ホップとはリーグカードを交換して別れた。彼はそのままナックルシティへ。まふゆは予定通りワイルドエリアで一泊した。
キャンプ飯のカレーを食べながら彼のことを想う。別れた時、まだ迷いの表情を浮かべていたから、吹っ切れたというわけではなさそうだった。
「うまくいかないなぁ……」
年上としてホップの悩み事を少しでも軽くできればとよかったのだが、自身が迷子なのだ。そう簡単にいかないということだろう。顔も知らない彼のライバルに託すしかない。よろしくお願いします、とその人に胸の中で頭を下げる。
翌朝、まふゆはナックルシティに着いた。長い階段を登り終えると、エンジンシティとはまた趣の異なった重厚な建物、もとい城が彼女を出迎える。
一直線上に見えるのはナックルスタジアムの入り口。それが視界に入った途端に胃が重くなった。あのとき以来の来訪だからだろうか。なんとなく、体調が芳しくない。考えたくはないが、トラウマになっている可能性がある。
あまり深く考えるのはよくないと頭を振る。なにせ、次にバッジを取りに来る前に克服していればいいのだ。
「まふゆちゃん!」
体調が悪化する前にラテラルタウンに向かおうと歩みを早めた時、呼ばれた名前。振り向くとこちらに手を振っているあのシュートシティの服屋の店主だった。
「そろそろナックルに着くかなと思って、待っていてよかった!」
店主はそう言ってじっと少女を見つめ「うん、こっちだな」と手にしていた紙袋の中を漁る。
「ジムチャレンジを頑張る若きトレーナーにプレゼントだ!」
渡されたのは1着のマウンテンパーカー。ワインレッドを基調にアクセントでブラックのカラーが使われている。大人っぽいデザインのそれに、まふゆの心が躍った。
「今のまふゆちゃんの服装ならこっちのが似合うと思うんだ。エンジンイメージデザイン! 出身、エンジンシティなんだろ?」
そういえばプロフィールにエンジンシティ出身と書いたことを思い出す。あながち間違いじゃないし、と。
「ナックルイメージと二着持ってきたけど――あいつが調子のるのはちょっと悔しいから、やっぱりエンジンイメージだな。うん。さ、着てみて着てみて!」
勢いに押され、言われるがままに袖を通す。軽くて着心地がいい。上等なものだということが窺える。彼の言うとおり、確かに今の服装にもあっている。さすがプロの仕事だ。
「……いいんですか? こんないいものを」
「というかむしろそれ着て各地を回ってほしくて」
「なるほど、宣伝ということですね」
「そういうこと!」
なら遠慮なくいただこう。自分が宣伝に向くかは置いておいて。まふゆが礼を言えば店主は「こちらこそよろしくお願いします」とにこやかに笑った。
6番道路は距離もあり、ポケモンも多いからしっかりと準備していったほうがいい、と店主に言われ、まふゆは道路手前のポケモンセンターに立ち寄った。ポケモンを回復させ、いくつかの道具を買う。トレーナーカードが無いころは道具1つ買うのにもかなり悩んでいたが、こうして気軽に買えるようになったのは本当にありがたいと痛感する。その分手持ちの登録料も生じてはいるが。
ついでにバッグの整理もしていこうと、まふゆは併設されたカフェに空いている席がないか探す。ちょうどカウンター席がいくつか空いていた。せっかくだから何か飲み物も頼もう。
「すみませ……」
「ミルクロズレイティー1つとグランブルマウンテン1つ。ブラックで」
まふゆのオーダーを遮った声の主はニヤリと笑いながら「あっているだろ?」と得意顔だ。
「あって、ます」
「ほら、座れよ。頑張っているまふゆチャンに、オレさまからの奢り」
彼もまたカウンター席に腰を落ち着ける。まふゆもその隣に座った。
「順調だな、ジムチャレンジ」
「ありがとうございます。キバナさん」
マスターが淹れてくれたミルクロズレイティーを一口。その様子を見て、キバナは笑みを深める。
「中継見てたぜ。ノーダイマでカブさん突破はすげぇよ」
「ギリギリでしたよ」
「ギリギリでも勝ったんだから、誇れよ。カブさんに勝てなくて諦めるトレーナーは多いんだからな」
それはカブにも言われたことだ。確かにここでそのことを認めないとなると、頑張ってくれたポケモンにも失礼だ。
まふゆは頷き「次のジムも頑張ります」と言うと、キバナは満足げにコーヒーを啜る。
「はやく7個集めてオレさまのところに来いよ。最高のバトルをしようぜ」
「さすがバトルジャンキー」
「褒め言葉」
そうだった。このテの人にこの言葉は効かないんだった。まふゆは言葉選びを間違えたことに気づく。
「それにお前だって世間から見ればバトルジャンキー≠セぜ。ノーダイマで勝ち上がっていくトレーナーは少ないからな。ネズの再来だって言われてる」
そもそもジムチャレンジャーでダイマックスができるトレーナーは少ない。ねがいぼしを手に入れなければいけないからだ。そのため、あらかじめダイマックス無しのバトルも選択できるのだ。(ダイマックスできるトレーナーは問答無用で有りのバトルになるが)
だからまふゆのように、ダイマックスができないにも関わらず『ダイマックス有り』でバトルするトレーナーは希有な存在といえる。そのためノーダイマで戦うスパイクタウンジムリーダー・ネズと重ねられるのは、理解できた。ただ、彼女としてはあまり知らない相手と比べられるのは気まずいものがある。賞賛の言葉として受け入れつつも、複雑な心境であることは否めない。
それはキバナも同じ。想い人の話題があがるのは嬉しい。しかも褒め言葉。だが、同時に他の男の名前もセットで出るのは気にくわなかった。
「――はやく来いよ」
これがキバナがまふゆへ送る精一杯の一言。他の男の名が彼女の代名詞になる前に、早く自分の元へたどり着いて欲しいという、少しのわがまま。そして独占欲。
それを彼の本心までは気づかずとも、応援の言葉として受け取った少女は「待っていてください」と頷くのだった。