15

「ロコン、あぶないよ。離れないでね」

キラキラ光る石に興味を持ったのか、ふらふらと離れていく彼女に声をかけた。まふゆ自身も写真を撮るのに夢中になっていたから、そこまで責められないのか声色は優しい。
バトルには出さないけれど、道中は外にいたほうがカブの希望も叶えられるかな、と考えた結果、ボールから出してやれば見るものすべてが新鮮らしく、目を輝かせていた。
それはまふゆもまた同様であり、すっかり旅の足は遅くなっている。そろそろ抜けないととは思うものの、レールを走るトロッゴンや作業を手伝うドテッコツの姿にシャッターを切る手がおさまらないでいた。

「こんっ」
 
足にすり寄ってくるロコンの頭を撫で「行こうか」と声をかける。作業員とバトルをしつつ道を聞けば、あっという間に出口へ。先ほどまで暗がりにいたせいか、陽の光が異様にまぶしく感じ、少女は目を細めた。
広がる麦畑が風に揺れている。黄金色が美しい。息を吸い込めば、やわらかな草の香りがした。蒸気の街であるエンジンシティと近い場所なのに、こんなにも表情が変わるものなのか。

もしかして、とまふゆは思う。イッシュでもほとんどホドモエとライモンから出ないでいたけれど、一歩先に出ればまた違った景色があったのかもしれない。それは少しもったいないことをしてしまった。
ふと、気づけばこちらをじっと見つめるニャースがいた。ガラルのニャースはまふゆの知っているニャースと異なり、毛の量が多い。現に目の前のニャースも毛に草やら麦の粒やらをくっつけていた。カメラを構えると、にこっと笑う。こちらもついつられてしまうような笑顔だ。シャッターチャンスまで作ってくれるなんて、なんて出来たポケモンだろうか。

「こんっこんっ」
 
ニャースとバトルをしたいのか凛々しい表情をむけるロコンに「また今度ね」と場を濁す。さて、目的地まではあと少しだ。



ターフタウン――いたるところに石碑が立ち並び、奥には地上絵が描かれている。のどかな町だ。せっかくなので地上絵を見に行ったが、正直なところ芸術的でよくわからない。加えて、まだ謎の多いとのこと。
元の世界でも似たような『ナスカの地上絵』は未だに謎に包まれているし、度々新たな絵が発見されたとニュースになっていたから、常々そういうものなのかもしれない。
 
ただ、その地上絵を見た時に何か奇妙な感覚が背筋を走ったのを、少女は見逃せないでいた。別に怖い絵というわけでもないし(そもそもなにを表現しているかよくわからない)、なぜ心がざわついたのだろう、と今日の宿であるポケモンセンターのベッドで頭を悩ませる。しかも写真データを通してでも、そのざわめきは消えない。

「なにか関係しているのかな」
 
そう考えてもう一度写真を眺めてみるが、答えは出ない。思い出す記憶もない。仕方ない今夜はもう寝よう。明日はジム戦なのだから。
翌朝、時間通りに目が覚めたまふゆは早速準備に取り掛かる。ポケモンセンターで開放されているライブラリの中からバトルビデオでヤローのバトルを何本か確認する。まふゆのバトルスタイルは『見聞学習』だ。特にジム戦はダイマックスも絡んでくる。ノーダイマで戦うからこそ事前の予習は避けられない。

「……よし」
 
過去のジムチャレンジのビデオを見終え、頭の中でバトルを組み立てる。多分、大丈夫。手持ちで草タイプに苦手なのはゴルーグだ。れいとうパンチ≠覚えているから、ここぞという時には出てもらうかもしれないが、現状は控えで。サザンドラのかえんほうしゃ≠主軸に――

「い、いつの間に」
 
視線を感じ、足元に目をむければいつの間にかロコンがボールから出ていた。ビデオが見たかったのかもしれない。彼女は「わたしもバトルできる?」と期待に満ちた表情を浮かべている。

「また今度ね」
 
カブさんのキュウコンから生まれた子だからか――結構血の気が多いのかな。そんなことを考えながら、まふゆはロコンをボールに戻した。



スタジアムは熱気に満ちている。ジムミッションをクリアし、いよいよヤローとのバトルだ。観客席は満員――とまではいかないが、そこそこ人が入っているようだ。『ポケモンワールドトーナメント』の会場が連想され、なんとも言えない気分になる。
フィールドのヤローはにこやかにこちらに笑いかける。

「いやあ、カブさんの推薦トレーナーさんなら、ぼくも気合いをいれんと!」
「お手柔らかにお願いします」
 
お互いに背を向け、トレーナーポジションへ向かう。いつもの野良バトルと違う。公式戦だ。ゲームの中では何度もしていたことを、こうして体験するなんて。次に振り返ったらバトルが始まる。そう思うと口の中が干上がる。
腰のボールが揺れる。信じろと仲間たちが言ってくれていた。

「いくよ」
 
身体を反転させる。トレーナー同士、目と目が合ったらポケモン勝負。ヤローの初手はヒメンカ。大丈夫、予習通りだ。

「ズルズキン、お願い」
 
頼もしい横顔で、彼は確かに頷いた。


***


「なあ、君、まふゆ選手だろ!」

バウタウンに着いた瞬間、名を呼ばれる。しかし相手は知らない人。返答に口ごもるまふゆを置いて、話かけてきた男性は言葉を続ける。

「ヤローとのバトル、中継で見ていてさ! ノーダイマで勝つなんてすごいな! ネズのリスペクト?」
「え、えっと……」
「ルリナともノーダイマで戦うのか? 楽しみにしているよ! 今度は観戦に行くから! あ、リーグカードもらっていい?」
「ど、どうぞ……」
 
出発前に作ったリーグカードを渡すと、満足そうにその人は去っていった。カブとキバナ以外に初めて人に配ったな、と混乱のあまり変なことを考えてしまう。(厳密にいえばカブとキバナは交換したのだが)

しかし、こうして声をかけられてようやく実感する。自分はヤローに勝ったのだということに。「さすがカブさん推薦のトレーナーさんじゃあ!」と朗らかに笑っていた彼を思い出す。くさバッジを受け取ったときは非現実すぎてピンとこなかったが、ようやく感情が追いついてきたようだ。

「次はルリナさん、か」
 
バウスタジアムは町の入り口からもよく見える。一度仕事をしたことがあるが隙のない、できる女性のイメージが強い。とりあえずまたポケモンセンターで予習をしようと決める。

「えっ、ローズ委員長来てたの? 見たかったなー」
「ダンデ推薦のトレーナーとそこのレストランで食事してたみたい。やっぱり今期はあのトレーナーが注目選手かもね」
 
ポケモンセンターに向かう途中ですれ違った女性二人の会話が耳に入る。ローズ委員長が来ていたのか、と意味もなく心臓が跳ねた。もうすでにここにはいないようなのはよかった。申し訳ないけれど、あまり会いたくは無い。

それよりも『ダンデの推薦トレーナー』というのが気になった。さすがチャンピオンお墨付きのトレーナーはもうジム戦をクリアしていたのか。なら、ライブラリに映像があるかもしれない。自身の推薦ということで変に注目を集めてしまうのではないかとカブは危惧していたが、幸運なことに無敗のチャンピオンが推薦状を出したことをマスコミは注目し、連日ニュースでも取り上げられていた。(カブとまふゆがほっとしたのは言うまでもない)
プライバシーと公平を期すために件の選手の名前は公表されないが、自然と気づいてしまうだろう。特に同じジムチャレンジャーならば。

「そういえば、マリィももうクリアしちゃったかな」

つい先日できた友人のことを思い浮かべる。勇んでいたマリィのことだから、とっくに先を進んでいることだろう。
最後尾をゆっくり走っているのは自覚している。写真を撮りながら旅をしているから、人より倍の時間がかかっているはずだ。どこかで彼女にも会えたらいいけれど、あまり期待はしないでおこう。そのときはゆっくりティータイムでもできたら嬉しい。



 
ジムミッション、なんか一気に仕掛けがすごくなっていない?
 
まふゆは最後のボタンを押しながら、思わずつぶやく。飛沫ですっかり彼女の髪は濡れていた。当初は「次のバトルは出るから!」と意気込んでいたロコンも、この水の柱に圧倒され今はボールの中で丸くなっている。ほのおタイプだから仕方ないとはいえ、あまりにも早い身の変わりように微笑ましくなったのは内緒だ。

階段を登り終えると「ジムミッションクリア!!」とアナウンスが響き、背後の扉が開く。途中、スタッフからタオルを渡され、軽く身体を拭く。準備が整えば、ルリナが待つフィールドへは一本道。
まふゆは深呼吸を繰り返し、緊張を逃がす。そのまま進めば、ルリナもまたフィールドに入場してきた。

「久しぶりね、まふゆ。まさかこうしてあなたとバトルをするなんて」
「お久しぶりです。わたしも驚いています」
「旅は楽しい?」
「そうですね。いろいろなところを見られるのは、楽しいなって思っています。」
 
ルリナはまふゆの答えを聞いて、ぽつりと漏らす。

「あなた、少し変わったわね」
「えっ」
「ごめんなさい、バトルの前に。でもすごくいい顔してるから、つい。――さあ、試合を始めましょう」
 
聞き逃した言葉を問おうとするが、すでに彼女はポジションへ進んでいる。慌ててまふゆもまた自身のポジションへ向かった。



スタジアムのロビーで獲得したみずバッジをリングにはめる。カチリと音が鳴り固定された。どういう原理でくっついているのだろう、これ。

「まふゆ」
「ルリナさん」
 
私服に着替えた彼女がひらりと手を振る。バトルのあと、ロビーで待っていてほしいと頼まれたのだ。

「さっきはいいバトルをありがとう。楽しかった。あんなに強いだなんて……隠していたのね?」
「そんなつもりは……」
 
冗談よ、とルリナは肩をすくめた。

「よければこのあと食事でもどう? いろいろと話を聞きたいの」
「ぜひ。でもそんな楽しい話を提供できる気がしないのですが」
「あら、そんなことないわよ。さ、行きましょう」
 
美味しいシーフードのレストランがあるの、とウインクを飛ばす彼女の後ろをついていく。とりあえず道中で自分が提供できる話題を探さないと。なにかあるだろうか。旅の話……はきっとあまり面白くない。
どうしようかなと悩むまふゆの目に、右手首に巻かれたダイマックスバンドが入った。共通人物の話題は確かに無難だ。

でもなぜか彼との思い出は秘密にしておきたかった。どうしてかまふゆ自身もわからないけれど。それとルリナへ話すのは少し恥ずかしい気もする。
だから少なくとも、彼の話はしないでおこうかな、なんて。

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