「という企画を考えておりまして、ご一考いただけないかと!」

にこにこと笑いながら目の前の女性は眼鏡のブリッジを指であげる。雑誌の企画担当という彼女がキバナに持ち込んだのは、ルリナと同じような特集の内容だ。そういや、同じ出版社か。この雑誌。
ジムチャレンジが始まれば、そちらにかかりにきりになる。だから、トーナメントぐらいしか試合のないオフシーズンの今、こぞってメディア各社がこういう<Aポイントを取ってくるのは毎年のことだった。

他地方のポケモンリーグ所属のトレーナーは公務員としての側面が強い。もちろんメディア露出がまったく無いというわけではないが、その量は比ではない。加えて、必ずリーグ本部が間に入る。(イッシュのカミツレやカロスのカルネのような例は除くとして)

しかし、ガラル地方はそのリーグの特殊性も相まって、どこか芸能人染みていた。そのため交渉は個人で、というのがローズの方針である。それが良いのかキバナにはわからなかったが、まあ自分には合っていると思っていた。
話が逸れた。ええと、雑誌の企画だっけか。まあ、時間はあるし受けてもいいか。ジムチャレンジに向けたポケモンたちの調整はとっくにすんでいる。

キバナは仕事を受ける言葉を口にしようとするが、ふと、浮かんだとあるアイデア。そうだ、ちょうどいい、と上がる口元を抑えきれなかった。

「……受けてもいいが、条件が1つ」
「条件、ですか?」

女性はブリッジを指であげながら「お聞きしても?」と声を絞り出す。どんな無理難題が来るのか身構えているようだ。

「そんなたいしたことじゃねぇよ。ただ――」

写真撮るやつ、こっちで指定していい?


***


「なるほど、それでわたしが呼ばれたんですね」
「ルリナがあれだけ褒めていたんだ。お前の腕前が気になるのは当然だろ?」
「あれはルリナさんの表情がよかったからですよ。わたしの技術なんて全然。……お手柔らかにお願いします」

そう言って頭を下げ、まふゆは撮影の準備に戻っていった。相変わらず冷えた瞳は変わらない。あのときは初対面ゆえの緊張感からと考えていたが、あれが彼女の素なのだろう。しかもあまり表情も変わらないタイプのようだ。ネイティオのほうが感情の機微がまだわかりやすい。

撮影が始まるまで彼女を観察する。手にしているカメラは自前のものなのだろう。古い型のようで、目にしたことのないモデルだ。
歳の割に物を大切にするのか、とキバナは頭の片隅で考える。なら、腰につけたモンスターボールにはどんなポケモンが入っているのだろう。長年連れ添った相棒かもしれない。印象通りならこおりタイプがお似合いだが、どうだろう?

「それでは時間になりましたので、撮影はじめまーす! 本日はよろしくお願いしまーす!」

いつの間にか時間は経っていたようで、女性編集の声がスタジオに響いた。次々と「よろしくお願いします」と声があがる。もちろん、まふゆも口を動かしていた。

「本日は誌面テーマである『ギャップ』を元に撮影していきます。ドラゴンストーム・キバナジムリーダーの魅力を一段と際立たせた特集にしていきたいので、みなさんご協力お願いします」

今回はメインカメラとしてまふゆが、サブカメラとしてもう一人長身の男性がいる。2台のカメラで余すところなく撮影をしたいとのことだ。確かサブカメラの彼はイケメンカメラマンとして最近売り出し中で、テレビでも顔を見たことがある。まあ、オレさまのほうがかっこいいけど。

「キバナさん」
「っと、すまない。もう始めるか?」

反応が遅れたことを詫びると彼女は「普段と違う格好だと気が散っちゃいますよね」と、フォローを入れてくる。

その言葉通り『ギャップ』のテーマにふさわしく、今日の撮影衣装は首元まできっちりと固められたフォーマルなものだ。ネクタイなんて、リーグの式典のときでさえ、締めることは珍しいというのに。窮屈で仕方ない。

「まずは撮影台本に沿って進めていきたいと思います」
「りょーかい」

キバナはスタジオに作られたセットに立ち、ポーズと表情を作る。ストロボの光が焚かれ、まふゆの指示の声が飛んだ。

『表情は暗めに。しかし色気を持って』これが共通した今回の撮影指示である。普段表情豊かなキバナが見える、アンニュイな素顔。それがテーマに沿ったオーダーだった。
似たような表情を何枚か撮り、まふゆが口を開く。

「首元、ネクタイ少し緩めてください。緩めて、手はそのままタイに指をひっかけて。視線ください」

言われたとおりに動く。彼女は数枚撮って、再度指示を飛ばした。

「もっと睨んで。目つき悪くお願いします」

台本のオーダーとは異なるが、レンズの奥にいるまふゆに向けて視線を向ける。言われたとおり、にらみつけた。だが、それでも彼女は満足しないのか、カメラのデータを見て、首をひねっている。「今ので充分でしょ」とサブカメラの男が言うが、本人はピンと来ていないようだ。

「もう一枚お願いします」

再度同じ表情を作る。――が、やはり気にくわないようだ。うっすらと顔を歪めている。少しして、何か思いついたのか、こちらに「待っていてください」と声をかけ、女性編集に何かを確認しに向かっていく。

「いやぁ、ボクはいいと思うんですけどねぇ。ほら」

間延びした語尾で近づいてきたサブカメラの男はカメラ画面をキバナに見せてきた。覗き込んだそれはよい出来だと思う。自身で言うのもなんだけれど。

「ちゃんと見極めができないと、だらだら撮影だけが延びちゃいますからねぇ。キバナさんもお忙しいでしょう?」
「まあ確かにオフシーズンとはいえ、ポケモンを鍛える時間はあるだけあったらいいモンだしな」
「ですよねぇ! 彼女、まだ若いし経験も少ないから、指示も曖昧ですし……今日は時間がかかるかもしれないなぁ」

そうぼやく男に曖昧で適当な相槌を返す。まあ、こういう人間はどこにでもいるよな、と頭の片隅で彼への感想が浮かぶ。

確かに男の言うとおり、まふゆの技術は拙いものかもしれない。だが、そう感じるのならば、してやればいいのだ。アドバイスという名の指導を。それが先達というものだろう。彼女よりも歳と経験を多少なりと重ねているのだから。

そしてまふゆ自身も、それでへこたれる性格ではないはずだ。伊達に毎年何人も若手トレーナーを見てきたわけじゃない。あの少女は相手からの言葉をちゃんと糧にできるタイプだろう。そういう人間は伸びるし、キバナ自身も好ましく思っている。

「すみません。お待たせしました」

件の少女が駆け寄ってくる。乱れた髪を手櫛で整え、キバナに向かって言った。

「場所、変えましょう」
「は?」

変な声を出したのはキバナではなくサブカメラの男。その反応を無視して、まふゆは説明を続ける。

「このスタジオ、中庭があるんです。そこにバトルフィールドが設置されていると確認できました」

バトルしましょう、わたしとキバナさんで。

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