今年もジムチャレンジの時期がやってきた。
キバナはタクシーのアーマーガアと運転手に礼を言い、シュートスタジアムへ向かっていく。以前はローズタワーで行っていた会議だが、なにせ揃っているのはバトル狂のトレーナーばかり。そのままなし崩しにポケモンバトルになってしまうから、いつの間にかスタジアムの一室を会議室としている。

ふと見知った顔が入り口にあることに気がついた。まだミーティングまで時間があるといえ、この時間にここにいるなんて珍しい。

「カブさん」

名を呼べば「ああ」と柔らかな微笑みが返ってくる。普段のユニフォーム姿ではなく、私服姿なこせいかいつもの苛烈さは潜められている。

「どうしたんですか? いつも30分前には、座っているのに」
「それが、ちょっと出かけにバタバタしちゃってね。資料、忘れちゃって。届けに来てもらっているんだ」

誰が届けに? という疑問を率直に抱く。
真っ先に思い浮かぶのがエンジンジムのトレーナーたち。
しかし今日はこの会議もあるから、ガラルのジムは一斉に休みにしている。トレーナーたちも休暇をもらっているはずだ。

カブの性格上、休みの日であるトレーナーに頼むということは考えにくい。だからこそ余計に誰が来るのか気になった。

「カブさん、誰が――」

アーマーガアの羽音が言葉を遮る。「来たかな」と隣のカブが呟いた。
その言葉の通り、1人の少女が小走りでこちらに向かってくる。見た目からして、十代後半ぐらいだろうか。

少女は見知らぬキバナの顔を見て軽く会釈をした後、カブに「お待たせしました」と書類を手渡す。

「これで全部ですか? 机の上に置いてあるのをとりあえず一通り持ってきたんですけど……」

カブは渡された紙の束をぱらぱらと捲り確認して、頷いた。

「うん。大丈夫。ごめんね、結局予定の時間より早く来させてしまった」
「いえ、平気です。10番道路で撮りたいなって考えていたので」

2人の続く会話をキバナはぽかんと眺めるだけだった。はて、この少女はジムスタッフにいただろうか。その視線に気づいたカブがこほんと咳払いしたのちに、少女にキバナを紹介する。

「まふゆ、こちらはナックルジムのジムリーダー、キバナくん」
「はじめまして、まふゆと言います」
「あー、どうも」

丁寧な挨拶。しかし、こちらを見据える瞳は歳の割に冷めた印象を与えてくる。なんだか薄ら寒ささえ、感じるほどの。つい癖で相手を探っていたら、次の一言ですべてが吹き飛んだ。

「キバナくん、こちらはまふゆ。ぼくの娘だ」
「はあ、娘――むすめぇ!?」

叫び声はホールに響き、こだまし、消えていく。


***


「ああ、まふゆくんか? 知っているぜ」

休憩時間、ダンデを捕まえ、先ほどの衝撃事実について尋ねると、予想に反してしれっと肯定の言葉で答えてくる。

「マジかよ。知らないの、オレさまだけ?」
「そんなことはないだろうけどな」
「じゃあ、なんでダンデは知っているんだっての」
「ああ、それは……」

歯切れの悪くなった返答に「養女ってのは、聞いた」と言えば、あからさまに表情がよくなる。
あの後、カブから会議室へ移動する際に不躾とは思いつつも、彼女との間柄を詳しく聞いたのだ。(まふゆは言葉どおり10番道路へ向かった)

とある事情≠ェあるという彼女は家族もおらず、こちらで生活していく上でカブが保護者となったとのこと。その養子縁組の関係でリーグの責任者であるローズとチャンピオンのダンデに話がいっていたらしい。だからダンデは知っていたのか、と納得する。
今日もこの会議のあと、その後の手続きやら挨拶やらで、顔を見せる予定になっていた。

「本人たちも隠すことでも、広げることでもない、という考えらしいからな。時期とタイミングが来れば、キバナもいつか耳にしていたと思うぞ」
「そういうもんか?」

 眉を顰めながらコーヒーを啜る。ワイルドエリアに面する街のジムリーダーとしてカブとは他のジムリーダーよりも関わりが多い。

だからというわけではないが、そんな複雑な事情を抱えているなら、話をしてくれてもいいのに、という気持ちがないわけではない。頼りないのかな、オレ。
そんな二人に影が近づいてくる。

「今、まふゆって名前が聞こえたけれど」
「ルリナ」

ひらり、と手を振って答える彼女は「あなたたち、まふゆと知り合いなの?」と再度尋ねてくる。「このあとここに来るぞ」とダンデが答えると、彼女は思いの外嬉しそうな表情を浮かべた。

「ルリナもあいつのこと知ってんのか?」
「ええ。あの子と仕事したことがあるから」

モデルのほうのね、と続く。

「この前の『G-D』の表紙と特集、あれを撮ったのがまふゆよ」

先月発売された有名な女性誌の1つ。ルリナが表紙を飾った号は評判がよくSNSでも話題になっていた。特に彼女の特集の写真が。凛々しい表情だけでなく、ふわりと甘い笑みがルリナの魅力をさらに引き出していると、雑誌にしてはレビューの星も多くつけられていた。

「彼女は写真家なのか」
「厳密にいえば、ポケモン専門らしいけれどね。その日はピンチヒッターで撮影に来てくれたの。撮影も的確で楽しかったし、ぜひまた話したいと思っていたのよね。嬉しい」

確かに『10番道路で撮りたい』と言っていた。なるほど、今の話からするとポケモンの撮影に行ったのかもしれない。

事情があって、身寄りがない。そんな少女の職業は写真家。なんだかミステリーな匂いがするな、とキバナは頭も片隅で考える。同時に好奇心もわいた。ルリナはモデルの仕事でも妥協をしない性格だ。そんな彼女が認めた少女が気にならないと言ったら嘘になる。

「ちょっと、そこの三人。そろそろ休憩終わりにするよ! 戻っておいで」

休憩の終わりを告げるメロンの言葉に返事をし、三人は会話を切り上げた。



「それでは失礼いたします」
「失礼いたします」

頭を下げ、退室する。自動ドアが閉まったのを確認して、まふゆは息を吐いた。

「お疲れさま。緊張したかい?」
「はい。相手が相手なので……」

なにせこのガラル地方の企業トップに立つローズと無敗のチャンピオンダンデ。特にローズのほうはカブの上司といっても差支えがないのだ。緊張しないわけがない。

あと個人的にまふゆはローズが苦手だ。なんか雰囲気が独特で。
廊下を共に歩きながら、カブは言う。

「委員長はともかく、ダンデのほうが君とも歳が近いはずだから、そんなに緊張しなくてもいいと思うよ」
「えっ、近いんですか?」

それはさすがに嘘ではないだろうか。まふゆの脳内に浮かぶ彼の風格は、自分のそれと近いとは思えない。
しかし、カブに告げられた年齢は確かに自分と近かった。

あれで二十代前半か……さすが外国の人は違う、と失礼な考えをしてしまう。とはいえ、未成年と成人なのだ。『大人』に対して気後れするのは仕方ない。

「歳が近いといえば、キバナくんもかな」
「あの人もですか?」

ダンデとは違った威圧感を持つキバナ。主に彼の身長が原因だろう。見上げないと目も合わせられない。あの背は恐怖感さえ覚えた。けれど――

「ダンデさんよりは、親しみやすい、かもです」

社交辞令ではあるだろうけど、歯を見せにかりと笑う彼の顔に親しみやすい印象を感じたのも嘘ではない。

「それと……」
「?」
「キバナさんはコータスが手持ちにいるな、と思って。だから親近感がわきます。カブさんのコータスかわいいから」

まふゆの言葉にカブはきょとんとした表情を浮かべたあと、「コータスも喜ぶよ」と頷いた。

<< top NOVEL >>


ALICE+