シャーベットブルーとホワイトのワンピース。服に合わせたアクセサリーにブーツも、いつもとまったく違う格好だから、心もとなく感じる。大丈夫かな、と悩みは尽きないが、ずっとここにいるわけにもいかない。
恐る恐る試着室から出れば、すでに準備を整えていたキバナが待っていた。彼もまた、オフホワイトを基調とした衣装に身を包んでいる。店主曰く、キルクスタウンをイメージしたデザインとのこと。たしかに雪の多い町らしい涼やかさがある。(キバナは「オレさまにキルクスってイヤミか?」と文句を言っていたが)
まじまじと見つめられると、やはり恥ずかしい。俯き、ついふわりと揺れる裾をいじってしまう。なんだか、キバナのほうを見ることができないでいた。
「似合っているぜ」
せめて何か言ってほしいと願ったまふゆに彼は微笑む。たった一言のそれだけで、少女は顔をあげる勇気を持てた。
「お、照れてる」
とはいえ、空気を壊すのも彼自身なのだからいただけない。やっぱり断ればよかった、とまふゆは隠れてため息をついた。
『とりあえず話を聞き、そのうえで受けるか決める』を条件として受けた説明で店主は、「顔は映らない」ということを強調した。このブランドではメンズ・レディース含め、ユニセックスなものまで取り扱うがメインはメンズ。なので、キバナをモデルとした男性をターゲットにした宣伝を展開していきたいという。
だが、彼単体で映るだけでは味がない。加えてメンズ以外も取り扱っているとアピールしたい。そこでテーマを『女性といるデート風』としたらどうか、と考えた。だが、あくまでメインはキバナ。そのため女性モデルは後ろ姿や手だけ。少し身体が映るなどの、いわゆる『見切れ』になるとのこと。
その話を聞いて、まふゆは1つ条件を出す。それはすべての写真をまふゆが撮影すること。己が映りこむカットでも三脚やポケモンに手伝ってもらう。構図、撮影場所、すべてこちらのほうで仕切らせてほしいというものだった。
「もちろんブランドイメージに沿って撮影を行いますが、一任していただけますか?」
その問いに店主は二つ返事で了承し、まふゆもまたモデルになることを受け入れた。
正直なところいまだに抵抗はある。なにせ隣に立つのがキバナなのだ。自分では釣り合わない。しかし、撮られる側になることも勉強の1つだと聞いたこともある。無駄にしたチャンスを悔しく思ったばかりだ。引き受けたからには最高の1枚を撮ろう、と心に誓う。それにこれはキバナから直々に受けた仕事に違いないとも感じていた。
「ほんと似合っているよ、まふゆちゃん。やっぱり淡い色があうと思ったんだよなー! いや、だからこそ濃いめの色もありか……」
店主がにこにこと笑い「今度はこっちのパンツスタイルのもどう?」と差し出してくるものだから、まふゆは丁重に断る。この一着だって充分服に着られている≠フだ。
「では、先程の打ち合わせの通りで撮影進めていこうと思います。よろしくお願いします」
***
撮影は街中で行われた。あらかじめ店主が申請を出していてくれたのか、キバナがいるにも関わらず、大きな混乱は見られない。なんだかんだ言って、彼との撮影はやはり楽しい。指示通りのポーズや表情を作り、レスポンスは早い。加えて、こちらの意図を汲んでくれる。まふゆもつい、シャッターを切る回数を重ねてしまう。
そんな彼女に店主は「そろそろツーショットのものをお願いしたいな」と申し訳なさそうに口をはさんだ。たしかにもう単体の写真は結構撮った。クライアントの言う通り、そろそろもう一方のほうも撮らなければ。
ボールからゴルーグを出す。カメラを渡し「好きに撮っていいよ。ただし、メインはキバナさんだからね。わたしは欠片ぐらいの写り方で」と説明すると、彼は嬉しそうに身体を光らせ、そのまま姿を消した。
「ゴルーグに任せていて大丈夫か?」
「カメラいじったり、写真撮るのが好きなんです。とりあえず好きに撮らせて、そのあと指示だそうかなって」
ついでに姿を消して写真を撮るのもゴビットの時からのクセだから、気にしないでほしいと伝えれば「りょーかい」と頷く。
「とりあえず少し歩いてみましょう。——人の多いところにはいかないでくださいね」
まふゆがそう釘を刺すが彼は笑みを深めるだけ。……これは期待しないほうがいいかも。心の中でため息をついて、少女は顔隠し用のキャペリンを深くかぶるのだった。
「どんな感じだ?」
撮った写真のチェックをしていたところに両手にテイクアウトカップを持ったキバナが覗き込む。問いに答え、まふゆはカメラをゴルーグに再び渡した。代わりに彼からカップを受け取る。
「はい。帽子は正解だったかもしれません」
いくら店主やポケモンたちが「撮影中」と札を掲げていても、SNSが発達した時代では隠し撮りは防げない。そのため帽子で顔を隠すようにと渡されたが、単純に撮影の小道具としても役だった。ゴルーグが撮った写真を確認し、そんな感想を抱く。
「ありがとうございます。おいくらでしたか?」
「そこは黙って奢られとけ。デートなんだからな」
「あとでお支払いいたします。必ず」
また借りだのなんだと言われたらたまったもんじゃない。間髪入れずに返せば「はいはい」と飲み物と共に軽く流された。彼のカップの中身はグランブルマウンテンだろうか。特有の香りがこちらまで伝わってくる。
自分も同じようにカップを傾けるとリクエストしたミルクロズレイティーのあまさが広がる。ほどよく温められたそれを飲めば、思わず息が漏れた。ガラルのロズレイティーはおいしい。香りもさることながら、風味が別格だ。モーモーミルクとの相性もばっちり。こちらに来て口にした中でも一番のお気に入りが、このミルクロズレイティーだ。
「……なんですか?」
そんな大好物の味をしばらく楽しんでいたいというのに、こうも視線を向けられてしまうと無視することも難しい。ちらりとキバナのほうを見れば、まふゆが想像していたよりもずっと優しい笑みを彼は浮かべていた。
「だいぶわかるようになったなって思ってな。ちょっと感慨深くなっただけだ」
「…………?」
「気にしなくていいぜ、お前は。オレさまだけが知っていればいいことだし」
なんというか年相応だな、と思っただけだ。
そう言われてまふゆはなんとなく釈然としない。だが、キバナの瞳がいつになくやわらかいせいもあって、何も言うことができなかった。
一方でキバナは満足していた。少女の横顔は毎度のことながら固まったままだけれど、その代わりに纏う空気を感じ分けるようになったから。いまだって、ミルクロズレイティーが好物だということを言われなくても理解できている。
まふゆを誘ったのは単純に彼女の仕事に繋がればいいというおせっかいと、あのテントの中で垣間見えた感情の欠片をもっと見たくなったという邪な気持ち。強引だったのは反省するべき点ではあるが、たった1日で好物まで知ることができたのだ。大目に見てほしい。
「飲み終わったら、庭のほうにいってみるか」
「スタジアムの近くのですか?」
「そ。まだデートは終わってないぜ、まふゆチャン」
「デートじゃなくて撮影です」
ぴしゃりと告げるその顔は、仕事にプライドを持っていることを表している。公私の区別はつけるという主張。
そういう性格なのも好ましいよな、とキバナは残ったグランブルマウンテンを飲み干した。