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ロコンはすっかり温泉が気に入ったのか、キルクスから出る直前にもう一度お湯に入りたいらしく『英雄の湯』に一目散に駆けよる。まふゆもまた、温泉の縁に座り楽しそうにお湯に浸かるロコンを眺めていた。
ふと視界の端に見知った顔が目に入る。そして向こうもまた、彼女に気づいたようでこちらに向かってきた。

「まふゆ!」
「ホップくん」
「もうキルクスに着いたんだな! もしかしてもうバッジもゲットした?」
「うん、昨日ね」
「うわ、早いんだぞ! オレ、これからリベンジなのに」
 
ホップはまふゆの隣に座り、メロンとのバトルの話を聞きたがる。かいつまんで話してやれば「なるほど……」と頭の中でいろいろと作戦を立てているようだ。その横顔に迷いのそれは無く、だいぶ元気になったのだとほっと胸を撫で下ろす。
ぱしゃりとした水音が耳に入ったのか、ホップは温泉に浸かるロコンを見て、言った。

「まふゆはやっぱりズルズキンとロコンを主軸にバトルしたのか?」
「……ロコンはバトルに出さないよ」
 
ホップが驚きの声をあげる。てっきり、こおりタイプに有利なロコンでバトルを進めていると思っていたからだ。

「なんで?」
 
彼の素直な質問にまふゆは言葉を詰まらせる。疑問に思うのはもっともで、普通ならば有利タイプを控えに回らせる理由はない。他のポケモンとじゃれあっているロコンに聞こえないよう、まふゆは声を潜めて答えた。

「えっと、ロコンはもしかしたら他のトレーナーにもらわれるかもしれないから」
 
まふゆは自分が遠くから来ていること。もしそこへ戻ることがあれば、そのときはポケモンたちを連れていくことができないということ。ロコン以外の仲間たちはそれを踏まえて一緒にいてくれているけれど、彼女はそういう説明もなくまふゆの手持ちになってしまったことを説明する。

「一番幼いロコンは他のトレーナーのポケモンになるかもしれない。だから、わたしのバトルの癖がついてもいけないかなって」

他のポケモンたちは? と尋ねられれば、野生に戻ることは難しいだろう。しかし、充分1匹で生きていかれるぐらいの力はもっている。しかし、ロコンは生まれたばかり。誰かの手持ちになったほうがいい。それが彼女の幸せにつながる。

「……オレはあんまりそう思わないな」

渋い表情を浮かべ、ホップは呟いた。

「え?」
「だってロコンはもうまふゆのことが大好きなんだぞ」
 
大好きだから、まふゆの力になりたいと思っているはずだ、と言葉を続ける。

「もし、まふゆが遠くに行ってしまったときロコンが残されても、今までの思い出は消えて無くなりはしないだろ? なら、ロコンは今、たくさんまふゆと思い出を作りたいんじゃないか?」
 
それはまふゆも同じだろ? とホップは尋ねる。

「それは、そうだけれど……」
「それにオレは、もしまふゆが遠くに行ったとしても、それで誰かを傷つけるなんてこと無いと思ってる。だから自分自身のことも信じてほしいんだ」
「信じる?」
「ポケモンはトレーナーのことが大好きだから頑張れるし、トレーナーもポケモンのことが大好きだから頑張れる。それはお互いの信頼関係に他ならないだろ?」
「…………」
 
ホップは照れくさそうに頬を掻きながら、はにかんだ。

「まふゆが言ってくれたんだぞ! 『自分を信じろ』って。だから信じてくれ。まふゆはロコンにとっていいトレーナーであるって」
 
ホップはおもむろに立ち上がり「なんか恥ずかしいこと言った! オレ、ジム戦行ってくる!」と風のように走り去って行った。口を開く間は与えられない。遠くなっていく背中を見送ることしかできなかった。

「信じる、か」
「こん?」
「ロコンはバトルしたい?」
「こんっこんっ!」
 
もちろんとばかりに尾を振り、水飛沫をまき散らす。それを慌てて止めれば、期待に満ちた瞳で見上げてくる。その純粋な光を見ると「やっぱり変な癖をつけないほうが」と思えてきてしまう。

「まだちょっと難しいな……」
 
ホップの言葉を否定するのは申し訳ないが、自分がロコンのいいトレーナーであると信じることは、まだ遠い果てにあるとしか思えなかった。


***


9番道路は水辺が多い。スマホロトムがあれば水上自転車で、正規ルートではないが水ポケモンがいればなみのり≠ナ進めるだろう、しかし、まふゆにはあいにくとどちらも持ち合わせがない。――となると。

「ゴルーグ、久しぶりに空でも飛ぼうか」
 
ガラルでは『空飛ぶタクシー』や鉄道が発達していることもあり、あまりポケモンで空を飛ぶトレーナーはいない。もしかしたら他地方のバッジに代わる免許が必要なのかもしれないが、少しなら目をつむってくれるだろう。イッシュでも少しなら大目に見てもらえた。
ゴルーグはまふゆを肩に乗せ、飛び上がる。ひやりとした空気が一層濃くなった。眼下には多くのトレーナーが冷える海だというのに海水浴を楽しんでいる。キャンプをしているトレーナーもいるようだ。

「あれ?」
 
ふとそのトレーナーと目が合った。ぱちりと絡んだ視線。あ、と向こうのトレーナーの口が丸くなる。

「まふゆ!」
「ユウリ」
 
ゴルーグに指示を出し、ユウリのキャンプのそばに降り立つ。先のホップといい、今のユウリといい、今日は知り合いによく会う日のようだ。ユウリはきらきらと目を輝かせ、頬を赤らめる。

「ゴルーグで飛ぶのかっこいいね!」
「ありがとう。ユウリはここでキャンプ?」
「そう! あくバッジも手に入れたからちょっと息抜き兼修行!」
「なるほど」
「まふゆはこれからスパイクタウン?」
 
素直にそれに頷くと一緒に行きたいと彼女は声をあげた。なんでもキャンプしようと思ったが、あまりの寒さで早々に切り上げようかと思ったとのこと。

「それとまふゆのバトル見てみたいなぁって」
 
その割にちらちらとゴルーグに視線を向けるユウリ。その姿にまふゆはわかりやすいな、と肩をすくめた。

「本音は?」
「ゴルーグに乗りたいです! でも、ちゃんとまふゆのバトルも見たいんだよ!?」
「わかっているよ。ゴルーグお願いしていい?」
 
任せろ、とばかりに彼は身体中を光らせる。両肩にそれぞれの乗せるとゆっくりと空を飛ぶ。歓声をあげるユウリに「安全運転で頼むよ」とまふゆは飛び立つ頼もしい仲間の肌を軽く撫でた。



久しぶりにダイマックスのことを気にしないでバトルができた。
それがネズとのバトルで抱いた最初の感想だった。加えてスタジアムのような注目度も無いのが逆に心地よかった。あれはやっぱり緊張する。自分は歓声が力になるタイプではないらしい。

「ズルズキンもサザンドラもなかなかよく育っているじゃねーですか」

やはり自身が極めているタイプである二匹が気になったらしい。ネズの言葉にまふゆは礼を言って頭を下げた。 
まふゆが無事にあくバッジを手に入れたのを確認すると、フェンスの向こうの観覧席で見ていたユウリが「おめでとう!」と駆け寄ってきた。

「まふゆすごいね! ズルズキン対ズルズキンのカード、すごく興奮しちゃった!」
 
褒められて嬉しいのかズルズキンのボールが揺れる。本当に今回も彼は頑張ってくれた。名実ともに、まふゆの一番の相棒に違いない。ズルズキンを見つめるまふゆの眼差しを見て、ネズが口を開く。

「お前――まふゆといいましたっけ。ダイマックスバンドをつけているのに、今までノーダイマで戦っていたのはなにか理由でも?」
 
ノーダイマで戦う姿には個人的に好感がもてますけど、と彼は言う。たしかにネズもスパイクタウンの外でのバトルだとしても、頑なにダイマックスを使わない。同様にまふゆにも何か拘りがあるのではないかと考えるのは普通のことだった。しかし、彼女にあるのは『拘り』ではない。

「すみません、ノーダイマに拘っているわけではなくて、使えないんです。ダイマックス」
「バンドをしているのに?」
 
その言葉にまふゆが頷くとネズは首を傾げた。

「ダイマックスは、パワースポットにさえいれば勝手に使えるはずでは?」
「私もそこまで意識して力をこめたりはしないなぁ」
 
二人の言うとおり、本来ならばパワースポットの力を勝手にねがいぼし≠ェ吸収して、ダイマックスへのエネルギーに変換されるはずなのだ。それなのにうんともすんともねがいぼし≠ヘ反応しない。ローズから贈られてきたものも、キバナから譲ってもらったものも。
やはり原因はまふゆ自身にあるのだろう。異物であるまふゆの存在がパワースポットからの力を遮断しているのかもしれない。その思いはつい言葉となって漏れ出る。

「わたしがここの人間じゃないから――」
「何か?」
「い、いえ。やっぱりネズさんでもわからないですよね」
「おれは元よりノーダイマ派なんでなんとも。まあ、そこまで深く考えることでもねーと思いますけど。いつの間にか使えるようになることもありますし」
「そうそう! いつか使えるようになるって!」
 
まふゆもダイマックス自体にそこまでのこだわりは無い。ただ、やはり『こちらの人』が使えるのに、『自分』が使えないのは、いろいろと思うところがあるのだ。それに使えない理由がまふゆ自身ならいい。

もし、その理由がポケモンにあったら? イッシュ地方出身のポケモンだから使えない、という理由はないということが、旅の途中でわかった。でも仮に、まふゆと一緒にいたせいでダイマックスができなくなったということなら、耐えられない。それは大切な仲間たちの可能性を、自分が奪っていることに違いないのだ。
 
不安と恐怖が身の中からせり上がってくる。ぐらりと眼前が揺れそうになるところに、ぽん、と優しく頭に手が乗った。そのままゆっくりとなでられる。見た目に反し、ネズは頭を誰かを慰めることに手慣れているようだった。渦巻いていた暗雲が消えていくのがわかった。

「そんな悩むことじゃねーですよ。本当にマリィより年上か? そんな迷子のような顔して……」
 
マリィの名前が出た理由がわからないまふゆにユウリが助け船を出す。

「ネズさんはマリィのお兄さんなんだよ」
「えっ、あっ、なるほど……」
 
言われてみれば、なんとなく似ているような気がする。ネズはマリィからまふゆの話をあらかじめ聞いていたようで「これからもマリィと仲良くしてやってほしい」と頭を下げる。

「こ、こちらこそマリィにはお世話になっておりまして」
 
かちこちと固まる2人のやりとりを見て、ユウリはクスクスと笑い「もちろん私とも仲良くしてね!」とまふゆに抱きついたのだった。

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