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振り向けないどころじゃない。そもそもまともに顔を合わせることができない!
 
元来、ワタルさまはフスベになかなか戻らない。リーグ本部の頂点に立っているのだから、忙しいのは当たり前。寝に帰るだけのマンションを持っているほどだ。(それも一族名義のものらしい)こうして彼が来ないことに「よかった」だなんて思う日がくるなんて。ずっと、
寂しさを覚えていたというのに。
 
それでも月に数度ある稽古のときは、まさに『修行の最中』なこともあって、雑念はない。自分の集中力に毎回感謝するほどだ。しかし、それが終われば気まずくてたまらない。いくら一方的なものだとしても――だからこそ居たたまれなくなって、すぐさまその場を
離れる。つまり、避けているのだ。ワタルさまを。それはもう、あからさまに。
 
誰が見てもわかりやすいその態度を他の門下生はじめイブキさまが気づかないわけもなく。それとなく事情を訊かれることもしばしば。特にイブキさまは蔵に閉じ込められた直後からの行動だとわかっていたこともあり、特に事情を聞きたがった。
彼の前で失態を犯してしまったので顔を合わせるのが気まずい、と誤魔化すこと無く正直に言えば「はやめに対処しておかないとあとが怖いわよ。まあ、その気持ちはわからなくもないけれど……」の助言が返ってくる。

まさに正論。ごもっともである。しかし対処といっても、何をしていいかもわからない。
告白なんて以ての外だし、そもそも「気づきました?」なんて確認もできない。それは答えを言っているようなものだからだ。あと万が一、億が一にも彼が気づいていなかったら、それはただ墓穴を掘ったことになる。
 
明確な解決策も見つからず、ただ時間だけが過ぎていく。そうなるとどんどん気まずさは増すばかり。いつの間にか、にっちもさっちもいかなくなってしまった。これではルンパッパもお手上げ。
だから今日こそは、と意気込んでいた。ワタルさまが来る貴重な日。せめてなにか、多少なりともアクションを起こそうと目が覚めてからずっと考えていたのだ。具体的に言うと避けないところから始めようと思う。小さな一歩を積み重ねていくことが大事。できることからコツコツと。

「……今日、ワタルさま来ない日じゃないかしら?」
「え、そうだっけ」
「というか、今日は一族の方がみんな出かけられる日よ」
 
私の宣言を聞いていた仲間の門下生がぽつりと言う。その言葉に目を丸くしていると、彼女は呆れたような表情を浮かべた。彼女が告げた本日の日付を聞けば、確かにその通り。今日は古くから続く他の一族同士の集まりがあるとかどうとかで、長老さまをはじめ一族のみなさまは全員外出されている。もちろん、ワタルさまも。ここに残っているのは門下生のみ。だから今日の修行は個人で行なうよう、前から連絡がされていた。

「すっかり忘れていた……」
「最近のあなたは心ここにあらずって感じだったものね。日付が抜けていても、仕方ないか」
 
すっかり出鼻をくじかれてしまった。これでは、また次回に持ち越しということになる。いや、逆にこれはチャンスかもしれない。降って湧いたようなこの時間を使って、シミュレーションを行なおう。そうすれば慌てることなくワタルさまと話せるようになるはずだ。そのための時間を天からもらえたのだ!
気合いを入れるように拳を作る私の姿に、彼女はふっと笑いながら方を竦めた。

「やる気満々な気持ちを使って、せっかくだからアタシとバトルしましょう? 最近、キングドラに進化させたから新しい戦法を試したいの」
「もちろん!」
 
そういえば彼女はイブキさまに憧れて、タッツーから進化を頑張っていたっけ。努力が実を結んだことに気がついて我がことにように嬉しくなる。そうか、進化できたんだ。しかしバトル面では、そうもいかない。デンリュウはキングドラへ有利を取れないからだ。一応、メガシンカできたときに使いたいと考えてドラゴン技を覚えてはいるが、タイプ不一致技だから、普通にでんき技を撃っていた方がダメージは通るかも。つまり、ドラゴン技ばかりに頼れない。なら、ここぞというときに使用したほうが勝算はあがりそうだ。
 
作戦はできた。目と目を合わせ頷き合い、私たちはお互いにポケモンを繰り出す。
相手のキングドラはさすが彼女が手塩に育てていただけあって、威風堂々として自信に満ちている。爛々と輝く瞳はこちらを睨み付けていた。その迫力に負けぬよう、デンリュウも身体を光らせ威嚇する。

このところデンリュウの調子はいい。バトルの戦績も悪くない。ようやく調子を掴んで、結果が伴い始めたのかもと淡い期待を抱いている。バトルのときはやはりデンリュウナイトを持たせているが、それ以外の時間はりゅうのウロコ≠持たせているから、それも影響していたらいいのだけれど。定期的に連絡を取っているプラターヌ博士も「面白いアプローチだ」と言ってくれていたし、カリンさまとイブキさまにもよい結果を報告したい。
だから少し、気持ちが逸ったのは否定しない。

「ねえ、デンリュウ」
 
メガシンカ、試してみようか。
声に出さなくても、私の言いたいことが当たり前ようにわかった相棒は元気よく頷いた。すぐさま私はポケットに入れていたキーストーンに触れる。チカラをそこに込め、デンリュウへ送る。バングルにつけられたデンリュウナイトが反応したのを確認し、叫んだ。

「メガシンカ!」
 
膨大なエネルギーがデンリュウの身体を包む。今までにない輝きとパワーを目にして、期待に胸が高鳴った。このチカラの塊が黄色い身体に白い体毛を纏わせることを信じ、私はじっと相棒の姿を見守った。

「――そう、だよね」
 
ああ、やっぱり簡単にはいかないか。悔しさにくちびるを噛みしめる。血の味が滲んだ。依然としてデンリュウのまま≠ネ相棒を見て、萎んでいく気持ちが無かったといえば嘘になる。しかし、ここで惑っているわけにはいかない。気持ちを、顔を、無理矢理にでも上へ
向かせた。止まってはいられない。なにしろ今はバトル中なのだから。この隙を、キングドラは見逃さないだろう。飛んでくるであろう攻撃に私たちは身構えた。
 
しかし、その一撃はなかなかやってこない。なぜなら、動きを止めていたのは私たちだけではなかったからだ。トレーナーである彼女が指示を出しているというのに、キングドラは微動だにしない。それどころか顔を歪ませ、苦しんでいるように見えた。
これはバトルどころじゃない。そう判断し、キングドラへ駆け寄る。同じように相手も近づいてきた。焦った表情を浮かべている。

「キングドラ?」
 
彼女が声をかけるが届いていないのだろう。次第にキングドラは無差別に技を放ってきた。まるでこんらん¥態をさらに酷くしたような――焦点の合っていない瞳でこちらを捉え、攻撃してくる。私やデンリュウだけじゃない。パートナーである彼女にも、だ。強烈な一撃を寸でのところで躱すが、キングドラは早い。次々に攻撃を打ち込んでくる。これではこちらの体力が無くなったところを仕留められてしまう。

「何がおきているの? 混乱するような技を使った?」
 
思わず彼女へ尋ねるが、返ってきたのは青ざめた顔色だけだった。震えるくちびるで、彼女は必死に叫ぶ。

「わ、わからない! 混乱するような技も覚えていないわ!」
「じゃあどうして……」
「アタシも知りたいぐらいよ! キングドラが言うことを聞かなかったことなんて、今まで一度もなかったもの!」
 
デンリュウも混乱させるような技を覚えていない。メガシンカが失敗した余波というのも考えにくいだろう。キングドラにメガシンカはないからだ。つまり、原因が全くと言っていいほどわからない。

「ともかくボールに戻してポケモンセンターへ連れて行こう」
「そ、そうね」
 
彼女がボールを構える。赤い光線が放たれる。だが、わずかにキングドラのほうが早かった。バキン、と金属が壊れる鈍い音が私の鼓膜を焼く。つんざくような悲鳴があがった。確認するまでも無い。キングドラが彼女を――自らのパートナーを攻撃したのだ。その一撃はモンスターボールに直撃したらしい。無残な破片が周囲の地面に散らばっている。せめてのもの救いは、ボールが攻撃を受けたおかげで彼女の腕が吹き飛ぶことはなかったことだろう。ちょっとやそっとじゃ壊れないモンスターボールが粉々になったのだ。威力は考えるまでもない。
――つまり、その攻撃に私たちは晒されているということになる。

「っ、デンリュウ! 当てるかみなり=I」
 
今すぐ逃げなければ。モンスターボールが壊れ、パートナーである彼女が『技を出していい相手』として認識されている今、私たちにできることはそれしかない。指示の通り繰り出された雷撃がキングドラを貫く。これで倒れてくれるとは思えないが、多少時間は稼げるだろう。少しでも距離を取ろうと、彼女の身体を支えて走った。屋敷のほうへ向かえば他の門下生がいる。きっと協力を頼めるはずだ。
しかし、それは甘い考えであると突きつけられる。

「……うそでしょ」
 
私の眼前に広がるのはパートナーに攻撃をするポケモンたちの姿だった。門下生たちの悲鳴が響き、逃げ惑う。どのポケモンもキングドラと同様に、瞳を虚ろにさせていた。彼らはみんな、二人三脚で厳しい修行を越えている。そう簡単に揺らぐ絆ではない。だからこそ、余計にこの光景を私は俄に信じられないでいた。

「おい! 無事か!」
 
一人、こちらへ走ってくる。なぜか彼は自身のポケモンから攻撃をされていない。ボールへ戻すことに成功したのだろうか。息を切らながら、私のデンリュウへ目を向ける。

「お前のデンリュウも混乱していないのか……」
「も≠チてことは、あなたのパートナーも大丈夫なの?」
「ああ。俺のプテラは大丈夫だ」
 
彼は腰につけたボールに触れる。

「何が起きているの? なんでこんな……」
「こっちだって知りたいぐらいだ! 急にポケモンたちが指示を聞かないし、くすりやきのみの類いも効かない」
 
きのみも効かないだなんて。言われてみれば、キーのみやラムのみを持たせているはずのポケモンも、虚ろな瞳で攻撃を繰り出している。

「そいつのキングドラも同じ状況か?」
 
彼は私に支えられ、呆然としているトレーナーに目を向けた。肯定の意味をこめて、頷く。

「急に指示を聞かなくなったかと思えば、攻撃をしてきて……。ボールも壊されてしまったから、こっちに助けを求めにきたんだけれど」
「見ての通り、大半がこのザマだ。それにしてもなんで俺のプテラとお前のデンリュウは何も起きていないんだ?」
 
彼が言うには他のトレーナーの手持ちであるプテラも平気のようだ。しかし、それ以外のほとんどのポケモンたちが混乱しているらしい。
いったいここで何が起きているのか。そして、この異変に影響されないポケモン――デンリュウとプテラ。彼らの共通点とはいったい……?
 
必死に頭にある知識をかき集める。わずかでもいい、なにか気づくものがあるはずだ。ここで学んだことだけではなく、大学時代の記憶も掘り起こす。ドラゴンポケモンが共通点とは言えないだろう。デンリュウはともかく、プテラは歴としたドラゴンポケモンだ。どちらかというと混乱している側にカウントされる。かといって、持ちタイプでもない。むしろこの二匹の相性は悪い。なら、覚える技? それも違う。共通で覚える技はでんきにはない。ドラゴンになんて、余計に。そもそもデンリュウが覚えるのなら、暴れているあの子たちも覚えるに決まっている。
あと二匹の共通点といえば、

「――あ、」
「なにかわかったのか」
「タマゴグループだ!」
 
閃きがすぐさま口から飛び出た。
プテラもデンリュウもタマゴグループがドラゴンではない。これが二匹の共通点だ。ドラゴンポケモンとして見做すための観点の一つに『タマゴグループ』がある。代表的なのがギャラドスやリザードンだ。彼らはタイプにこそ『ドラゴン』ではないけれど、タマゴグループが『ドラゴン』であるとされるため、フスベではドラゴンポケモン≠ニされている。これはドラゴン使いにとっては常識といえる知識。キングドラもまた、タマゴはドラゴングループに属している。

しかしデンリュウとプテラは違う。デンリュウは『怪獣』と『陸上』、プテラは『飛行』グループだ。どちらにもドラゴンは入っていない。

「理由はわからないけど……。でも、これが正しいのなら私たちのポケモンは平気な理由としては筋が通る」
「確かに、その説の可能性は高い」
 
つまり、今ここで動けるのはタマゴグループが『ドラゴン』ではないポケモンとそのトレーナーだけ。そして、その数は決して多いとはいえない。
――ならば、やることは一つ。気づいたときから心臓は緊張で爆発しそうだ。けれど存外に意識はクリア。しなくてはいけないことが明確になっているおかげだろう。視界も広く、頭のどこかは冷静に物事を判断していた。息を吸って、吐く。もう大丈夫。
私は彼へ向き合い、尋ねた。

「プテラ、空をとべるよね?」
「もちろん」
「長老さまにこのことを伝えに行って」
 
瞬間、彼の顔色が変わる。屋敷のカイリューたちは一族のみなさまと全員が出ている。(といってもこの状況ではそちらのほうがよかったかもしれないが)。つまり、空を飛べるポケモンは貴重ということだ。加えて、誰かがこのことを長老さまたちへ伝えに行く必要もある。
悔しいが今の状況は私たち門下生の手に余る。一刻も早く実力者の存在が必要だ。それは一族のみなさまに他ならなかった。

向こうの状況がわからない以上、電話は繋がらない可能性もある。誰だって厳かな場で携帯端末を取り出して、通話はしたくはないだろう。重要な会談をしているなら余計に。結局、こういうときには直接乗り込むのが一番なのだ。
全てを説明せずとも聡い彼はすぐに私の言わんとしていることを理解する。迷ったのは数秒だった。腰のホルダーからボールを外す。

「……ボールに戻せば多少は落ち着くらしい。もしくは遮蔽物の多いところへ誘導してくれ。試したヤツが言っていた」
 
その言葉に引っかかる。遮るものがあればポケモンたちが落ち着く? となると、原因は音だったり電波だったりするのかもしれない。

「わかった。私はそのフォローに回る」
「戻ってくるまで倒れるなよ!」
 
彼は叫び、プテラをボールから出す。すぐさま空へ飛びだって行った。それに気づいたリザードンが彼らに技を繰り出す前に、デンリュウがかみなり≠落とす。

「ボールに戻して!」
 
近くで腰を抜かしているリザードンのトレーナーへ叫んだ。手にしたモンスターボールから放たれる赤い光線が巨体を捕らえる。いつも通り、リザードンはボールの中へ入っていった。ぐらぐらと激しくボールが揺れる。しかし、その動きは次第に落ち着いてきた。完全に止まるころ、ボールの中を覗き込む。赤い壁越しに、リザードンはきょとんとした瞳が見えた。よかった。落ち着いたようだ。一つずつこれを、確実に繰り返していくしかなさそうだ。
ただ問題点もある。

「予備のボールはどこ?」
 
彼女のように壊して、もとい壊されてしまった場合は予備のボールへ入れるしかないこと。
一つのポケモンに一つのボール。これがポケモンゲットのルールである。そして、ポケモンはおや%o録されたボールにしか戻すことができない。例えば、急いで買ったそこらの野良ボールへ戻すことは不可能だ。(これはポケモンの窃盗を防ぐためのものである)
しかし、今回のように誤ってボールが破壊して/されてしまうときもある。気性が荒かったり、身体が大きかったり……理由はさまざまだがポケモンのチカラでボールは簡単に壊れる。

彼らがポケットの中に入れるようなサイズになってくれるのは、トレーナーとの絆があるからに他ならない。しかし『絆』だけに安全性を頼るわけにもいかない。そのため、凶暴性のあるポケモンを手持ちにする際には常用するボールの他に、複数個のボール登録をすることが義務づけられている。それはもちろんドラゴンポケモンも対象だ。つまり、あのキングドラにも予備登録されたものがあるはずだ。
キングドラのトレーナーは支えていた私の手を離れ、震えているくちびるを解いて言った。

「部屋にある。取りに行くわ」
「……大丈夫?」
 
彼女の顔色は決してよくはない。パートナーから攻撃されたショックもあるし、痛みもあるだろう。しかし、彼女は毅然として告げた。

「アタシだってフスベの門下生よ。怯えてばかりじゃいられない。それにあの子を救うことができるのはパートナーであるアタシの役目よ」
 
だから、もう少しだけあの子のことをお願い、と彼女は後方へ視線を移す。その視線の先にはキングドラがいるはずだ。時間的にも、そろそろ追いついてきてもおかしくはない。

「わかった。気をつけて」
「あなたもね」
 
彼女の道を作るように、デンリュウへ指示を飛ばす。ほうでん≠ナポケモンたちを引きつけた。彼らの攻撃を邪魔した私たちへ、多くの鋭い視線を受けられる。そんなことに怯んではいられない。負けじと睨み返した。

「やるよ、デンリュウ!」
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