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私は元からバトルトレーナーであったわけではない。

正直なところを言うと、バトルとは無縁の生活を送っていた。どこにでもいる、ごくごく一般のポケモンと生活する人間であったと思う。幼いころから一緒にいる相棒とともに故郷で過ごしていた。世界を見て回りたいだとか、ジムバッジを制覇しようだとか――そんなこと一切思うことも無く、ジョウト地方から出るときなんて家族旅行ぐらい。それが私。

とはいえ、全くバトルに触れてこなかったわけでもない。相棒を進化させるため、頑張ったこともある。裏を返せば、それぐらいしかバトルをしなかったわけだけど。
当時、私は大学生だった。学ぶことが好きだったからタマムシ大学へ進学した最初の一年こそは忙しかったが、そのうち授業の組み立ての仕方を覚えると、自由に使える時間が格段に増えた。想像よりも、ずっと。早起きしなくてすむ日や、午後が丸々フリーになる日も生まれるほど。

そうして私はたっぷりの時間をかけ、相棒である――メリープをデンリュウへと進化させた。私の手持ちはこの子だけ。小さい頃、群れからはぐれて泣いている姿を見つけてから、ずっとそばにいてくれている。大切な相棒。抜けていて、ぼんやりしているところもあるけれど、頼りに(特に停電のときは)なる大好きなパートナーだ。

当初は進化する気も、させる気もなかった。しかし、何気なく母が言った「せっかく進化が二つもあるのに」の言葉を聞いた途端、俄然メリープがやる気を出したのだ。相棒がその気なら応えないわけにはいかない。暇を見つけては朝から晩までバトルに明け暮れた。といっても、さすがにトレーナーに対戦を申し込む勇気は無く、もっぱら野生ポケモンとのものばかりだったけれど。
 
苦労の甲斐あって無事にデンリュウへと進化した相棒は、それで充分満足をしたのだろう。すっかりといつもの性格へ戻っていった。強いて変化をあげるなら、ごく稀にバトルを強請るようになったぐらい。
平均より少し大きなデンリュウへ進化した相棒は、私と身長が近くなったことをとても喜んでいた。元からそれが目的だったのかもしれない。静電気を纏った、ふわふわとした体毛が無くなってしまったのはちょっぴり残念だけれど、最終進化までたどり着けたことは素直に嬉しい。両親も「立派になった」とデンリュウをたくさん褒めてくれた。その日は高いポケモンフーズでお祝いして、それで私たちのバトル生活は終わる――はずだった。
 
新たな転機が訪れたのは大学の生活も三年目に差し掛かるころ。その日はなんだか眠れなくて、私はお酒を舐めながらデンリュウと共に夜更かしをしていた。
あてもなくテレビをつければ、深夜特有の専門的なドキュメント番組が放送されている。右上に表示されているテロップを見れば『メガシンカの謎に迫る!』とのこと。

確か、カロス地方で発見された新しい進化のカタチだっけ。ぼんやりとだけあった知識を思い出しながら、酔った頭で画面を眺める。まだ番組は始まったばかりだったらしく、入門的な内容をやっていた。自分が学んでいる分野が進化に関するものではないこともあり、なかなか新鮮に感じる。単純に番組自体が面白かったこともあるのだろう。チャンネルを変えることなく、番組を見続けた。しばらくすると、画面へメガシンカができるポケモンの一覧が映る。

「わ、デンリュウもメガシンカできるんだね。すごいねぇ」
 
見慣れた黄色い身体を指さした。ほら見て、と隣で同じように画面を見つめるデンリュウへ視線を向ける。ちょっと眠たげな目をしていたから、もう寝ちゃったかもしれないなんて思いながら。

「……デンリュウ?」
 
私は初めて、夢を持った瞳がこんなにも輝くのを知った。
先ほどまでうとうとしていたのが嘘のよう。テレビではちょうどメガチルタリスとメガデンリュウのバトルが映し出されており、強力な技の応酬がされている。デンリュウはワンフレームでも見逃さない、と言わんばかりにテレビへかぶりついていた。
勝負を制したメガデンリュウの姿へ羨望の眼差しを向ける相棒に、私は言葉を投げた。

「メガシンカ、してみたいの?」
 
深夜ということも忘れたデンリュウは高らかに鳴いて、頷く。額と尻尾の先にある赤珠が眩しく輝いた。その仕草一つ一つに宿る興奮が私にも伝わり、高揚感が背筋を駆けた。あのどこか抜けて、のんびりとしているこの子がこんなにもやる気に満ちている。成長のため進化をしたいと、言ったときと比べものにならない。

ここで応えなければ、トレーナー……ううん、この子のパートナー失格だ! 

「やろう! メガシンカ!」
 
そこからの私たちの行動は早かった。
進化論の講義を端から全て受講した。単位に関係ないのに? と周囲からは怪訝に見られたが関係ない。メガシンカについて学べるだけ学び、カロス地方から来たメガシンカの第一人者であるプラターヌ博士の特別講演に参加するなど――とにもかくにもやれることを全てやるつもりで動き続けた。
 
同時に私はアルバイトも始めた。大前提としてメガシンカには『メガストーン』と『キーストーン』が必要である。通常の進化でも道具が必要なポケモンがいるように、進化を超える進化≠ニ称されるメガシンカにも必ずこの二つが必要になる。ポケモンとトレーナーに一つずつ。それが人間とポケモンを繋ぐ架け橋になるらしい。わずかではあるが、それを無くともゲッコウガでメガシンカによく似た進化の前例があったらしい。しかし、起きたのは数百年前であること、ゲッコウガ以外のポケモンに発見されていないことを踏まえれば、二つの石を頼りにした方が確実であるし、無難な選択だ。さすがに私のデンリュウが『特別』に選ばれるとは、考えにくい。
 
だが、それらはとても希少なものであり流通はほぼない。現状、カロス地方またはアローラ地方にて直接自分自身で見つけるしか、一般トレーナーが手に入れる術はなかった。しかも、一長一短でゲットできるものではない。つまり、長期滞在のための旅費が必要となる。
バトルマネーで路銀を稼ぐことができればいいが、不確定なものに頼ることはできない。下手したらマイナスになってしまうのだから。それに、私は対人バトルに不慣れなのもある。石橋は叩きすぎるぐらいがちょうどいい。
 
準備の期間を鑑みて、カロス渡航を大学卒業からと定めた。なら、あとはやるだけだ。私とデンリュウはアルバイトも講義を必死にこなし、対人バトルも多少は学びつつ(しかしやっぱり私とデンリュウは対人バトルについては不得手のようだった)、私たちが本気だとわかった家族の応援も受け、ついにこの日を迎える。
 
――卒業式の翌日、私たちはすぐに故郷を発った。
 
故郷とはまた違った空気を持つカロス地方に緊張しながらも、私はかの地へ降り立った。おしゃれにトリミングカットされた見たことのないポケモンが道を行き、路地裏にはニャースの代わりにニャスパーがたむろっている。新しい土地の風に胸は高鳴るが、目的はただ一つ。まずはメガストーンを見つける旅に出た。

そもそも、キーストーンはともかくメガストーンはそれぞれのポケモンに応じたものでないと意味がない。つまりデンリュウの場合には『デンリュウナイト』というものが必要になる。ストーンショップを覗いたり、発見されたと履歴の残る場所を探したり――数ヶ月かけてようやく『デンリュウナイト』を見つけることができた。すでにキーストーンは手に入れている。すなわち、必要なものが全て揃ったのだ。

「これでメガシンカできるね!」
 
あの夜、何気なく見たテレビ番組から始まった私たちの夢はようやく叶う。すぐに私たちは試すべく草むらに飛び込んだ。
メガシンカは一般的にバトルの最中で行われることが多い。その方がポケモンとトレーナーの意識がシンクロしやすいらしい。確かに、集中力は段違いだろう。さすがに対人バトルで使うのは気が引けたので、野生ポケモンとのバトルで初めてのメガシンカをすること決める。

「いくよ、デンリュウ!」
 
握ったキーストーンへ意識を集中させる。自分の中にあるエネルギーが渦巻き、石へ吸い込まれていく感覚が襲ってくる。デンリュウの腕にあるバングルにはメガストーンが嵌めこんである。バングルの中央、デンリュウナイトが私のエネルギーと呼応して輝いた。

「メガシンカ!」
 
デンリュウが勇ましく鳴く。溢れ出たエネルギーと光が、相棒の身体を包んだ。ついにメガデンリュウとなれるのだ。楽しみと達成感が満ちていく。次の瞬間、光とエネルギーが弾け飛ぶ。そこにいるデンリュウは姿を――変えていなかった。

「…………え」
 
ぱちん、と音を立てて何かが音を立てた。目の前が揺れ、殴られたかのような強い衝撃が私を襲う。

そのバトルはどうやって切り抜けたかさっぱり覚えていない。勝ったかも、負けたのかも、記憶に無かった。もしかしたらピッピ人形を投げて逃げたのかもしれない。気づいたときにはポケモンセンターの近くに私たちは佇んでいた。

併設されている宿泊施設のロビーで、改めて今日のことを振り返る。メガシンカはトレーナーとポケモンの絆によって成せる進化だ。それが成功しなかったということは――私とデンリュウの絆が足りなかった? 考えたくはないけれど、私ではデンリュウのパートナーに相応しくないのかもしれない。私の力が及ばなかった。だから成功しなかった。身体中から血の気が引いていく。大好きな相棒の夢を、他ならぬ私が奪ったのだとしたら。その先は考えたくもない。

「ごめん、デンリュウ……私が、」
 
いけないんだ、と口にしかけたとき、言葉をかき消すようにデンリュウが吼えた。その瞳には涙が溢れていて、怒ったように赤珠を光らせている。パチパチと電気の流れる音もする。まるで「それ以上言ったらさらに怒る」と言わんばかりだ。
祈るように、私は呟いた。

「……私はまだデンリュウのパートナーでいていい?」
 
当たり前だ、とデンリュウが唸る。電気がまた弾けて消える。
――そうだ、私だってデンリュウがメガシンカしたところを見たい。この子のトレーナーを、誰にも譲りたくない。デンリュウの夢はいつの間にか私の夢にもなっている。
ぐっとくちびるを噛みしめた。もう迷わない誓いを胸に刻む。

「プラターヌ博士にアポを取ってみよう。……取れるかはわからないけど」
 
止まってなんかいられない。さすがにこの問題は自分たちでは解決できる範疇を超えている。なら、専門家に頼るしか道はない。
講義で博士は言っていた。「いつか来る未来のために、自分たちは研究をしている。些細な積み重ねこそが、のちに大きな財産となる」と。だからきっとそこまで無碍にされることはないはずだ。

携帯端末を操作し、プラターヌ博士研究所の公式ページを探す。ヒットしたそこにある「問い合わせ」のページからメールを作成した。私の簡単な自己紹介と、タマムシ大学で博士の講義を聴いていたから問い合わせたこと、デンリュウが何故かメガシンカできない旨を簡潔に書く。何度も読み返し、祈るように送信ボタンを押した。
 
リターンメールが来たのは、翌日の夜のこと。その間、何度もメガシンカにチャレンジし、失敗を繰り返して心も身体も疲弊していた私たちへ届いた一筋の光。「実際に会いたい」という言葉に柄にもなくアルセウスへ感謝したほどだった。
 
何度かやり取りを経て、日程を調整し訪れたポケモン研究所。何人もの研究員が忙しなく動き回るフロアの奥、応接室へ案内された。出されたロズレイティーはいい香りで、促されるように口をつければ少しだけ緊張感が和らぐ。
 
しばらくしてやってきたプラターヌ博士は講義を受けたときと変わらず、柔和な笑みを浮かべ、私に手を差し出した。

「メールをくれてありがとう。ボクがプラターヌだ。よろしく」
 
握手を返しつつ、頭を下げる。これはもう条件反射だな、と後から気づいた。

「こちらこそ、よろしくお願いします。急にすみません……」
「全然構わないよ。――さて、さっそくで申し訳ないけれど話を聞いてもいいかな?」
 
プラターヌ博士は私の向かいのソファへ腰を下ろす。とはいえ、メールで大半の内容は伝えていたので、かいつまんで改めて説明をした。デンリュウと心は通い合っているはずなのに、メガシンカできないこと。念のためポケモンセンターで受けた検査ではデンリュウ自体に問題が見られないこと。そうなるとトレーナーである私自身に何か足りないものがあるのではないかと考えているということ。
 
拙いながらも何とか話し終えた私は、恐る恐るプラターヌ博士を覗う。その視線に気づいた彼はにこりと微笑み「デンリュウを見せてくれるかな?」と訊いてきた。相棒が入ったボールを渡す。博士はすぐさまボールから出すと、じっくりとデンリュウを見つめる。断りを入れながら、デンリュウの手を握り、尾に触れた。

「いいデンリュウだ。しっかり育てられているね」
「ありがとうございます」
「なのにメガシンカができない、か……」
 
博士は何かを考え込むような仕草を取る。ぶつぶつと口の中で何かを繰り返す。そして「メガシンカを実際にやってみせてほしい」と頼んできた。しかし、すぐに頷くことはできない。私はどうしても躊躇ってしまう。きっとまた失敗する。そのたびにデンリュウが悲しむ表情を浮かべるから、苦しくなってしまうのだ。正直なところ、トラウマになりかけている自覚があった。

ちらりと様子を窺うように相棒を見る。デンリュウも暗い表情をしているが、私と目が合うと覚悟を決めたようにゆっくりと頷いた。その痛々しさにくちびるを噛み、耐える。深く息を吸って、吐く。気持ちが落ち着いたのを確認し、キーストーンに意識を集中させた。デンリュウナイトへ心を繋げる。

「メガシンカ!」
 溢れだすチカラがデンリュウに伝わる。それを纏って、新たな姿へ進化を――
「……いつもこうなってしまうんです」
 
デンリュウはやっぱりデンリュウ≠フままだった。耐えきれなくなって相棒へ駆け寄り、抱きしめる。弱々しく鳴き声が届く。擦り寄る頭を撫でた。あなたが傷つく必要はないんだよ、と何度も言い聞かせるように囁く。
そんな私たちをプラターヌ博士はじっと見つめ「なるほど、こういう可能性もあるのか……」と呟いた。

「博士?」
「ああ、すまない。おそらく原因がわかったものでね」
「っ!? 本当ですか!?」
 
興奮で上ずった声が飛び出る。彼がもたらした思いもよらぬ言葉に実感がついてきたのは数拍遅れてからだった。喜びが震えとなって身体をかけめぐる。頼ってよかった。専門家に勝る知識は無いのだと痛感する。
 
博士は「とりあえずいったん落ち着こうか」と興奮で前のめりになる私へ苦笑を浮かべつつ、デンリュウに近寄った。先ほどと同じように頭から順に足先まで身体を触れ、メガストーンを確認する。「やはり……」と何かに納得し、私へ問いかけた。

「なぜデンリュウがメガシンカできるかは知っているかな?」
「はい。『キーストーンによるチカラが働き、デンリュウに眠るドラゴンの血が目覚めたから』ですよね」
「うん、正解だ」
 
ポケモンの生態には未知な部分が多い。それは生息域であったり、進化であったり――メガシンカもその筆頭である。メガシンカが正式発表された際、連日大騒ぎだったことは記憶に新しい。一度に数種類のポケモンへ新たな進化の可能性が発見されたのだ。それはさまざまな前提が多く覆されたことになる。

デンリュウの遺伝子に「ドラゴン」が含まれていると確認されたのも、そのタイミングだ。そもそも、以前よりデンリュウを「ドラゴンポケモン」として扱うかどうかの議論は多く交されていた。そしてそれはメガデンリュウの発見を境に、さらに苛烈を極めているという。しかしなぜ博士がこのタイミングでその話題を口にしたのか、と考え、気づく。

「もしかしてこの子にはその『ドラゴンの遺伝子』が無いんですか?」
 
頷きは肯定を意味していた。

「詳しい検査をしてみないとわからないが、可能性は高い。――ポケモンは生き物だ。我々、人間のように遺伝子情報に個体の差異があっても、なんらおかしくはない」
 
ごく稀だけどね、と彼は言う。
言葉通り、ポケモンは生き物だ。図鑑には平均的な身長や体重が記載されているが、それらあくまでそれは『一般的』な数値である。
当たり前だが個体差は生まれるし、育てるトレーナーの技量によっては覚える技の早ささえも異なる。そのタイプのエキスパートに育てられたポケモンは同じ種族のポケモンと比べても格段に強い。ジムリーダーや四天王、チャンピオンはその筆頭である。

だからこの子にだって、個性≠ェある。その一つが、たまたま『ドラゴンの遺伝子』であっただけの話。

「許されるなら、その子のことをちゃんと調べよう。――いや、協力をして欲しい。これはメガシンカの謎を解き明かすことにも繋がるから」
 
博士は丁寧に頭を下げた。私とデンリュウへ。
慌ててやめるようにお願いをするが、彼は「ポケモン博士としての依頼」というスタンスを取り続けた。元はこちらがお願いしにきた立場なのに。

私はもちろんのこと、デンリュウの意志も肯定だったので、私は相棒を博士へ数日預けることになった。ミアレシティの滞在用のホテルを用意され「せっかくだから街を回ってくるといい」の言葉をもらう。確かに時間を持て余したため、街を回ったが……やっぱりあの子がそばにいないのは落ち着かなかった。いつだって隣にいる。私の半身のようなものだ。
 
数日後。検査結果が出た、と連絡を受けて、私はすぐさまホテルを飛び出し研究所へ向かう。デンリュウの顔を見た瞬間、なんだかひどく懐かしい気持ちになった。たった少しの間離れていただけだったのに。それは相棒も同じだったらしく、尻尾を光らせながら私へ思い切り抱きついてくる。そんな私たちを見て、博士は目を細めた。

「とても仲がいいんだね」
「す、すみません!」
「いやいや。見ていてとても気持ちがいいよ。そうやって心を通わせているトレーナーとポケモンを見るのは幸せなことだからね」
 
プラターヌ博士は浮かべていた微笑を落とし「結果を話しても?」と尋ねてくる。心臓に緊張が走る。どんな結果が来ても受け止める。その覚悟はすでにできていた。頷くと、博士は手に持つタブレットを操作する。目の前のモニターへ数字が表示された。

「結論から言うと、デンリュウに『ドラゴンの遺伝子』はあった」
「本当ですか!?」
「ただ一般的なデンリュウに比べると、とても反応が弱いんだ」
 
通常、キーストーンとメガストーンの共鳴によるエネルギー波がデンリュウの中にある『ドラゴンの遺伝子』を――いわゆるドラゴンの血と呼ばれるモノだ――刺激し、活性化した遺伝子が表層に現われ、メガシンカとなる。しかし、この子はその遺伝子の反応が一般的なデンリュウよりずっと弱いのだという。だから、メガシンカが起きなかった。

私、トレーナーとポケモンの絆が弱いからでは無い、と博士は言い切る。すなわちそれは――

「『ドラゴンの遺伝子』はこの子の中に確かにあって、それを呼び起こすことができれば、メガシンカできるってことですよね?」
「……理論上はね。しかし、それはごく僅かな可能性だ。ボクとしても保証はできない。そもそも遺伝子をどう活性化――呼び起こすかの手立ても具体的に提示することは難しい」
「でも私はそれに賭けます」
 
デンリュウと離れていた間、ずっと考えていたことだ。遺伝子の有無に関わらず、私は絶対にメガシンカをやり遂げてみせる、と。神様アルセウスに祈れというのならば、何百回、何千回と祈ってやる。必要だと言われたら、どの地方にだって向かう。
しかし示されたのはもっと現実的な内容。なら、いくらだって方法は試せるはずだ。

「可能性がゼロじゃないのなら、私はやります。やってみせます。ね、デンリュウ!」
 
相棒が勇ましく頷いたのを確認して、改めて博士へお礼を伝える。彼は私たちの意気込みに目を丸くした後、口元を緩め、ウインクを飛ばす。

「ボクもきみたちの未来を信じたくなったよ!」
 
デンリュウになにかあったら連絡を。そうでなくても定期的にもらえると嬉しい。個人番号が書かれた名刺を渡しながら、プラターヌ博士はどこか遠くへ想いを馳せるように目を伏せた。
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