まふゆがイッシュ地方に来て、1年が経った。あのあと、なんとか見つけた仕事は『ポケモンワールドトーナメント』における試合写真の撮影係。奇跡的にまふゆが持っていたカメラの規格がこちらに合い、「とりあえず人手が欲しい」と空いていた人員に入れたのだ。父から譲り受けたカメラと母の誕生日プレゼントのカメラ。それらについた妹手作りのストラップ。離れていても見守ってくれているのだと、遠い空の家族に感謝する。
しかし、仕事の内容はだいぶ過酷だった。『ポケモンワールドトーナメント』は24時間休み無しのバトル施設。一般トレーナーからプロトレーナー、果ては他地方のゲストトレーナーの試合を余すことなく撮影しなければならない。同時に給与は月給などではなく、撮影した写真を出版社や新聞社が買い上げる形でもあった。つまり、写真が売れないとお金がもらえない。
そのため、シフト制とは名ばかりで、まふゆはほとんど施設のプレス席でカメラを構えていた。1枚でも多く写真を撮り、売らないといけない。精神的にも肉体的にもキツい。まだ社宅があり衣食住が確保できたことだけが幸いだった。必死に文字を覚え、仕事をこなす。この1年でまふゆはだいぶ摩耗してしたようで「お前、表情筋死にはじめたな」と同じく淀んだ目の同僚に評されてしまった。
でも、悪いことばかりではなかった。
1つめはゴビットとモノズという仲間が増えたこと。ゴビットはカメラに興味があり、いつの間にかプレス席に入り込んできたのを、モノズはトレーナーに捨てられていたところを保護した。
本来ならば野生に返すための専門機関に引き渡すところだが、この2匹に関しては通常よりも人慣れしすぎて、野生では生きていけないとのこと。そんな彼らに己の境遇を重ねてしまったのは否めない。トレーナー価格より倍以上かかるというのに、モンスターボールを2つ、気づけば買っていた。
「自分はいつかいなくなるかもしれない」「他のポケモンよりも苦労をする」と話した上で「それでもいいなら一緒にいよう」とボールを差し出すと彼らは頷いて中に入り、新たなまふゆの仲間となったのだ。
2つめはバトルができるようになったこと。『ポケモンワールドトーナメント』でプロアマ問わず毎日試合を見ていたせいか、なんとなく試合の流れがわかるようになっていた。「ここでこの技を」「こういう指示を」と頭を過ぎったこともしばしば。
特にイッシュ地方をはじめとした各地方のジムリーダーやチャンピオンの試合を何度も間近で観戦できていたのは大きい。当初「バトルはしない」というより「できない」と思っていたが、話しかけてきたミニスカートの少女と試しにバトルをすれば、まふゆの予想に反し、あっさりと勝つことができた。
そして手に入れたバトルマネー。心が揺れた。上限があるとはいえトレーナーカードが無くても、バトルマネーのやりとりは可能だ。なら、バトルをこなせば新たな収入源になるのでは――と考えてしまうのは自然なこと。ポケモンたちの食事も満足するものが用意できる。
そのため、まふゆは空いた時間を使いブラックシティへ足繁く通い、マネーレートの高いポケモンバトルを繰り返していた。負けることもあったが白星をあげることのほうが多く、撮影をしてはバトル、バトルをしては撮影の毎日。
その生活に慣れたころ、ようやくあの日助けてくれたジョーイにはお礼を言いに行けた。だが、クダリのほうは難しかった。(バトルサブウェイにはトレーナーカードが無いと乗車できないものあったが)それが心に引っかかるが、できなことに気にかける余裕は彼女に無い。とりあえず生きていくことで必死だったのだ。
そして今日はバトルの日。いつものバトルショップで本日最後の試合を行っている。
「ドラメシヤ、戦闘不能! 勝者、まふゆのズルズキン!」
審判の声がこだまし、まふゆは息を吐いた。少し危うかった試合だったから、勝ててよかったと胸を撫でおろす。手持ちのポケモンたちがそれぞれ進化してからの試合で一番苦戦したかもしれない。
それにても――
「見たことのないポケモンですね」
対戦者と握手を交わす際、尋ねると「ガラルのポケモンよ」と返ってくる。
「私、ガラル地方から観光に来ていて。あなた強いのね。よかったらこの後お茶でもどう? バトルのコツ、訊きたいわ」
「はい、ぜひ。わたしもガラル地方のお話聞きたいです」
近くのカフェに入り、ロズレイティーを2つオーダーする。彼女は「ガラルのロズレイティーのほうがおいしいんだけど、バトルの後は慣れた味が恋しくて」と笑った。
「素敵な写真ばかりじゃない」
「いえ、そんな。まだまだです」
「過ぎた謙遜は毒よ。相手にも失礼だわ。受け取っておきなさい」
渡したポートレートを返しながら言う彼女にまふゆは「ありがとうございます」と助言通りに礼を口にする。
「SNSはやっていないの? 写真あげているならフォローしたいわ」
「えっと、そういう類の電子機器持っていないので……」
実際、まふゆは社用の端末しか所持していない。連絡を取る相手もいないから不便に感じたことが無いのだ。そのことを湾曲して伝えれば「じゃあ始めたら言って」と1枚のカードを差し出してくる。
「これは?」
「わたしのリーグカードよ。こっちではトレーナーカードって言うんだっけ」
一瞬で胸が騒いだ。喉が渇き、視界が揺れる。震える声で尋ねた。
「そんな大事なものを渡していいんですか……?」
「いいもなにも、それはいろんな人に配るものだもの」
彼女曰く、リーグカードは誰でも自由に作成できるとのこと。そしてガラル地方ではトレーナーカードと同じように身分証明証となる。
「……誰でも作れるんですか?」
なら私も作れるかもしれない? 期待と緊張で耳鳴りが響く。実際、バトルをするようになり収入は安定したが、その分ポケモンセンターとアイテムの出費が嵩んでいた。登録費を払ったほうがいいかもしれないと考えるほどに。トレーナーカードが作れればと悔しく思ったことも多い。でもガラル地方に行って、カードが作れるのなら――
「ジムチャレンジ参加者なら誰でも。ポケセンで作れるわ。あら、ガラルに興味があるの?」
クスリと笑う彼女に食い気味に頷く。そうするといろいろと教えてくれた。
特にまふゆが心惹かれたのはワイルドエリア≠セった。野生ポケモンが多く生息し、キャンプもできる。写真家として魅力的に映らないわけがない。加えてキャンプができれば、生活費が浮くという邪な考えも少し。
「もし本当にガラルに来るなら歓迎するわ。といっても私はしばらく他の地方も旅するから、再会まで先になりそうだけれど」
そう微笑んで席を立つ。相手のカップはすっかり空だった。
まふゆも引き留めることなく、見送った。
「はい。お早めに連絡できるよう頑張ります。——ベストウイッシュ、良い旅を」
この願いの言葉が少しでも旅路を明るく照らしますように。
***
1ヶ月後、まふゆは有言実行とばかりにガラル地方へ旅立った。元の世界でいうパスポートが必要かと身構えたが、特にそういう審査もなかったため、大きな問題もなくイッシュ地方を出ることができた。(それはそれで大丈夫なのかな、という気持ちが生まれはしたが)
旅費を抑えるため経由に経由を重ね、ようやくガラル地方へ降り立つ。イッシュとは違う空気が少女を包む。
「改めてよろしくね」
腰につけたボールを撫でる。この世界に放り出された時とは異なり、独りではない。みんながいる。依然として世界規模の迷子≠ナあることに変わりないが、彼らの存在でまふゆは勇気をもらえた。
しかし現実は甘くない。エンジンシティのポケモンセンターでまふゆは顔を青くすることとなる。ジムチャレンジに参加すれば誰も作れるはずのリーグカード。しかしそのジムチャレンジにガラル地方のトレーナーからの推薦状が必要だなんて知らなかった。
てっきりイッシュ地方のジム戦のように自由参加だとばかり。事前調査をしなかった自分の落ち度だ。ここまで来て目的を果たせないなんて。
しかもジムチャレンジをしているトレーナーだけが、リーグカードを代替使用できるらしい。つまり、ジムチャレンジの期間が終われば、結局、他の地方と同じ手順でトレーナーカードを発行しなければいけない。リーグカードはただのプロフィールを示すだけのものになる。戸籍が無いまふゆにそれは無理だ。振り出しに戻ってしまった。
「あの……キャンプもジムチャレンジでないとできませんか?」
そうジョーイに尋ねると「キャンプは指定テントさえあれば誰でも大丈夫ですよ」とのこと。ただ、一部エリアはバッジがないと宿泊不可。なるほど、エリアに拘らなければ自分でもキャンプが可能というわけだ。
その後、使わないからと譲ってもらったテントを手に入れ、まふゆは無事にその日からキャンプができるようになった。
とりあえず寝る場所を手に入れられたことに、ほっと胸をなでおろす。不安なことは多いけれど、あのままイッシュにいたところで身体を壊していたかもしれない。ならまだ、この大自然の土地で生きていくのも悪くないだろう。キャンプというのも非日常感があって気分転換になるはずだ。元の世界に戻る、その日まで自分は生きていかないといけないのだから。
ガラルに来て数ヶ月。なんとか生活も軌道に乗ってきた。ポケモンたちにはポケジョブに行ってもらっている間に、必死に仕事を探す。そのかいあってフリーの写真家として、仕事が徐々にもらえるようになった。加えて、空いた時間で野良バトルも繰り返す。収入も安定してきた矢先のこと――
「ちょっといいかな」
エンジンジム・ジムリーダーであるカブがやってきたのは。