6番道路は常ににほんばれ≠フ気候だ。加えて乾いた空気と段差の高低。最後のはしごを登りきるころには、まふゆの息はだいぶ上がってしまった。それでも視界いっぱいに巨大なダグトリオの石像が広がったときには、疲れも吹き飛んだ。夢中でシャッターを切る。満足したところでようやくラテラルタウンへと入っていった。
「リゾートデザートを思い出すかも」
乾いた空気とマラカッチ。なんとなくあの土地を思い出す。まふゆがこの世界に来たはじめての土地。
端末からタウンマップのアプリを立ち上げ、スタジアムと遺跡の位置を確認する。せっかくだから遺跡も見学していこう。地上絵に覚えたざわめきは、件の壁画にも感じる可能性がある。遺物とは総じてそういうものだ。
そのためにはこの長い階段を登りきらなければいけない。まふゆは考えるまでもなく、まずはポケモンセンターで休むことを決めた。ナックルシティで崩した体調に加え、この暑い日差し。途中で休憩をしたとはいえ、身体はすっかり参っていた。少し休んでからでも、遺跡は逃げないだろう。
しかし、それは大きな衝撃音で阻止される。
「なんだ!?」
「いまの音と揺れはなに!?」
道行く人が慌てふためく。彼らはその大きな音に目を白黒させ、周囲を見渡す。やがて「遺跡の方でなにかあったらしい」ことが、ざわざわと広がり始めた。
まふゆもその言葉を聞き、疲れた身体に鞭打って階段を駆け上がる。元の世界へ戻る手がかりになるかもしれない遺跡になにかあったとなれば、じっとしてなんかいられない。
したたる汗を拭い、最上部へたどり着く。そこには野次馬とともにトレーナー数名とローズにオリーヴ、ジムスタッフがいた。なぜここに委員長が?
近くの野次馬に話を聞くと、なんでもビートというジムチャレンジャーが壁画にポケモンの技を撃っていたとのこと。それを他のジムチャレンジャーが止めたらしい。そこにローズとオリーヴがやってきた、というわけだ。
「なんでビート選手はそんな……」
「さあ、ねがいぼし≠ェどうのって言っていたけれど……」
その言葉を聞いて、つい右手首に触れる。まふゆのねがいぼし≠ヘ未だに光らない。
そうこうしている内に騒ぎの中心にいる彼らは話がついたのか、ローズとオリーヴが例のトレーナーを引き連れ、こちらへやってくる。すぐさままふゆは隠れようとしたが、時すでに遅し。その姿を捉えたローズが「まふゆくん!」と声をあげた。
「久しぶりですねぇ! 順調なようでなによりです。ジムにはこれから?」
周囲の視線が一気にまふゆに注がれる。特にビートからの視線は人一倍鋭い。ちくちくと刺さるそれに、いたたまれなさを感じながら、答えた。
「は、はい。これからです」
「そうですか。今までのジム戦、ノーダイマで戦っているようですが、やはりダイマックスは使えない?」
「残念ながら……」
「ふぅむ。はやく使えるといいですね。わたくしはぜひあなたのダイマックスバトルを見たいので」
会話を続けようとするローズにオリーヴが耳打ちをし、ようやく彼は「それではまた」と去って行った。睨んでくるビートについ目をそらす。そういえば、ローズに目をかけてもらっているトレーナーがいると聞いたが、それがビートなのだろうか。どちらかというと、自分はローズとは関わりたくないから大丈夫、と言いたくなったが、まふゆにそんな体力は残されていなかった。
「あなた大丈夫? 顔色悪いけど……」
あまりにも酷い顔をしていたせいか、先ほど、輪の中心にいた女性が心配そうに声をかけてくる。
オレンジ色の髪とスカイブルーの瞳が美しい、聡明そうな女性だ。その後ろにはまふゆと同じジムチャレンジャーの少女が同じように不安げにこちらを見ている。
「だ、大丈夫です。委員長に話しかけられて、少し驚いてしまって」
「そう? しんどいなら、ポケセン行くんだよ」
「はい、ありがとうございます」
むしろローズと話したことよりも、急いで階段を登ったダメージがきているのかもしれない。言われたとおり、一度ポケモンセンターで休もう。
「あの、もしよかったら。まだ封開けていないので」
女性よりも幼い声。チャレンジャーの少女はまふゆに『おいしい水』を差し出した。
「ありがとう。えっと、お金……」
「いいの! 困ったときはお互い様だし。ここ暑いもんね。熱中症怖いし。――私はユウリ。よろしく」
「まふゆです。こちらこそよろしく」
ありがたくそれを受け取り、女性――ソニアにも頭を下げ、まふゆはその場を後にした。壁画はあとで見に来よう。一度ゆっくり休んでから。
そんなことを考えていた少女の後ろで、まさにその壁画が崩れ落ちることになるとはまったく予想にしていなかった。
「こちら、ジムバッジ、です」
精神的にも体力的にもぼろぼろの上でのジム戦だったが、手持ちの相性も幸いし、無事、オニオンからゴーストバッジを得ることができた。
「あの、だいじょうぶ、ですか?」
「大丈夫……です……」
しかし、まふゆは落ち込んでいた。なにしろ壁画が崩れ落ちたのだ。その奥から石像が現れたのは歴史的観点から喜ばしい発見ではあったが、あいにくとまふゆの元の世界との関連は薄そうだ。
気持ちが落ち込むのも無理は無い。
「――すみません。失礼な態度を取ってしまって。バトルありがとうございました」
とはいえ、それは自身の都合。オニオンにはまったく関係の無いことだ。
切り替えないと、と謝罪の意味を込めて頭を下げる。
唐突なまふゆの謝罪にオニオンは「気にしないでください」と慌てたあと、ぽつりと言葉を落とした。
「………見つかるといいですね」
「え?」
「あなたの道が」
仮面の奥に隠れた表情はわからない。でも彼はまふゆの迷いさえも見透かしていた。このチャレンジャーはなにかを探している。迷っていると。オニオンは人の心が読めるわけではないが、それでもゴーストポケモンと触れ合っているせいか、迷いのある人間の瞳には敏感だった。
そんなことは露知らず、まふゆは「そんなに自分はわかりやすいのか」と戸惑った。
もしかしてこの世界の人間ではないこともバレているのでは、と怯え、曖昧な返事で場を濁す。
なんとなく恐怖を覚えたまふゆは逃げるようにフィールドを後にした。
***
ルミナスメイズの森は常に薄暗い。加えて、光るキノコによってどこか神秘的な雰囲気が漂っている。出てくる野生ポケモンもフェアリータイプが多く、ガラル地方の中でも人気のスポットだ。
まふゆも以前、このルミナスメイズの森でリアルタイム中継するといった企画に参加したことがある。といっても、雑用の雑用だったけれど。そういえばその現場に、遺跡で会った女性がいたような……。
そんなに複雑な森ではないこともあって、すぐに抜けることができた。写真も満足するものが撮ることができたので、足取りは軽い。
「このままジム戦行ってもいいかな」
かたりとボールが揺れる。次こそはバトルに出るんだという勇ましい表情のロコンが、ボールの中からこちらを見上げている。申し訳ないという気持ちが湧き上がるが、それに気づかないふりをしてそのままスタジアムへ向かった。
「あっ」
「まふゆ?」
「えっ」
スタジアムのロビーに知り合いが2人。マリィとユウリだ。3人して顔を見合わせる。全員が全員、お互いに知り合いだったことに驚きを隠せないでいる。まふゆにとってマリィと会うのはエンジンシティ以来ということもあり、話をしたい気持ちもあるが、ついこの前知り合ったユウリの前ではしゃぐ勇気は無かった。
「えーっと……」
最初に氷が溶けたのはユウリ。マリィとまふゆの顔を交互に眺め、言った。
「とりあえずポケセン行く?」
その提案を即座に受け入れ、3人はポケモンセンターの併設カフェに腰を落ち着かせた。いくらジムチャレンジャーとはいえ、彼女たちは年下。どう会話したものか、むしろ話題のネタはあるのか、とまふゆは悩んだが、女の子同士、甘いお菓子とお茶があればすぐに打ち解けることができた。なによりポケモントレーナーということが功を奏した。共通の話題はそれだけで充分。
「まふゆもマリィもカードの表情硬くない? もっとポーズ決めて撮ればいいのに」
「それで充分ったい」
「わたしも、人に撮られるのは慣れていないから」
「つまらない!」
確かに先ほど交換したユウリのカードと見比べるとマリィとまふゆのカードはおとなしい。いや、ユウリがすごいのだ、これは。キメにキメたポーズにこだわりの背景。さすがにこれは真似できないとまふゆは苦笑する。
「……ねぇ、今度カード更新するときはまふゆに撮ってもらいたいな。写真、すごい素敵だし」
ユウリはまふゆのポートフォリオのページをめくりながら呟く。写真を撮って旅していると聞いて、見せて欲しいとせがんだのだ。実際、彼女の作品はユウリ好みのものばかり。つい、そんなお願いが口かもれる。
「別に構わないけれど、あんまり人物写真得意じゃないよ?」
「そんなことないよ! 楽しみ〜!」
「まふゆ、あたしのも」
控えめにまふゆの袖口を引っ張るマリィの頬はほんのりと赤く色づいている。友人≠ノ自分の分も撮ってほしいと甘えるのは、マリィにとってはじめてに近いことだかったのだ。
なら、今、撮っちゃおうか、と提案すると、ユウリはわかりやすく、そしてマリィはほんのりと嬉しそうにはにかんだ。ジム戦はもう少し先になりそうだけれど、たまにはこういう寄り道もいいかもしれないな、とまふゆの心にも暖かいものが広がっていく。
彼女にとってこの世界でのはじめての友人≠ェできた瞬間だった。
「問題! あたしの年齢は?」
「は、88歳……?」
「合っているけれど、対応としては間違いだよ」
「えっ」
途端にゴルーグの攻撃と特攻が下がる。しまった、と後悔したときには遅い。すぐさま相手ポケモンからの攻撃が飛んでくる。クイズ部分はバトルビデオでも非公開だから、引っかからないように気をつけていたのに。
「ゴルーグ、距離を取って体勢を整えて」
ダイマックスを使えないのに能力を下げられるのは痛い。しかもまふゆの手持ち的に、相性の悪いズルズキンとサザンドラは出すタイミングを見極めないといけない。
「……まだ大丈夫?」
勇ましくうなり声はまふゆに自信をつけるのに充分だった。その巨体は頼もしく、そびえ立っている。残りはキョダイマックスしたマホイップのみ。加えて1ターンは耐えたから、あと2ターン。
「ごめんね、ちょっと無理させる」
任せろとばかりに身体が光る。たとえ倒れたとしても、少しでもマホイップの体力を削ろうというのだ。采配を間違えたのに、まふゆを信じている。その様子を見て、ポプラは愉快そうに言った。
「いいね、なかなかピンクじゃないか。あたしの求めているピンクとは色味が違うけれどね」
にんまりと余裕の笑みを浮かべる魔術師に勝つべく、まふゆは頼もしい仲間に再び指示を飛ばすのだった。