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「やるよ、デンリュウ!」
 
私へ応えるように勇ましくデンリュウが鳴く。いつだってこの相棒は頼りになる。こうしてバトルをするように成る前はのんびり、おっとりした子だったのに。でも、もしかしたら自身も気づかなかっただけで、心の奥ではバトルをしたがっていたのかもしれない、と最近よく考えるようになった。
 
私たちの立てた作戦は単純明快。攻撃を繰り出しているポケモンたちの意識を私たちへ向けさせ、その間にトレーナーがボールに収める。シンプルなほうが一番だ。特に、今はトレーナー自身も戸惑っているのだから。プテラを始め、タマゴグループ『ドラゴン』外のポケモンを持っている門下生たちには屋敷の外の様子を見てきてもらうように頼む。ここはドラゴンポケモンの聖地。多くの人がドラゴンポケモンと暮らしているからだ。門下生たちのポケモンほど育ってはいる数は少ないが、力の弱い個体でも危険性は高い。

加えて、山には野生のポケモンもいる。どちらかというとこちらの方が問題だ。人里へ降りてきてしまう可能性が、この状況では否めない。やることは山積みなのに、人手が圧倒的に足りていない。

でも希望だってある。一族のみなさまが――ワタルさまが来てくれたら、きっと大丈夫。私たちの役目はそれまで持ちこたえ、被害を最小限に留めること。

ここで修行するプライドが私に訴えかける。退くな、と。

ふいに視界の端に、あのキングドラの姿が見えた。かなりご立腹のようだ。遠目で見てもよくわかる。しかし、あの子だけにかまけていられない。他のポケモンの相手もしなければ。門下生たちの手持ちたちは私が全て引き受けることになっている。デンリュウのほうでん≠ヘ広範囲に効くからだ。低確率だがまひ≠燻Tける。いつもは頼りになるドラゴンポケモンたちが、私とデンリュウに殺気を放っていた。
 
――ここが正念場だ。私たちの動きが、いかに被害を食い留めるかにかかっている。
デンリュウが覚えている技はじゅうでん∞ほうでん∞かみなり≠サしてりゅうのはどう=Bこの子は特殊攻撃が得意だから、それに特化させている。他のポケモンならほうでん≠ナ充分だろう。ダメージと目くらましをすれば、その間にモンスターボールへ戻すことができるはずだ。問題なあのキングドラ。トレーナーは戻るまで時間がかかるはずだ。

この剣幕の中をかいくぐって自室のボールを取って、ここに来なくてはいけないのだから。しかも、先ほどまでバトルをしていたことも大きい。キングドラはデンリュウを倒そうと躍起になっているに違いない。
とりあえず、確実に対応していこう。まずは周囲のポケモンから。デンリュウは私の指示通りほうでん≠放つ。自分以外のポケモンが対象なその技は、視界に入るポケモンたち全員に当たる。急に放たれたでんき技、加えてまひを感じさせる痺れが彼らを襲う。生まれた隙に乗じてトレーナーたちはボールへ自身のパートナーを戻していった。

「デンリュウ、くるよ!」
 
ほうでん≠ヘもちろんキングドラにも当たる。最初から、でんき技が来ると身構えていたキングドラは技を食らってもなお、すぐさま攻撃を仕掛けてきた。放たれる攻撃の様子から、それはドラゴン技に思える。デンリュウは咄嗟に身体を捻り、避けた。わずかに掠りはしたが許容範囲。こんなことでこの子は倒れない。

「じゅうでん≠オてほうでん=I」
 
まずは技の威力を高め、そして『とくぼう』をあげる。先ほどのバトルでもキングドラはあまり物理技を使ってこなかった。つまり、デンリュウと同様に特殊攻撃に特化した技攻勢をしている可能性が高い。同時にでんき技の威力を高めることで、他のポケモンたちへの
アプローチにも繋がる。このタイミングで攻撃を受けたとしても、ここはちゃんと次の準備を整えておきたかった。

案の定、デンリュウは攻撃を喰らう。重い一撃のようで、苦しそうに顔を歪めた。それでもしっかりと確実にほうでん≠放つ。私が声を出すまでも無く、モンスターボールの赤い光が飛び交った。キングドラと距離を取り、いなしながら、何度もそれを繰り返す。徐々に外へ出ているポケモンの数も減ってきたころ、一人のトレーナーが私に叫んだ。

「これでポケモンは全員モンスターボールに入った! あとはそのキングドラだけだ!」
「わかった! 離れていて!」
 
誰かの声はデンリュウにも届いていたらしい。ラストスパートの気合いを入れるように赤珠を光らせる。何度も技をだし、時には喰らい、走り回った私たちに疲労は蓄積されていた。
デンリュウなんて特に。でも、まだ大丈夫だとあの子は叫んでいる。なら、まだ終われない。

「デンリュウ、当てるかみなり=I」

ほうでん≠ナ威力が高まっているこの状態なら、命中率を優先しても相当なダメージが入るはず。つんざく雷鳴はキングドラを確実に刺した。読み通り、水色の身体が揺れる。キングドラへのダメージが着実に蓄積されているのが確認できた。
かつて落としたイカヅチと同様の威力だ。胸がジンと熱くなる。これなら、あと数手で勝負が決められると判断を下した。タイプ不一致だけれどここは相手の弱点であるドラゴン技のりゅうのはどう≠ナいくしかない。指示を出そうと口を開き、大きく息を吸い込んだ。

――直前、嫌な考えが頭を過ぎる。ここで避けられてしまったら? と。
りゅうのはどう≠ヘ何をせずとも確実に当たる技ではある。しかし、『万が一』が起きたら? まだ戦えるといってもデンリュウはそろそろ限界のはずだ。無理も油断もできない。なら、ここはちゃんと『当てにいく』必要があるはずだ。同時にそれは威力を低下させることにもなる。いくら攻撃をちゃんと当てたとしても何発も必要になってしまったら意味が無い。

そんな愚かな迷いが私たちへ一瞬の隙を生んでしまった。それを相手が見逃すはずもない。キングドラは数秒遅れた指示の狭間を縫い、攻撃に転じる。

「デンリュウ!」
 
相棒の悲痛な悲鳴が耳に刺さる。キングドラも残り少ない体力を使った捨て身の攻撃だったのだろう。弾丸のような鋭い勢いでデンリュウに突撃した。あまりにも大きな衝撃音に私が吐き気を催すほど。ぐらりと倒れかける黄色の身体を、駆け寄って支える。私に気づいたデンリュウは小さく鳴き「大丈夫」と答える。しかし顔色の悪さからダメージの大きさが、ひしひしと伝わった。

そして離れていろ、と弱い力で私を引き離す。つい近づいてしまったがまだバトルの最中。ここにいては私が巻き込まれてしまう。慌ててキングドラの様子を窺うと、何もしてこない。それどころか、顔をしかめ、身体を震わせていた。この様子は……

「まひ=H」

痺れを振り払おうとして、失敗する姿に他ならない。
そこでようやく気づく。今の技はからげんき≠ネのだろう、と。おそらく、何度も繰り返し浴びていたほうでん≠フ際に、キングドラはまひ≠患っていた。からげんき≠ヘ状態異常の際に技を使えば威力が倍になる。それを利用しての一撃。トレーナーがいなくともなんて的確な判断をするのだろう。――私とは大違いだ。
 
徐々に頭が真っ白になる。次の一手はどうしたらいい? どうすれば勝てる? まひ≠ナ身体が痺れているところを狙って、攻撃する? デンリュウの体力はもう僅かだ。絶対に間違えられない。トレーナーはまだ帰ってこない。時間がかかりすぎている。どうして?
思考はどんどん重くなっていく。鈍くなり、考えもまとまらない。何をしても無駄。やっぱり私だからだめだったんだ。いつもデンリュウの足を引っ張り続けている。トレーナー失格。

絶望が、頭を、心を、支配する。
 
――だから一際、それが明るく映った。暗くなっていく視界に届いたのは、一筋の光。どんな暗闇だって切り裂くような眩さが目の前にあった。そしてそれを、私は何度も目にしたことがある。いつだって傍らにあった光だったから。

『ライトポケモン、デンリュウ。その光は遙か彼方まで届き、迷った旅人の道標となる』
 
初めてデンリュウに進化したときに見た図鑑の文章を自然と思い出す。
明るくて、あたたかな輝き。私のしるべ。私が必要だ、と訴えるソレは歪んだ考えを静かに照らし、晴らす。

……そうだ、共に強くなろうと決めたじゃないか。だから一緒に夢を叶えようとここまできたのだ。あの夜から始まった旅は、一人じゃないから挫けずにいられる。怯えずに立っていられる。私たちは一緒にいるから相棒で、パートナーなのだ。
人とポケモンは、お互いに足りないところ補って生きていく。だから、手を取り合った。一緒に生きていこうと、決めたのだ。
もう迷いは消えた。そして同時に思う。
 
きっと今ならできる・・・・・・・・・、と。

「デンリュウ! やろう! メガシンカを!」
 
また失敗したらどうするの? この局面で取る選択じゃ無い。囁く声は数多あるけれど、聞こえないふりをする。私は今ここで『私』を信じる。この選択は誤りではないと、途方にもない自信が背中を押す。

「私とあなたなら、もう大丈夫!」

叫んで、キーストーンに触れた。集中する私から流れるチカラが、デンリュウナイトへ繋がっていく。走馬灯のようにいろいろなことが頭を巡った。メリープから出会い、モココを経て、デンリュウに進化を重ねた。ゴールだと思っていたそこはただのスタートで、たくさんの時間をかけてようやく辿りついた場所はまだ道半ば。絶望もして、起きることが苦しい朝も涙の味が滲んだ夜もあった。でも、それらが糧になっている。

応援してくれる人がいる。助けてもらった人がいる。心を傾けてくれた人がいる。信じてくれる人がいる。憧れている人がいる。経てきた全てが無駄ではなかったと、今なら胸を張って言える。

私たちが、私たちを超える瞬間がきた。

「メガシンカ!」
 
激しい光がデンリュウを包む。私に道を示してくれたものと同じぐらい明るくて、あたたかくて、美しくて、優しい。眩くて目を開けていられなくなるのに、ずっと見つめていたい。

ああ、そうか。これは――夢に届く光だ。
 
ふわり、と何かが空へ踊った。鬣のような白い体毛に風が通っていく。丸い耳はツノに似たものへと姿を変え、尾はふわふわとした雲になる。赤珠は大きさこそ小さくなったが、その数を増やしていた。
 
デンリュウは己の姿を確認するまでもなく、わかっていたのだろう。咆吼が響く。それは歓喜にも、勇ましさにも満ちた音だった。衝動のまま何度も何度も咆えた。その音を聞く度、私はわきあがってくる感情が処理できないでいた。気づけば、涙となってこぼれおちた。
雫は頬を伝い、地面に落ちていく。二人だから、私とデンリュウだからたどり着いた光景。この瞬間を、これから一生、忘れることなんてできない。人生で一番幸せな光景だと、胸を張って言える。
抱きしめたい衝動を必死に押さえる。まだバトルは終わっていない。ここで全てを決める!

「デンリュウ! 当てるりゅうのはどう=I」
 
満を持してドラゴンタイプを得たデンリュウが放つ、ドラゴン技。タイプ一致、そしてメガシンカの威力上昇。命中率を優先したとしても威力は通常のそれを上回る。もう迷いは無い。デンリュウの放つりゅうのはどう≠ヘしっかりとキングドラを捉えた。突き刺さる一撃に堪えきれなかったのか、キングドラは目を回し倒れた。つまり、

「……デンリュウの勝ち」
 
気づいたらもうだめだった。私はデンリュウへ抱きつく。飛び込んできた私を相棒はしっかりと受け止める。白い体毛が頬を擽った。それを感じるように抱きしめ合えば、もう何もかもが止まらない。涙が次々と溢れてきた。本当はボールを取りに行った彼女の安否を確認しに行くべきなのに、動けないでいた。もう少しだけ、夢に手が届いた感動を噛みしめていたい。
 
しかし、それも束の間のこと。空から近づいてきた羽音にぐしゃぐしゃの顔をあげる。影が差したかと思えば、何かが落ちてきた。心当たりは一つしか無い。袖口で涙を拭い、に駆け寄った。

「ワタルさま!」
 
プテラのトレーナーがちゃんと伝えてくれたのだ。ワタルさまが来てくれたのなら、もう大丈夫だ。大きな安堵に包まれ、肩が少し軽くなった。

「強い光が見えたから来てみたが」
 
鋭い瞳孔をした彼の瞳がデンリュウを見つめる。そしてすぐに、やわらかな笑みに変わる。

「素晴らしいドラゴンポケモンだ。――夢へたどり着いた、きみたちに敬意を払おう」
 
その言葉に崩れ落ちそうになった。落ち着いてきたはずの涙がまた流れ出す。そう、この子はドラゴンポケモンなのだ。私が誇る大切で頼りになって、最高に素敵な、でんきタイプのドラゴンポケモン。それを他ならぬワタルさまが認めてくれた。こんなに嬉しいことが、あるだろうか。最上級の褒め言葉をいただき、身体が震える。

「はいっ、わ、私の、自慢の、ドラゴンポケモンです!」
 
しゃくりあげながら言う私へワタルさまは表情を緩めたまま、もう一度「とても素晴らしいドラゴンポケモンだな」と微笑む。
だが、まだ何もかもが終わったわけではない。彼はすぐさま表情を正し、鋭い声を発した。

「話は聞いている。現状報告を」
 
緊張感が走る。背筋がぴしりと直り、すでに濡れている袖でもう一度、目元をこすった。個人の感情を優先する時間は終わりを告げた。ここからはまた、私は『フスベの門下生』として行動しなければいけない。

「ここにいる門下生のポケモンは全てボールへ戻しました」
「そのキングドラは?」
「ボールが壊れて、トレーナーが予備を取りに行っています」
 
噂をすれば、ようやく彼女が戻ってきた。ワタルさまがいることに驚きながらも、目を回したキングドラを予備のボールへと入れる。これで本当に混乱していた全てのポケモンがボールの中にいる。彼女は「キングドラ、ごめんなさい」と震える声を出しながら、ボールを抱きしめた。その姿に胸が痛む。同時にこの騒動を早く鎮めなければとも。
改めてワタルさまへ報告を続けるべく、姿勢と表情を正す。

「私以外に動ける者はみな、屋敷の外へ様子を確認しに行きました」
「こうなった原因は?」
「不明です。本当に急で……。ただ、なぜかタマゴグループがドラゴンではないポケモンは混乱に陥っていないようです」
 
そうか、と彼は僅かな時間、考えこむ。「まさか」と呟きののち、首を振った。心当たりがあるのだろうか。尋ねるのも憚られて、彼の指示を待つ。ワタルさまは、とりあえず原因を探るよりも、現状を落ち着かせることを優先したのか、デンリュウへ視線を向けた。

「まだメガシンカは持続できるか?」
 
デンリュウは任せておけ! と胸を叩く。

「それは頼もしい。混乱を収めるぞ。ついてこい」
「はい!」
 
翻るマント。大きな背中。――それを追いかけることがこんなにも幸福であるなんて。私はこの人の力になれる。今、このときだけでも共に歩むことが出来る。

言葉にしなくとも想いを伝えずとも、胸に宿る彼への恋が静かに報われていくのを感じた。
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