ピロリとスマートフォンが鳴る。おそらく彼からだろうと思い無視したくなるが、わざわざ「確認しなさい」とズルズキン持ってきてくれたのにそれを無下にすることもできなかった。(まふゆの持ちスマートフォンにロトムは入っていないせいか、余計に他の手持ちポケモンたちが世話を焼いてくれている)
案の定、『明日、忘れんなよ』というキバナからのメッセージ。あの時連絡先を交換するんじゃなかったな、と後悔するが後の祭り。

デート≠ニ彼は言っていたが、それはこちらを揶揄っているのだろう。とはいえ、面と向かって言われれば、いやでも心臓は跳ねるというもの。生まれてこの方、言われもしない言葉だから余計に。
明日は平常心でいないとな、と己に言い聞かせ、まふゆはズルズキンをボールに戻す。そのままベッドにもぐりこめば、あっという間に瞼が閉じていった――



「まふゆ、こっち」

以前来たこともあるスタジアムの前、隠れもせずキバナはそこで待っていた。(一応軽く変装はしているが)思わず腕時計で時間を確認するが、一応集合時間前だったことに胸をなでおろす。

「お待たせしました」
「時間前だから大丈夫だぜ。むしろオレが早く来すぎただけだしな」

んじゃ行くか、とスマホロトムをしまって彼は歩き出す。その後ろをついていくが、いったいどこへ向かうのだろう。

「そういやカメラ持ってきているよな?」

まふゆは頷いた。基本的にいつでもカメラは持ち歩いている。

「……あの、どこに行くか教えてもらえませんか?」
「ナイショ」

答えの代わりに投げられたウインクを躱し、ため息をこぼす。さすがにこのまま逃げるなんて度胸は無い。ただ、悔しいので彼の後姿を1枚だけ隠し撮った。

しばらく歩くと、キバナは1店のブティックの前で立ち止まる。どうやらこれからオープンする店舗のようで、店の中には段ボールが積まれているのがわかる。ここが目的地なのだろうか。それは当たりだったようで、彼は店内へ入っていった。慌てて後に続くが、薄暗い店内には人の気配もなく勝手に入ってよいのだろうか、と不安が込み上げる。

「よう、きたぜー」

しかしキバナはどこ吹く風で『STAFF ONLY』と書かれたドアの奥へ声をかけた。しばらして物音が響き、ドアノブが回され、男性がひょこりと顔を出す。すぐさまその男は「キバナ!」と笑みを浮かべた。

「いやー、本当に来てくれるとはな! 忙しいだろ、ジムリーダーなんだから!」
「おう。忙しいキバナさまがわざわざ来てやったんだから、これが開店祝いってことで」
「なんだよ、そこはもう一声くれよな」

そんな軽口の応酬についていけず、まふゆはぽかんとそれを見守るだけ。2人の仲が気安いことだけはわかる。きっと友人なのだろう。そしてこの店の店主。つまりキバナはオープン祝いにやってきた……?

「るっ!」

いつの間にか足にじゃれついてきたエルフーン。腕を伸ばしだっこを催促され、混乱のままついそれに従う。楽し気に身体を揺らし、ふわふわとした綿毛がまふゆの頬を撫ぜた。そのエルフーンが指さす方向を見れば、アブリボンが羽音を響かせていた。旋回し、やがてまふゆの頭の上へ着地する。

「っと、申し訳ない。俺のポケモンは人懐っこくて、初対面の相手にでもこうやって甘えてしまうんだ」

店主がそう言うと「お前相変わらずフェアリータイプが好きだよなぁ」とキバナがスマホロトムをまふゆに向けて、シャッターを切る。

「撮らないでください」
「SNSにはアップしねぇから」
「そういう問題じゃないです。いいから消してください」
「やだ」
「子供ですか、あなたは」

スマホロトムを奪ってやろうかと考えたが、エルフーンが腕から離れてくれない。「もうちょっと抱っこして」と甘える姿はかわいらしいが、今のまふゆにはタイミングが悪い。しかもまたその姿をキバナが面白がって撮るものだから、余計に彼女の表情は渋くなっていく。

「キバナその辺にしとけって。ほらエルフーンもアブリボンもこっちこい」

さすがにトレーナーである店主の声には従うらしく、ようやく2匹は名残惜しそうにまふゆの元から離れていった。

「俺のポケモンが申し訳ない」

そう言って彼は自己紹介をはじめる。キバナとはジムチャレンジの時からの友人であること。デザイナーとして、オリジナルブランドのブティックの開店準備を進めていること。

「キバナにはうちの服の宣伝も兼ねてモデルしてくれないかって頼んでいて。こいつ、アパレルブランドのスポンサーいないから」

ようやく合点がいった。つまりその写真を撮ればいいのか。なら、最初からそう言ってくれればいいのに。『デート』なんて言葉で飾るものだから、身構えてしまった。それに、服装もあまり撮影向きのものではない。

「まふゆ、言っておくけど撮影のためだけに呼んだんじゃねぇからな」
「え?」
「言っただろ、『デートしよう』って」

彼の意図が読めない。助けを求めるように店主のほうを伺うと、苦笑しつつ助け舟を出してきた。

「できれば君にも写ってもらいたくて」
「無理です。そういう話なら帰ります」

返事も待たず踵を返して出ていこうとするまふゆの腕をつかんだのはキバナだ。

「まふゆチャン。オレさまの借り、返してくれねぇの?」
「『わたしのできる範囲』って言いました。その範囲を超えています」

きっぱりと告げ、彼を睨むが効果はないようだ。加えて「オレさまはそう思わないけど?」と宣う始末。
キバナはまふゆに仕事のチャンスを与えようとしてくれている。それははっきりと彼女にも伝わっていた。キバナは優しいし、この前の雑誌の件に少なからずとも責任を感じている。だから、こうして新たな仕事につながる縁をもたらしてくれた。だが、モデルの件はそう簡単に飲み下せない。
均衡状態が続く2人。それを壊したのは店主だった。彼の名を呼び、腕を話してやれと彼を助言する。
店主はまふゆに向き直り、言った。

「無理強いはしない。キバナが何を言って君を連れてきたかはわからないけれど、嫌がる女の子に無理なことはさせたくない。ただ、話だけでも聞いてくれるとありがたいんだ。ギャラだってもちろん払う」

その声から店主の切実な思いが伝わってくる。正直なところ彼の気持ちもわかるのだ。キバナを宣材として使うのならば、その相手……しかも異性は、様々な意味でことさら気を遣わなければならないだろう。それだけ彼の人気はこの地方で大きい。一歩間違えれば「誰よ、あの女!」現象になる。実際、この前起きた。彼のファンには過激派が少なからずともいるのだ。

しかし、彼と釣り合うほどの知名度のモデルを用意するとなると、申し訳ないが駆け出しのブティックでは予算が足りない。おそらくキバナもこの仕事は無償なのだろう。友人として、店主を助けようとしていることはまふゆにもわかっていた。

そうなると逆に無名なモデルを用意するのもアリになってくる。いわゆる「キバナと釣りあっていない」といったようなアンチが現れようと、無名どころかほぼ一般人なら探しようもない。
とはいえ、それとこれとは話が別。まふゆを選んだのも、条件に当てはまって、たまたまそこにいたから程度の理由のはずだ。代役はいくらでもいる。頭をさげる店主には悪いが帰らせてもらおう。断りの言葉を口にしようとして――

「る……?」

まふゆを見つめるエルフーンと目があった。「帰っちゃうの? どうして? ご主人を助けてくれるんじゃないの?」という純粋な色だけを宿している。潤む瞳はじっと彼女を見つめ、少女の良心に語りかけていた。
その瞳を見てしまったが最後。心はぐらりと揺れて、

「…………話だけなら、聞きます」

気づいたら予定とは正反対の言葉を発してしまう。
あとから思えばこれも作戦だったのかもしれない。しかし、今のまふゆにはそこまでの思考は追いついておらず、嬉しそうに飛びついてくるエルフーンのふわふわな頬ずりを受け入れることしかできないでいた。


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