X



気づいたら昼だった。

差込む光はとっくに眩しくて、寝過ぎたせいで頭はぼんやりとしている。久しぶりにこんな時間まで寝てしまった。今日は休日だから油断してしまったのかも。もしくは疲れが溜っていたか。最近、遅くまで採集していたからなぁ。ミミロップとグライガーも、まだ寝息を立てている。

ぬくい布団の中は居心地がよくて、このまま布団から出ずに一日過ごしてもいいかな、なんて思い始めた矢先、ぐうと盛大にお腹が鳴った。自覚すればあっという間に空腹が私を蝕んでくる。さすがに起きたほうがよさそう。
寝間着を脱ぎ、身支度を調える。最後に軽く髪を梳かせば、準備は完了。寝癖はナシ。物音に気づいて顔をあげたミミロップに「ご飯食べてくるね。あなたち用のきのみがあるけど食べる?」と声をかけると、返事をするように大きな耳が動き、また瞼が閉じる。どうやらご飯よりも、寝ていたいらしい。グライガーは……起きる様子も無さそうだ。
 
外に出れば案の定、お日様は真上にあった。昼時とはいえ、集落に人は少ない。みんな、用意されたお弁当を持って出先で食べるからだ。わざわざ、ここに戻ってくる理由もない。それにコトブキムラに近かったら、そこで食べる人も多い。イモモチ、美味しいから。あの甘塩っぱい味に思いを馳せる。――そういえばテルくんに最近会えていない。もし誘ってみたら、一緒にご飯を食べてくれるかな。あ、でも、テルくん的には食べ飽きていたり……?
 
最近、テルくんは忙しそうだ。調査隊の仕事に加え、荒ぶるポケモンたちを鎮めるという大役まで任されている。彼はなんでもやってのけてしまうから。そのせいもあって、ちょっと心配だ。ちゃんとご飯食べて、お布団で寝ているかな……。

「ウォロくんなら、知っているかな……」
 
コトブキムラに常に出入りしているギンナンさんとツイリさんのほうがテルくんについては詳しいかもしれないけれど、それこそ二人は今日もコトブキムラに行っている。代わりにウォロくんも今日はお休みだったはずだし、出先でテルくんに会うことも多いと聞いている。彼に訊いてみようかな。ご飯を終えたら、ウォロくんの天幕に行こう。

――なんて軽い気持ちがいけなかったのかもしれない。
食事を終えてウォロくんの天幕へ向かった。物音が聞こえるあたり、今日はちゃんとここにいるみたいだ。外から声をかけると「セトカさん、ちょうどいいところに!」と明るい声が返って、ひょこりと彼は顔を覗かせる。ただ、なんというか……いつも通りのにこにこ顔がちょっと疲れているような? 
どうしたの? と訊く前に、ウォロくんは前のめりで口を開いた。

「セトカさん、お暇ですか? お暇ですね!」
「え、え?」
「ぜひお手伝いください!」
 
なにを、と訊く前に、手を引かれ、天幕の中へ連れ去られる。ぎゃあ! なんて、ひどい悲鳴が飛び出た。私は前のめりな体勢になりつつも、転ばずにすんだことにほっとする。原因を作ったウォロくんといえば「ああ、大丈夫ですか」と軽くこちらを見るばかり。

「もう急になに!? そもそも手伝いってどう……した……の……」
 
目に入った惨状に言葉が尻つぼみになって消えていく。ああ、なるほど。手伝いってこれかぁ。妙に腑に落ちたというか。そういえば財布を探すときも、かなりどたばたしていたっけ。
端的に言えば、散らかっている。すごく散らかっている。足の踏み場もない、というのはこういうことを指すのだろう。それぐらい、ウォロくんの天幕の中はいろいろなものが山積みになっていた。

「いやあ、ちょっと油断したらこうなってしまって」
 
困ったように笑いながら頬を掻くウォロくん。油断してしまった、という程度じゃないと思うけれど、これ。

「……わかった。手伝うよ」
「さすがセトカさん! 頼りになりますねぇ!」
 
なんだかいいように転がされているような気がする。とはいえ、これを見て放っておくこともできない。布団の上まで浸食されていないだけマシ……なのかな。でも時間の問題だろうし、この剣幕を一人で片付けるのは今日で終わらなさそう。
 
ウォロくんに逐一確認をしながら物を片付けていく。ひたすらに手を動かし、半分ほど床が見えた辺りで、ふと気がついた。あれだけ散らかっていたのは、たくさんの物があったせいなのかと思っていたけれど、これは違う。
部屋にある物自体は少ない。ただ、単純に片付けをしていないだけだったみたいだ。しまわずに放っているせいで散らかってしまい、結果的に物が多く見えてしまっている。

「ウォロくんって意外とものぐさ?」
「失礼な。手が回らなかっただけですよ。ほら、最近はいろいろとあったでしょう」
 
あ、そうだ。その言葉に思い出す。当初の目的はテルくんの様子を聞きに来たんだった。
なんだか異様に分厚い本を棚に収めて、話を切り出す。するとウォロくんは「そうですねぇ」と含みを持った声を出した。その声音がだいぶ軽やかに聞こえたから、ウォロくんも彼のことを気に入っているのかもしれない。

「この前、マルマインを鎮めたと聞きましたよ。となると、残すキングはクレベースのみ」
 
あの大きなポケモンにテルくんは挑まなければいけないことに、一瞬、息を詰まらせてしまう。改めて考えればいまさらかもしれない。バサギリもドレディアもウィンディもマルマインも――どのポケモンだって強靱で、恐ろしい力を持っている。そこらにいる野生のポケモンはおろか、オヤブンポケモンさえ、あのポケモンたちは凌駕する。そんなポケモンが人を襲うことも怖いけれど、それに立ち向かわなくてはならないテルくんことを考えると、なんだかやるせない気持ちになってしまった。
私が黙り込んでいると、ウォロくんが静かに言う。

「……セトカさんは、テルさんの力になりたいのですか?」
「それは、もちろん。でも私なんて何もできないし」
「そんなこと。テルさんはセトカさんに懐いていますからね。アナタが気にかけていた、と聞いたら、それだけで喜ぶことでしょう」
 
きっとこれはウォロくんなりに私を励ましてくれているのだろう。なにも力になれない私が過度に落ち込まないように。そっと遠回りに。こういうところがあるから、ウォロくんは憎めない。なんだかんだこの人は優しいところが多い。人の心の機微に敏感だから。気持ちが軽くなる。というか、嬉しい。

「いざというときに味方になってくれる人がいる。それだけで、救われることは多いかと」
 
箪笥を閉じる音が響いた。部屋はすっかり片付いて、あの散らかりようは面影もない。私の天幕と同じ広さのはずなのに、ここはやけに伽藍として、どこか寂しげな空気さえ漂っている。片付けて掃除したとはいえ、なんだか寒々しささえ覚えるほどだ。
見渡して改めて思う。ウォロくんの私物はやっぱり少ない。イチョウ商会から支給される備品を除けば、本当に必要最低限のものしかないのでは?
 
脳裏を過ぎったのはあの日もらったマフラーのこと。彼はどうして、マフラーを私にくれたのだろう。あの時は普段から使っている防寒着があったから、と言っていたけれど、この部屋を知ってしまったいま、違和感を覚える。本当に私はあれを受け取ってよかった?

「ねえ、ウォロくん――」
「お付き合いいただきありがとうございました。お礼に夕食はジブンがごちそうしますよ」
 
私の言葉を遮るようにウォロくんの声が入る。それがわざとなのか、はたまた偶然に被ってしまっただけなのかわからない。ただ、深く追いかけてはいけない。そんな気がした。
ただ、ウォロくんが私に向けている笑みはいつもの優しいものだ。それだけは変わらない。

「……うん。ごちそうになろうかな」
「ええ。もちろんですとも! とはいえ、まだ食事には早いですかね」
「そうだねぇ。でも混む前に行くのはいいかも。そろそろ日も落ちるし、みんな帰ってくるでしょ?」
 
外に出ればあたりはすっかり夕暮れで。お昼を食べたのが遠い昔のように思えた。
夕陽に目を細めるウォロくんを盗み見る。身長差がだいぶあるから、バレないだろうと見越して。
 
遠い陽を見つめ、橙色に染まる彼の横顔はひどく美しかった。

<< novel top >>

ALICE+