「本当に助かった! ありがとう、まふゆちゃん!」

店主はにこやかにそう言って、まふゆの手を握り上下に大きく振った。撮った写真データは彼のパソコンへコピーし、ゆっくりと確認してもらう。そこから使用する写真の数だけ、撮影料を請求することになっていた。

「よかったら、その服もあげるよ。急に付き合わせちゃったお詫びに」
「……お言葉に甘えます。ありがとうございます」
「こちらこそ」

今まで来ていた服が入った袋を渡される。代わりに身に纏っているのは、シャーベットカラーのワンピース。自分としては服に負けている気もするが、キバナが似合うと言ってくれていたし、なにより今日の思い出を残しておきたかった。だから、特別な日に着ようかな。

「おいおい。オレにはねぎらいの言葉はないのかよ」
「キバナも助かったって! 今度は飲みにでもバトルでも付き合うから!」
「言ったな? 空けとけよ?」

にやりと口元をあげるキバナに店主は苦笑した。フェアリータイプ対策として、ジムチャレンジ前には毎度バトルに付き合わされているのだ。

「っと、まふゆ、このあと用事あるか?」

キバナは二人の会話に我関せずと帰りの支度をしている少女の背中に声をかける。

「ありませ……うそです、あります」
「取り繕ったって無駄だからなー」

バトルの話をしたらしたくなった、と彼の先制攻撃。逃げられないと瞬間的に悟った。諦めるしかないだろう。しかし懸念事項が一つ。

「でもナックルシティに帰ってからだと、時間がかかりますし遅くなりますよ。シュートスタジアムは使えないでしょう?」

時刻は夕方を示す頃。空飛ぶタクシーを捕まえたとしても、時間はかかってしまう。そしてそこからポケモンバトルとなると――確実に夕飯には間に合わない。門限らしい門限は無いけれど、保護者であるカブに心配をかけるのは避けたかった。

「なら、俺のリグレーのテレポート≠ナ行けばいい。ナックルまでならギリギリで範囲内だ」

店主は腰のボールからリグレーを出す。空飛ぶタクシーや電車が発達しているガラルではポケモンの技で移動することは少ない。しかもテレポート≠ヘ行動範囲も狭い。
だが店主のリグレーはもともとナックルシティ寄りのワイルドエリアで捕まえたこともあって、そこまでならカバーできるとのこと。加えて、仕事の関係でナックルにはよくテレポート≠ナ行くから、迷うこともないらしい。

「ナックルまで送ったあとも自力で帰ってくるし、ちょうどいいだろ」
「サンキュー。じゃあ頼むわ」

とんとん拍子で話は進み、すっかりテレポートで行くことが決まってしまったようだ。キバナはまふゆの手を掴み、リグレーに触れる。しかし、まふゆだけは「テレポート=H」と声を震わせた。

「ま、待って」

慌てるまふゆの声は彼に届かない。

「リグレー、よろしくな」

指の三色の光を点滅し、了承の意を発すると瞬きの間に景色は変わる。エレベーターの浮遊感を増したような感覚に晒されたのは数秒だった。リグレーは気を利かせてくれたのかナックルスタジアムの廊下に送ってくれたようだ。これならすぐにフィールドに向かうことができる。それに時間が時間だからほぼ人はいなかった。テレポートで急に人が現れたら騒ぎになるかもしれないという心配は杞憂に終わる。
キバナはリグレーに礼を言うと、リグレーはまた3色の光で応え、主の元へ戻っていった。

「早速バトルしようぜ……まふゆ?」

隣にいる彼女の顔を見ると、明らかに様子が変だ。顔色は真っ青で呼吸は浅い。額には冷や汗が浮かび、視線も定まっていない。
大丈夫か、と声をかけた瞬間、糸が切れたようにまふゆの体は崩れ落ちる。それをすんでのところで支え、もう一度少女の名を呼ぶが返事はない。
おかしい。この数分の間に体調をくずしたのか? いや、そういう顔色ではない。どちらかというとパニックになっているような――

考えを巡らせるが今は原因を探すよりも、この状況をどうにかしなければならない。医務室に連れて行こうかと悩んだが、オフシーズンの時期に医師は在駐していない。なら、近くの医師を呼んできたほうがいいのだろうか。病院に駆け込む? 応急処置ならポケモンセンターのほうがいいのか? いや、それよりも保護者であるカブに連絡するべきか?

「ぐるる!」

刺さるような鳴き声に、キバナはすぐさま顔をあげた。こちらを睨んでいるズルズキンが1匹。まふゆのズルズキンだ。主の異変に気づき、ボールから飛び出してきたに違いない。そのズルズキンはジェスチャーで何かを伝えようとしている。耳を塞ぎ、口を塞ぎ、繰り返す。

「……静かな場所か?」
「ぐっぐ!」
 
頷きを確認するや否や、キバナは少女を抱える。触れるぞ、と伝えるが、まふゆに聞こえたかはわからない。彼女の荷物ごと横抱きにしてなるべく揺れないように、しかし早足でジムのバックオフィスまで向かった。ここから一番近くて静かなところ。なるべく人も来ないような――倉庫がある。アイテムを保管してある倉庫だ。こまめに掃除もしている。
 
目的地は決まった。足元を駆けるズルズキンに「こっちだ」と指示を出し、向かう。未だに少女の浅い呼吸音が耳に入り、抱える腕に力を込めた。
倉庫のロックを解除すれば案の定誰もいなかった。扉はオートロックだから、急に人が入ってくることも無いだろう。そもそも入ってくるようなスタッフも今日はいない。

壁に寄りかからせるようにまふゆをおろす。背中を擦ってやれば、徐々に呼吸は落ち着き、身体の震えも収まってきた。ズルズキンも彼女に寄り添っているのも、プラスになっているのかもしれない。
何か飲むものを、と考えたキバナは立ち上がろうとする。しかし、それはか弱い力で阻止された。

「……いかない、で。ひとりに、しない、で」
 
消え入りそうな声とともに、服の裾が引かれる。細い指は青白い。
そっと静かに座り、その冷たい手を包んだ。少しでも熱が伝わるように。

「ここにいる。オレはどこにもいかない。そばにいてやる」
 
見落としそうなほど僅かに少女は頷いた。

「こっちに寄りかかれ。壁だと寒いよな、気が利かなくてすまない」
 
引き寄せ、体重を預けるよう促す。こんな状況でも躊躇いを見せるまふゆに「いいから甘えとけ」と言えば、おずおずと身体が触れる。

彼女からは、涙の匂いがした。

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