ナックルシティで地震が起きたと聞き、ルミナスメイズの森でキャンプをしていたまふゆは慌てて空飛ぶタクシーでナックルシティへ向かった。ガラル地方で地震なんて滅多に起きない。加えてあの街の地形。大きな被害が発生してもおかしくはない。
しかし、揺れは大きいものではなかったようで、街はすっかり落ち着いた様子だった。
ほっと安心したのはいいけれど、慌てたせいか頭がずきりと痛む。加えて目眩までしてきた。最近、こんなことばっかりだな、と思いながら、ポケモンセンターで横になりながら考える。
まふゆはそのままスマートフォンを取り出し、メッセージアプリを起動した。キバナに連絡を取ろうとして、立ち上げては閉じて、立ち上げては閉じて……を繰り返す。
大丈夫かとメッセージを送りたいが、忙しいところを邪魔するのは本意では無い。悩んだ結果、一言だけメッセージを送ることにした。『地震、大丈夫ですか』とだけ。仮に忙しいのならば、返信はこないだろう。
メッセージが送られたことを確認し、休もうと目を瞑りかけ――
「うわっ」
揺れるスマートフォンに飛び起きる。
画面を見れば、キバナからの返信が来ていた。急いでそれを確認すれば『大丈夫だ、ありがとな』と表示されている。
『無理、しないでくださいね』
『りょーかい。今どこ?』
ナックルシティとはさすがに言えない。まふゆは申し訳ないと思いつつ、嘘をつく。
『ルミナスメイズの森です。バッジ取れたので、少し寄り道を』
『質問間違えただろ。笑った』
『……はい』
『次のキルクス、メロンさん強いから気をつけろよな』
『頑張ります』
そこから何度かやりとりをして、キバナとの会話は終わった。いつもと変わらない彼の様子に安心する。まふゆは今度こそ画面を閉じ、瞼を閉じる。1時間だけ寝て、また出よう。できれば今日中にキルクスに着きたい。
キバナは呆けながら画面を眺めた。なにせ、初めてまふゆからメッセージが送られてきたのだ。いつも連絡を取るとしたらこちらのほうから。ちょうど休憩の時間で、SNSを見ていた時に届いた通知は先の揺れの対応に追われていた彼の心を照らす。
ナックルシティを襲った先の揺れは、ローズ曰くエネルギープラントの不具合によるものですぐに解消されたとのこと。しかし、最近頻発してそのテのものが起きていることもあり、キバナとダンデは訝しんでいた。だが、オリーヴから詳細な発生原因と改善点、経過報告書が提出されてしまえば、何も言うことはできない。2人で顔を見合わせ、思うところはあっても飲み下すしかなかった。「これはおかしい」と言える証拠はこちらも持っていない。ただの直感だ。
「ったく、あの委員長サマも秘書サマも何を考えているんだか」
キバナも大人だ。綺麗事だけでやっていけるとは思っていない。しかしだからこそ、目を光らせておく必要もある。なにせ自分は宝物庫の番人なのだから。
***
キルクスタウンに着いたまふゆが一目散に向かったのは『英雄の湯』である。温泉が湧き出ていると聞いて、もしかして入れるのかもと期待していたのだ。カブの家には大きい湯船があったけれど、ガラルは基本的にシャワーの文化だ。ポケモンセンターやホテルにはしっかりとした湯船が無く、日本人のまふゆにとっては物足りない。
しかし、『英雄の湯』はポケモン専用。がっくりと肩を落としながらも、湯船で暖まる手持ちポケモンを眺めるのは悪くなかった。
湯船には入りたがらないゴルーグにみんなを任せ、まふゆはポケモンセンターでバトルビデオを確認する。こおりタイプのメロンならちゃんと組み立ててバトルをしていけば大丈夫だろう。ポプラのようなギリギリな綱渡りはもうしたくない。
「こんっ」
鳴き声とともに背中に衝撃。振り向くと、ほわほわの毛並みのロコンがじゃれついてくる。そんな彼女の頭を撫で、言う。
「湯冷めしちゃうよ」
「こんっこんっ」
少しするとゴルーグがやってきて、申し訳なさそうに他のポケモンが入ったボールを渡してくる。大方、ロコンは入らないで駆けていってしまったのだろう。
「ありがとうゴルーグ」
ゴルーグをボールに入れ、ロコンにも入るように言うがなかなか聞いてくれない。その代わり、腕の中に飛びこんできた。今度こそ自分の活躍の場があると期待して、バトルビデオを興奮気味に見つめる。なんだかんだロコンのその姿は愛らしく、まふゆは怒る気がすっかりと失せてしまった。
「大丈夫ですか!?」
ジムミッションで案の定落とし穴に落ちたまふゆを助けたスタッフは大きく声をあげた。その叫び声があまりに切羽詰まったものだったので、待機していたトレーナーたちもどうしたのかと騒がしくなる。
蹲り、スタッフに背中をさすられるまふゆは顔を青ざめ、呼吸が浅い。小刻みに震え、視点は定まらない。落ちたときの浮遊感、そして暗くなる視界はテレポート≠想起させ――よみがえってしまったのだ。トラウマが。
ジムミッションは外部に公開はされない。そのせいもあって心の準備ができていなかったこと。また、まふゆ自身も想定していなかった。
「大丈夫ですか?」
慌てふためく渦中の中、聞き慣れない声が響く。落ち着いた男性の声だ。マクワさん、どうしてここに? とまふゆの隣にいたスタッフが尋ねる。
「今年のチャレンジャーは粒ぞろいと聞いて、見学に」
マクワと呼ばれた青年はスタッフに「代わります。暖かい飲み物を持ってきてくれますか。それと一応母さんに連絡を」と指示を飛ばす。
そのまままふゆの隣に座り、話しかけた。
「あなた、落とし穴が怖い?」
まふゆは頷く。
「穴は浅いですが、それでも?」
「……落ちる、感覚が、こわくて」
「そうですか」
マクワは視線を逡巡させ、言う。
「あなたが持つ選択肢は2つ。1つはこのままチャレンジを進める。幸運なことにこの後にチャレンジャーが来る予定はありません。少し時間がかかっても大丈夫でしょう。母さん――ジムリーダーにも話を入れておきます」
「もうひとつ、は?」
「ここでジムチャレンジを脱落することです」
その言葉を聞いて、浅い呼吸がまふゆの喉を焼いた。
マクワは努めて冷静に、話を続ける。
ジムミッションを免除することはできない。公平を期すためだ。加えてよほどの理由が無い限り、その軽減をすることもできない。
そしてその軽減にまふゆは入らないのだろう。確かに、マシンを使えば落ちずに進むことができるのだ。落ちるのが怖いなら、避ければいいだけの話。
「リタイアしますか?」
「……続けます」
「キルクスまでたどり着くチャレンジャーは少ないです。ここでやめてもジムチャレンジャーとしては誇れますが、それでも?」
「はい。――わたしが目指すのは、ナックルジムなので」
ダイマックスバンドを握りしめる。会いに行くと約束した。会いに行って、バトルをする。なにより、他でもないまふゆが、キバナに会いたいのだ。
スタジアムのフィールドでバトルをしたい。会いに行きたい。それが今のまふゆにとってなによりも大事なことだった。
「――わかりました。少し落ち着いたら再開しましょう」
「ありがとうございます」
マクワはほほえみ、戻ってきたスタッフと入れ替わりで去った。その後、スタッフが渡したホットミルクを飲み、身体を落ち着かせ、まふゆは立ち上がる。
「すみません、お騒がせいたしました。続き、やります」
その瞳は力強く、前だけを見据えていた。
一際大きいスタジアムの歓声にまふゆは座り込みそうになる。それを慌ててサザンドラが支える。ミッションからここまで、長かった。ようやく一息つける。
「あんた、いい試合するじゃない! ほら、こおりバッジだよ。持っていきな」
「ありがとうございます」
6つめのバッジがまふゆの手のひらの中に収まる。今までのどのバッジより、苦労したそれは手のひらの上で冷たく輝いていた。メロンは心配そうに少女の顔を覗き込み、その色を伺う。
「体調は大丈夫かい? なんなら、しばらくここで休んでいってもいいよ」
「いえ、もう大丈夫です。ご迷惑をおかけいたしました。あと、マクワさんにもお礼を言いたいのですが……」
「あらやだ、息子にも会ったの? あたしには顔見せないくせにねぇ。もう帰ったかもしれないから、あたしから伝えておくよ」
「そうだったんですね。マクワさんにすごく優しくしてもらったので、直接お伝えしたかったのですが……」
ちゃんとお礼を言いたかったのだが、仕方ない。ここはメロンの言葉に甘えておこう。もしくはファンクラブ宛にメールでも送れば読んでくれるだろうか。
そんなことをまふゆが考えているとメロンは何を思ったのか豪快に笑い、こそりと耳元でささやく。
「父親に――カブに言いにくいことがあったら、あたしに相談してきなね。恋の話も大歓迎さ!」
愛らしいウインクと共に投げられたその意味に、まふゆは目を丸くして言葉を失うのだった。