンのみをいただいているから、胸を張っておごりだとは言いづらい。
「うわ、ミツがあってもすっぱい!」
「あはは、そうでしょ。これをそのままで食べようとしていたんだよ、テルくんは」
「おれの知ってるオレンのみじゃないよ、こんなの。皮も厚くて剥きにくいし」
「へえ、テルくんのところのオレンのみは、もっと甘くて皮も薄いんだ?」
「そう。あと果汁もすごいいっぱいで。野生のオレンのみは、こんなだったんだなぁ……」
まじまじとオレンのみを見つめ、ぱくんとまた一口。途端にくちびるをすぼめるテルくんを見て、つい笑ってしまった。慣れるまで、まだまだ時間がかかりそうだ。
「慣れないことばかりで大変?」
「……まあね。でもそればかりじゃないから。楽しいことも、たくさんあるよ」
テルくんの横顔はあまりにもまっすぐで、眩しい。しゃんと伸びた背筋は彼の性格そのものに違いない。年齢的にはまだまだ子供なのに。それらは全てテルくんが成長している証なのだろうけれど、なんだかとても寂しくなってしまった。
少なくともこのヒスイ地方において、ポケモンとうまく付き合える人は年齢問わず頼られることが多い。恐怖心が無いという些細なことでさえ、人によって大きく差が出る。私はまだポケモンに恐怖心を感じていないけれど、これからどうなるかはわからない。心はほんのわずかなきっかけで、大きく変わっていくものだから。いつか、私だってポケモンに怯え、ミミロップとグライガーから距離を取ることが起きるかもしれない。その時には、私より年下なテルくんに頼ってしまうはず。
想像が容易いからこそ、いま、テルくんに向けられている期待や畏怖は大きいことを感じる。
「なにかあったら言ってね。私でよければ相談にも乗るし、できることは少ないだろうけど力になるから。――また、お弁当忘れたときとかは、特にね」
「も、もう忘れないよ! 今日はちょっと、朝寝坊しちゃっただけで! いつもは持っていくから!」
頬を膨らませ、テルくんはむくれる。やっぱり私にとって、テルくんはただの男の子にしか思えなかった
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