あつらえられていたフィールドは一般に設置されているよりも、簡易な作りのものだった。あくまで撮影用なのだろう。
「写真を撮るので天候変化は無しでお願いします。ダイマックスもここでは使えませんのであしからず」
「りょーかい。――本当にやるのか?」
やります、とまふゆは頷いた。最低限の機材だけを運んでの撮影。まふゆとバトルしながら、撮影をすると言われたときにはどうなることかと思ったが、急ごしらえにしてはちゃんと準備が整っている。
しかしキバナはどうしても気分が乗らなかった。
「お前、撮影しながらバトルできんの?」
非公式で撮影用。とはいえ、やるなら手を抜きたくない。それがキバナのトレーナーとしてのプライドだ。しかし、まふゆはバトルしながらシャッターを切るという。率直に言って、それが気にくわない。なんのためのサブカメラだというのか。
そのことはまふゆもわかっているようで、「すみません」と頭を下げた。
「キバナさんがそう思ってしまうのもわかります。でも、これがわたしの考えた中で一番の方法なんです。絶対に満足させます。写真も……バトルも」
こちらを射貫く視線はいつもの冷静さの中に一輪の焔が咲いていた。それが覚悟を決めた時の人間の瞳だということを、キバナはよく知っていた。最後の1匹、切り札のエースポケモンを繰り出したときのトレーナーの瞳そのもの。
「1つ、貸しな」
ぽん、と頭に手を置き、そのままぐりぐりとかき混ぜる。年相応の悲鳴をあげた少女に気をよくして、ついでに一言。
「これ脱いじゃだめ?」
「だめです。というか、バトル前に直し入りますから」
ばっさりと切り捨てられたキバナは乾いた笑いとともに、肩を落とした。
バトルは1VS1。ジャッジは自己判断。どちらかのポケモンが倒れたら、もしくはまふゆの判断で終了する。(これは主に撮影時間の関係だ)
「カメラ構えていますが、これのこと忘れてバトルしてください」
「そういう熱中させるようなバトルを期待しているぜ」
「ご期待にそえるよう頑張ります」
トレーナー同士、目と目があったらポケモンバトル。どちらともなくボールを投げた。
キバナのボールからはフライゴンが飛び出してくる。エースポケモンのジュラルドンを出すまでもないと思ったのだ。まずは小手調べ。とはいえ、キバナもフライゴンも手を抜くつもりはない。現にフライゴンは勇ましく咆吼している。
一方まふゆが繰り出したのはサザンドラだ。イッシュ地方で発見された、あく・ドラゴンタイプのポケモン。ガラル地方でも一部地域に生息が確認されている。キバナがドラゴンタイプ専門と知っての選択だろうことは、予想に容易い。
「すなあらし≠ヘ使わないでくださいね」
再び釘を刺してきた彼女にひらりと手を振って応えた。同時にフライゴンの技構成を理解しているということがうかがえる。多少は骨があるバトルになるかもしれない。そんな予感が胸を過る。キバナは唇をなめ、その興奮を抑えた。
「いくぜ! フライゴン、ドラゴンクロー=I」
「りゅうのはどう≠ナ迎え撃って」
技と技の応酬、裏の読み合い、力のぶつかり。二人のバトルは次第に白熱したものとなっていく。周りにいたスタッフもつい作業の手を止めてしまうほどだ。
それはキバナも同じでターンを重ねていく度に口角があがっていくのを自覚していた。なかなかどうして、彼女は強い。そこらのトレーナーよりよっぽどだ。
「サザンドラ、距離を取ってからわるだくみ=v
「暇を与えるな! かみくだく=I」
2匹のドラゴンタイプはその翼を動かし、スピードを上げる。逃げて、追う。追いかけて、逃げる。その繰り返しの中でお互いにダメージを与えていく。しかし、決定打を撃てない。それだけ2匹は隙が見えないのだ。いや、『見せない』のほうが正しい。
「いいぜ、いいぜ! もっとぶつかってこい!」
咆えるキバナは勢いのまま窮屈なタイを乱暴に解く。試合前にスタイリストに手直しされたが、そんなことはとっくに忘れていた。カメラのレンズの向こう、まふゆを射殺さんとばかりに睨みつける。あの少女の冷えた冬の瞳が、今どうなっているのか。それだけが気になった。自分の熱で溶かしていたのなら、最高に気分がアガるというものだ。
その姿を、光景を、単純に見たいと思った。いつもの調子で冷静に指示を出す彼女が、感情のまま叫ぶ姿を見たい。あわよくばそれは自分の手で。
彼女を――まふゆを暴きたい。
衝動はキバナを突き動かす。
「吹き荒れろ! すなあらし=I」
指示を受けたフライゴンの動きが一瞬だけ鈍くなる。しかし、すぐさまキバナの言葉どおりすなあらし≠起こそうとして天を仰ぎ――
「そこまでです」
唐突にまふゆがサザンドラをボールに戻した。相手のポケモンがいなくなったことで、フライゴンは再度動きを止める。
「おい、まだバトルは終わっていねぇだろ!」
あからさまな舌打ちはそばにいたスタッフの肩を跳ねさせた。場の雰囲気が先ほどとは違った意味で、緊迫したものへと変化していく。
「聞いてんのか、まふゆ!」
怒鳴るキバナはフィールドを突っ切り、まふゆに向かう。いつもなら気持ちが切り替わるが、今は中途半端にバトルを終わらせられた怒りしかわかない。
しかし嵐が少女の元へたどり着くことはできなかった。
瞬きの合間に、巨体がキバナの目の前に立ち塞がる。唐突に現れたそれはゴーレムポケモンのゴルーグ。ボールから飛び出してきたアクションは確認できなかったから、姿を消していたのかもしれない。ゴーストタイプを持つこのポケモンなら容易だろう。
彼はゴーレムポケモンにふさわしく、主たるまふゆを守るようにキバナの侵入を防ぐ。その姿にさらに苛立ちがわいた。
「落ち着いてください、キバナさん。……大丈夫だから、ゴルーグ。少し、避けて」
ゴルーグの後ろから姿を現したまふゆは自分と違って、燻ぶった熱が無い様子だった。それがさらにキバナの怒りを加速させる。
「もともと私のジャッジでバトルを切り上げる予定だったはずです」
静かな声に肯首する。
「そりゃ、撮影時間が押したらだろ? まだ余裕はあるはずだ」
「はい。おっしゃる通りです。――ただ、キバナさん。すなあらし℃gいかけましたよね?」
「…………」
「敏いキバナさんならお分かりいただけるかと」
「…………わりぃ」
彼女の言わんとしていることをようやく理解し、一気に頭が冷えた。これは完全に自分が悪い。これはただのバトルじゃない。撮影のためのバトルだ。すなあらしで画面がやられ、写真が使い物ならなくなることを、自分が何より理解している。
「……盛り上がりすぎた。その、楽しくなっちまって」
先ほどまでの苛烈さは一気に消え、バツが悪そうに大きな身体を縮める彼に、まふゆは「大丈夫ですよ」と答える。
「ちょっとヒヤっとしましたけど、フライゴンが躊躇ってくれたおかげで、サザンドラを戻すタイミングが生まれましたし」
ハラハラとこちらを見守っていたフライゴンに声をかけると、嬉しそうに彼は鳴いた。つまり頭から抜けていたのはキバナだけということになる。ますます気まずい。
「わりぃな、フライゴン。そして、ありがとうな」
気にしていないとばかりに擦り寄ってくるので、頭を一撫でし、ボールへ戻した。まふゆもゴルーグを戻し、ボール越しにサザンドラも含め「お疲れさま」と声をかけた。
「写真も撮れたので、スタジオに戻ってチェックしましょう」
「おう。って、まふゆ。お前、2台もカメラ持ってんのか?」
首から下げ、試合中構えていたカメラともう1つ。小型のカメラを手に持っていることに気がつく。こちらも古い型なのか、見たことのないメーカーのロゴが記されている。
「こちらのはゴルーグが撮っていたんですよ。横からのアングルで」
なんということだ。まったく気づかなかった。それだけ自分はバトルに集中していたのだろうか。とはいえ、さすがにあの巨体がいれば、いやでも視界の隅に多少は入るだろう。それが無かったということは――
「まさか姿を消していたのか?」
よみがえる先ほど光景。ボールから出た様子もなく、一瞬で目の前に現れたゴーレムポケモン。
疑問を口にすれば、彼女は首を縦に振る。つまり肯定。
「ゴーストタイプですから。それぐらい簡単なんです。それとカメラの操作もうまいんですよ、あの子」
だから早くスタジオに戻りましょう、と言い、まふゆはスタッフのもとへ小走りで駆けていく。
残されたキバナは大きく息を吐きだし、乾いた笑いを溢すのだった。