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「ちょっといいかしら」
 
凛とした声が耳へ届く。ちょうどピジョット通運から届いた荷物を母屋に届けていた私へ話しかけてきたのはイブキさまだった。彼女は私に時間は大丈夫かと確認すると「お願いがあって」と一通の封筒を差し出す。

「これをセキエイリーグへ届けてくれない? ワタルから連絡が来て」
 
曰く、フスベジムの運営資料とのこと。午後のリーグミーティングで使用したい、と先ほど連絡があったそうだ。しかし、イブキさまはジムを離れられない。ならワタルさまへ取りに来させようかと考えていたところ、ちょうど私が目に入ったから声をかけたらしい。

「雑用のようなことをさせて申し訳ないのだけれど」
「いえ、そんなこと! ですが、私にはそらをとぶ≠覚えているポケモンはいないのでお力になることは難しいです……」
 
当たり前だがデンリュウは空を飛べない。加えて、セキエイリーグはその存在理由故に、公共交通機関も通っていない。ジョーイさんもフレンドリィショップの店員さんも、あそこに勤める人はみな手練れだという噂が流れるほど、険しい道のりを経なければいけないのは周知の事実。時間をかければたどり着くことはできるだろうけれど、話を伺う限りそうはいかないようだ。すなわち、今回の件については私よりももっと適任者がいるように思う。しかし、イブキさまはきょとんと目を丸くするだけだった。

「そんなことを気にしているの? 屋敷のカイリューに乗っていけばいいじゃない」
 
次は私が驚く番だった。そんな恐れ多いことできるはずがない。たしかに修行の一環としてカイリューの世話をするのは、ここの門下生たちが必ず通る修行だ。そして、その時間が人より私が多いのも自負している。だからこそ、彼らに認められているとは思っていない。屋敷のカイリューたちは『フスベのドラゴンポケモン』であることに誇りを持っている。つまり、野生のポケモンたちよりもプライドが高いのだ。だから私ごとき、彼らの背に乗ることなんて許してもらえるわけがない。
それを素直に伝えるとイブキさまは、私の気持ちを理解してくれたようだった。同時にどこか呆れたような表情も浮かべている。

「あのねぇ。謙遜は美徳だけれど、度がすぎれば卑屈になるわよ。あなたを認めている人間を裏切る気? わたしはあなたなら、カイリューたちが背に乗せてくれるとわかっているから言っているの」
「で、ですが」
 
再度否定を口にしようと私を彼女は諫めた。そして封筒を押しつけてくる。勢いにまけて、ついにそれを受け取った。封筒とイブキさまを交互に見て逡巡する私に、イブキさまは眉間に皺を寄せる。その表情はワタルさまによく似ていた。

「わたしは適当に目についた人間へ、大事な書類を託したりはしない。あなたが信頼できるとわかっているから、お願いしているの」
「イブキさま……」
「ついてきなさい。わたしの言葉が正しいと証明してあげる」
 
彼女は有無を言わさず、私の手を取って歩き出す。外へ出ると、一直線にカイリューたちの元に向かった。私たちがやってきたのを見て、カイリューたちが顔をあげる。きょとんした瞳の中に、探るような光を感じた。
イブキさまは足を止め、私の背を押す。そして「声をかけなさい」とだけ言った。けれど、行動に移せるかどうかは別だ。カイリューたちの刺さる視線に怖じ気づき、踏み出すことができない。視線を泳がせていると、彼女は口を開きかけ、代わりに息を吐き出した。

「ごめんなさい。わたし、こうやって人を励ますようなことを言うのは得意じゃないの。キツい言い方しかできない。いえ、これも言い訳でしかないわね。――あなたなら大丈夫と思っているのは本心よ。バトルが上手いことと、ポケモンに好かれるということは、決して
イコールでは結べないから」
 
あなたが誠実に毎日の務めを果たしていることを知らない者はいない。長い時間、同じことを繰り返せば、良くも悪くも手の抜く方法を知ってしまう。けれどあなたは、慣れに甘んじることなく、ちゃんと丁寧に修行をしている。わたしも、ワタルも、おじいさまも――特にポケモンたちはそれをちゃんと汲み取ってくれる。背に乗せるのなら、誰よりもあなたを選ぶわ。
 
イブキさまは拙いながらも必死に私へ語りかける。そのうち恥ずかしくなってしまったのだろうか「いいから行ってみなさい! 悪いようにはならないから!」と頬を赤くして、声を張り上げた。そこまで言われてしまったら、私だって応えないわけにはいかない。一歩、踏み出して一番近くでこちらをじっと目を向けているカイリューを見上げる。

「カイリュー、お願いがあるのだけれど」
 
丸い瞳が私を見定める。その強い眼差しに言葉が詰まりかけるが必死にしぼりだす。

「ワタルさまに会いに行きたくて……リーグまで連れて行ってもらえないかな?」
 
祈るように伝えると、カイリューは大きな身体を起こして、勇ましく鳴いた。任せろ、と胸を叩き、私へ背を向ける。まさか、とイブキさまの方を向けば「ほらね!」と彼女は楽しそうに笑った。

「わたしの言ったとおりでしょう?」



セキエイリーグにはすでに話が通っていたらしい。表にいた職員さんへここに来た理由を話せば、関係者通路へと案内された。表の華やかさとは違って、どこか無機質なそこから中に入る。重要書類ということで、直接渡した方がいいと判断されたようだ。「ご案内しますね」と先導され、チャンピオンの執務室へ向かう。重厚な扉をノックするが返事はない。留守だろうか、と顔を見合わせている私たちに「ワタルはいないわよ」と声がかかった。
 
蒼く美しい髪を揺らす女性は、ヒールの音を響かせてこちらへ向かってくる。全身が気品と自信に満ちていて、ほうと見惚れてしまう。一つ一つの仕草がとても優雅だ。それほどに素敵で、かっこいい女性である。加えて、足元にいるヘルガーも彼女の魅力をひきたてている。
職員さんが「カリンさん」と呼んだところから、彼女が四天王の一人である、あくタイプ使い手だとわかった。彼女はずいと私の顔に近づき「ふぅん」と声をもらす。香水だろうか。甘くてどこかスパイシーな香りに、どきりと胸が鳴る。

「あなたの格好と手に持っている封筒から見ると――ワタルへのお使いかしら?」
「は、はい。イブキさまよりワタルさまへお渡しするフスベジムの書類です」
 
フォローするように、今日のミーティングで使用する旨を職員さんが伝えてくれた。すると、カリンさまは訝しげに首を傾げる。

「今日のミーティングは中止になったのだけれど」
「え」

これには職員さんも驚いたようだ。うまく連絡が通っていなかったのかもしれない。しかし、参加者であるカリンさまが言うのだから、そうなのだろう。
時間を取ってしまった事について申し訳なさそうに私へ頭を下げるので、気にしないでほしいと首を振る。もしかしたら、私が出てから連絡がフスベへ入ったのかもしれないし。
 
そんな私たちのやりとりを見て「今すぐ使うわけでは無いけれど、今度のミーティングには必要だから大丈夫よ」とカリンさまは微笑んだ。せっかくここまで来たのだから渡していけばいい、とも。でもその肝心の彼の行方がわからない。

「ワタルはいま、バトルフィールドよ。あたくしたち、空いた時間はリーグのメンバーでバトルをしていて――そうだ」
 
きらりと彼女の瞳が妖しく輝く。

「せっかくだからあなたも参加してきなさいな。バトル、するんでしょう?」
 
一瞬、何を言われたかわからなかった。呆けて口を開ける私に、カリンさまは続けて「聞くまでもなかったわね。あなた、ワタルのところの門下生だもの」と返答を待たずに言う。書類だって直接渡せるからちょうどいいわ、と私の肩を抱いた。

「ここからはあたくしがもらっていくわ。案内、ありがとう」
 
彼女は職員さんへ微笑むと、再びヒールの音が響かせる。
その音で意識が戻ってくる。慌てて「私には不相応です!」と叫ぶが、聞き入れてもらえるわけもなく。それどころか「手持ちのポケモンはやっぱりドラゴン?」「デンリュウなの? もしかして、メガシンカに関連しているのかしら」「へぇ、修行はそういう理由で……。いいわね。あたくしそういうの、大好き」なんて会話が交されるほど。

そうしているうちに、いつの間にかバトルフィールドへ着いていた。そこにはワタルさまともう一人、仮面をつけた人がいた。ワタルさまはその人と話をしていた最中だったのだろう。しかし私を見つけた途端、一目散にこちらへ駆けてきた。その姿を見て、隣のカリンさまはクスクスと笑う。ぐい、と自身の身体へ私を引き寄せ、ワタルさまに言った。

「あなたのところの門下生なんですってね、彼女」
「……ああ、そうだ」
「ふふ、そんな顔をするものじゃないわ。元々、あなたへ用事があって来たのよ」
 
そうなのか? と尋ねてくる視線に、頷く。イブキさまに言われ、フスベジムの書類を持ってきたこと。不要になったのを知ったのは、ここに来てからだということ。

「途中でカリンさまにお会いして、その……」
「わかった。無理に連行されたな?」
「あら、人聞きの悪い。ただバトルに誘っただけなのに。ねぇ?」
 
同意を求めるように訊かれても、何も反応できない。目の前にはなぜか不機嫌そうなワタルさまがいるからだ。どう答えるのが正解なのか、わからなかった。やはりここに私がいるなんておかしいに決まっている。早く書類を渡して、退散したほうがよさそうだ。

「ワタルさま、書類はどうしたらよろしいでしょうか。これからバトルをするなら、お邪魔ですよね?」
「大丈夫だ。受け取るよ」
 
差し出した茶封筒を彼が受け取ったのを確認して、ほっと息をつく。これでイブキさまからのミッションは完了だ。あとは上手くこの場を切り抜けられれば――

「じゃあ、次はあたくしの番。タッグバトルでいいわよね。一緒に組みましょう」
「え」
 
身体に回る腕の力が強くなる。逃がさないと言わんばかりに。私を放って、遠くにいるもう一人の青年へ「イツキもそれでいいでしょ? ワタルと組んで」と叫ぶ。彼は「どちらでも」と肩を竦めた。

「待て、カリン」
「待たないわ。いいじゃない。四天王とチャンピオンと組むバトルだなんて、滅多に体験できるものじゃないわよ。得るものは計り知れないと思うけれど」

途中から、言葉はワタルさまではなく私へ向けられていた。確かに言われてみればそうだ。最も頂へ近いバトルに観戦ではなく、直接参加できる。こんなチャンス、滅多に転がっているわけじゃない。尻込みしている場合でもない。貪欲に、全てを求めなければ。俄然やる気がこみあげてくる。

「ご指導いただきたいです!」
「ほら、この子も乗り気」
「きみが唆したんだろう。……なら、せめておれと組むべきだ。彼女のことはおれが一番知っている。それに急ごしらえのチームだと負担が」
「それさえも乗り越えるのが一流のバトルトレーナーでしょう?  あなた、いつも自分で言っているじゃない。あのねぇ、ワタル」
 
――この子があたくしに取られるからって、嫉妬は見苦しいわよ。

カリンさまのくちびるがワタルさまの耳元へ近づく。声量とその近さゆえに、紡がれた言葉は私に聞こえない。ただ、彼の奥歯を噛みしめる音がやけに響いた。
どうやら軍配はカリンさまのほうにあがったらしい。ワタルさまは何かを耐えるように眉根を寄せ、重く息を吐いた。

「すまない。少し付き合ってほしい。カリンは見ての通り頑固だから」
 
聞こえているわよ、とカリンさまから鋭い声が飛ぶ。

「本当は組めたらよかったんだが……いや、違うな、」
 
おれがきみの隣にいたかった。

「――もったいないお言葉ありがとうございます」
 
単純に私の不出来さを気にかけてくれただけのことだ。他意は無い。そのはずだ。カリンさまに迷惑をかけることを危惧したのだろう。
けれど、その言葉は私の都合がいい方へ――違った意味にも聞こえてしまい、思わず私は返答につまった。一瞬だから気づかれないと信じて。ワタルさまが離れ、向こう側へ行く頃、ようやく安堵した私の心臓はどきどきと疼くことができた。

「……ふぅん」
「カリンさま?」
「なんでもないわ。さあ、楽しいバトルをしましょう。あなたのデンリュウ、あたくしに見せてちょうだい」
 
カリンさまはなにか意味深なものを含んだ笑みを浮かべ、足元で唸り声をあげるヘルガーの頭を撫でた。



目を回したデンリュウが回復したのをボール越しに確認して、ドアの近くで佇み、待っていたカリンさまの元へ駆け寄った。

「お待たせをいたしました」
「いいえ。まったく。さあ、行きましょう」
 
歩き出した彼女を追いかける。
タッグバトルの結果は私たちの負け。敗因はもちろん私が足を引っ張ってしまったからだ。一瞬の迷いをワタルさま見逃さなかった。メガシンカにチャンレンジしてみるか否か、と迷い揺れた、わずかな隙を。改めて詫びるとカリンさまは首を横に振って否定する。

「あれはワタルが一枚上手だっただけ。なにしろ、ずっとあなたを見ていたもの。よっぽど、あなたと組めなかったのが悔しかったのね」
 
わかりやすくて参っちゃう、と彼女は呆れたように肩を竦めた。確かにワタルさまは責任感の強い人だから、未熟で中途半端な私がカリンさまと組んだことを気にしていたのだろう。本当に私はだめだな、と嫌になる。イブキさまからは励ましの言葉を頂いたけれど、それを素直に受け取るのはまだ難しい。だというのに彼へ一丁前に恋心だけは抱くなんて――。

自己嫌悪に苛まれる私をカリンさまはじっと見つめ、表情を緩める。ふっと彼女の纏う空気が変わったことに気づいた。「やっぱり」と優しい声が聞こえて、俯いていた顔をあげる。

「あなた、ワタルのことが好きでしょう」
「…………えっ」
 
今、彼女はなんと言った? 
急激に体温が下がっていく。頭が真っ白になって、足が止まる。嫌な音を立てて心臓が動く。口の中が乾き始め、くちびるが動かない。手が私の意識と反して震える。バレてしまった。カリンさまに。今日会ったばかりの人に。つまり、ワタルさまにも――

「大丈夫よ。ワタルは気づいていないわ。あなた、見事に隠しきっているもの。ポケウッドに行ったら引く手数多の存在になれるわ。あたくしは、あなたと一緒に戦ったからかしら。なんとなくそう感じて、言ってみたのだけれど」
 
カリンさまはそっと私の冷たい手に触れた。じわりとぬくもりが伝わってくる。

「カマをかけてごめんなさい。あなたの恋を興味本位で暴く気はないの。本当よ。――でも一人で想いを宿し、隠し続けるのは苦しいこともあると思うから」
 
あたくしでよければ話を聞くわ。
繋がれた手に引かれ、ゆっくりと歩き出す。カリンさまは優しく、感情の吐露を誘った。そこにあるのは純粋に私を慮る優しい気遣い。そのせいもあって、自然と心の内が外に出る。

「……想いを伝える気は全くなくて。自分は修行の身ですし、デンリュウのことを優先したいんです」
「それであなたは辛くないの?」
「……どうなんでしょう。考えないようにしているのかもしれません。でも、あの人を想うだけで幸せだから」
 
言葉に嘘は無い。ワタルさまを想うだけで、私には充分。「あの人へ恋をした」という事実だけで、私は幸福者なのだ。それに今日、改めて感じたこともある。

「なにより、あの人の隣には強い人が相応しいです。支えることができて、ともに肩を並べて戦えるような……そんな人が相応しい」
「それはバトルのこと?」
「バトルとしても、精神的にもです。ワタルさまはチャンピオンとして、二つの地方を守るべく危険な場所へも向かいます。そんな時、補佐をして一緒に戦う強さを得るのは、私には難しい。……そんな人に到底なれっこありません」
 
私にできるのはせいぜい帰りを待つことぐらいだ。
高貴で高潔な心と、背中を預けられるような強さを持った――そんな美しい人が彼には相応しい。それこそカリンさまのような。ワタルさまを理解し、サポートできるような立場も必要だろう。

「だから、私がこんな想いを抱くことさえ、本当はいけないんです」
 
それを最後に私とカリンさまの間には静寂が漂った。彼女のヒールの音だけが廊下に響く。自身の履く運動靴はひどく汚れていたことに今更ながら気づく。修練着もくたびれている。当たり前だ。私は弱いのだから。

「――本当にそうかしら?」
 
カツン、と一際大きく靴音を鳴らしたのを合図に、彼女は言う。

「ワタルが言ったの? そういう人が好みだって」
「それは……」
「なら、今の言葉はあなたの理想をワタルに押しつけているだけじゃなくて?」
 
瞬間、殴られたような感覚に襲われる。その一言が心にぐさりと刺さった。「そんなことない」と僅かな気力で否定する。そんなことはない。だって実際に、彼にはそういう人が相応しいはずだ。例えばカリンさまが彼の隣にいるイメージはすぐに思い浮かぶ。カリンさま以外にも、同じぐらいお似合いの人はいるはずだ。例えば、他地方のチャンピオンとか。少なくとも汚れた修練着と運動靴を履いた人間ではない。
目が泳がせながら、同じ言葉を繰り返す私に彼女は諭すように言った。

「ワタルはね、あなたが思うよりずっと『ただの人間』よ。確かに彼の目指している先は遠い。それはあたくしにも見えないぐらいだわ。遙か彼方の理想をひたすら目指すような男で何を考えているかわからないこともある。ええ、自己犠牲だって厭わない人ね。だけれどどうしようもなく――ワタルは人間≠諱v
 
食べて、寝て、起きる。笑うし、怒る。時には軽口だって叩く。恋をして、その相手に欲だって抱く。嫉妬なんて当たり前にするし、そしてとびきりに愛を捧げたいとも思うはず。

「彼は普通の人間よ。あなたと同じね」
「…………」
「ワタルの隣に相応しいのはね、言葉通り『ワタルが選んだ人間』よ。男でも女でも、彼にとっては些末なことでしょうね。自分の隣にいてほしいと、そして彼自身が隣にいたいと想う人。それが本当に『ワタル』という人間に本当に『相応しい』相手。そこにあなたの理想を押しつけてはいけないわ」
 
ワタルへの裏切りになるのだから、と彼女は呟く。
その言葉たちは深く刺さった。何度も耳の奥でリフレインする。まさにその通りに違いなかった。叶わない恋をしていると自覚しているからこそ、ワタルさまの相手は「絶対に勝てない相手」であってほしいと密かに望んでしまっていた。私は自分自身のために、あの人を――好きな人を言い訳にしてしまっていたのだ。
 
カリンさまは私の胸中を察したのだろうか。繋がれた手の力をほんの少しだけ、強くする。

「でも忘れないで。ワタルに求める権利があるということは、あなたにだって彼へ恋をして、想いを伝える権利もあるのよ。それはあなただけのもの」
「カリンさま……」
「それにね、もう少し自分を信じなさい。そうでないとあなた自身がかわいそうよ」
 
でも、個人的にワタルはおすすめできないわね。彼、恋愛に不得手そうだし。なにより、釣ったポケモンへ必要以上にエサを与えるタイプだもの。しかも与えすぎたことに気づかないで、それを適量だと勘違いしていそうだわ。

「あと束縛が強いと思うのよね……。そういう顔、しているじゃない?」
「そ、そんなこと」
「あら? あたくしの見立ては当たるほうなのよ」
 
ふふ、と笑みを零すカリンさまは「まあ、それはともかく」と頬に落ちていた髪を耳にかけながら、私を見つめた。

「覚えておいて。どんなに焦がれたところで、人間はアルセウス神様にはなれないの。そしてそれを誰かに押しつけてもいけない」
 
あたくしたちはただ人間≠ニして、かのポケモンに祈ることしかできないのだから。
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