ネズとのバトルを終え、せっかくなので一緒にナックルシティまで行こうとユウリと共にスパイクタウンを出た時だった。
「な、なに!?」
「鳴き声……?」
あたりに響きわたる騒音。なんとなくニャイキングの鳴き声に似ていたが、スピーカーを通さない限りこんな大きな音にはならないだろう。何か起きたのかと焦燥が二人の背中を押し、その声の方へとどちらともなく賭けだした。
「ダンデさん!」
ユウリが見つけたその先にチャンピオンマントをはためかせるダンデの姿がある。彼は自分の名を呼ぶ声を聴いて、「ユウリくん! それに、まふゆくんも!」と振り返る。なにかあったのかと尋ねるユウリにダンデはにこりと微笑むだけだった。
「きてくれてサンキューだが、謎の音はオレにまかせてくれ」
「でも……」
何か力になれるのではないか、という思いがユウリの顔に浮かぶ。それはまふゆも同じだった。ダンデの実力はよく知っているが、彼が賄える範囲はどうしても限られている。チャンピオン・ダンデの身体は一つしかないのだ。少しでも力になれればと思うのは自然なことだろう。しかし、ダンデは首を振る。
「いっただろ? キミたちはジムチャレンジを勝ち進むんだ!」
彼は2人があくバッジを手に入れたことに気づくと「残るはドラゴンタイプのジムリーダー、キバナだな!」と笑う。キバナは自分がライバルと認める男であること、そして強いことを誇らしげに言う。
そして「チャンピオンタイムだ!」と問題解決のためにトンネルの先へと向かっていった。取り残されたまふゆとユウリはつい顔を見合わせる。良くも悪くもダンデの勢いに呑まれてしまった。
「えっと、ユウリってダンデさんと知り合いだったんだね」
何とも言えない空気を変えたくてあまり関係ない質問をすると、ユウリの身体から無駄な力が抜ける。まふゆの涼やかな声が、籠もった熱を逃してくれたようだった。
「うん。同じ町の出身なの」
「そうなんだ」
そこでまふゆは、はたと気づく。もしかして、彼女が件の『チャンピオン推薦トレーナー』なのではないだろうか? となると、彼女の実力も頷ける。それを尋ねるとユウリは素直に頷いて、その疑問を肯定した。
「私ともう1人。ホップっていう男の子が推薦状もらったの」
「えっ、ホップくんもなんだ」
「まふゆ、ホップとも知り合いなの? ホップのお兄さんはダンデさんなんだよ」
脳内にホップとダンデの顔を浮べる。なるほど確かに似ている。むしろなんで気づかなかったのか。
「言われてみれば、似てるかも」
「ね。似てるよね」
クスクスと笑うユウリはきっと容姿以外で兄弟の共通点を思い出しているのだろう。笑いがおさまったあと、きゅっと唇を噛みしめ言う。
「ねえ、まふゆ。やっぱり私たちも行こう。ダンデさんはああ言っていたけど、やっぱり放っておけないよ」
「……うん。わたしもそう思ってた」
チャンピオンが向かった先、トンネルの向こうへ、2人は手を取り合い駆けだした。待ち受けている『何か』に怯えないよう、お互いを支えるように。
途中、ホップと合流し(まふゆとユウリが友人だということに彼は「世間って狭いんだぞ!」と驚いた)、ダンデの元にたどり着く。そこにはソニアとポケモン博士であるマグノリアの姿もあった。彼らの話を聞くと、先程の騒音の原因である野生ポケモンの突発的なダイマックスの原因は不明とのこと。さすがに大人3人の表情も曇っている。
「なあ、オレたちにもできることあるかな?」
ホップの問いにダンデは首を振る。先ほどと同じだ。自分たちがなんとかするから、ジムチャレンジを勝ち上がってほしいと。しかし、まふゆは素直にそれを受け取ることができなかった。
彼の言っていることはもっともで至極当たり前のこと。自分たちができることなんて、わずかだろう。それがダンデの「大人」としての優しさであることは重々承知だ。ユウリとホップが「ダンデが言うなら」と彼に任せるのも普通のこと。ダンデを信頼している証であり、それほどまでに彼はさまざまな困難を解決してきたのだろうと窺えた。
しかし、まふゆは違う。明確に「大人」と「子供」の線引きをされたにも関わらず、引き下がることができない。なぜなら、彼女は『ポケモンをプレイしたことがある人間』であるからに他ならない。その記憶はすでに薄ぼんやりとしていても、直観的に感じ取っていた。『これは大事件の前兆である』ということを。
ならば、ガラル地方に危機が迫っていることになる。その何か≠ェすぐそこまで来ている。それは天変地異の前触れかもしれないし、誰かが傷つくことになるかもしれない。ポケモンたちが。目の前のダンデが、ソニアが、マグノリアが。ユウリにホップ、マリィが。カブや――キバナが倒れて命を落としたら。
その可能性が頭を過り、まふゆはつい声を出してしまう。
「本当に、できることはないんですか?」
ユウリとホップはまだ10代前半だ。彼女らを危険から遠ざけようとするのはよくわかる。でも自分なら。成人を迎えていないとはいえ、二人よりは年も重ねている。大きなくくりでいえば「大人」寄りの年齢だ。
「ユウリたちには頼めないことでも、わたしなら――」
「まふゆくん」
遮るように呼ばれた名前。刺さるようなその声音に次の言葉が出てこない。喉の奥に使えるようだった。
「ありがとう。気持ちだけもらっておくぜ! 君もジムチャレンジャーの1人だ。その熱はぜひ決勝戦でぶつけてほしい!」
明確な拒絶。それは彼の本心からの言葉ではあったが、まふゆにとっては突き付けられる線引きに違いなかった。入ってきてはいけない、という区切り。
それが彼の気遣いであると重々承知。でも遠回しに「君はこの世界の人間ではない」と言われているような感覚がまふゆを襲う。
「——差し出がましい真似をして、すみません」
震えそうになる声を必死に押さえ、謝罪した。ダンデは彼女の気持ちを汲み取りながら、言葉を続けた。
「君がそこまでガラルのことを想っていてくれるのは、本当に嬉しいんだぜ。ただ、実力のあるトレーナーには憂いなくバトルに集中してほしい」
それに、と彼はまふゆにしか聞こえない音量で伝える。
「自分じゃ気づいていないかもしれないが、君、すごい顔色が悪いぜ」
「え」
「キバナと戦う前に、体調は万全にしておいたほうがいい」
言われて自分の頬を触ると驚くほど冷たかった。そのことを自覚すると、倦怠感をはじめ次々と不調が襲ってくる。なぜ先ほどまで平然としていたのか不思議なほどだ。
「……そうします」
「ああ。君がそんな様子じゃキバナも調子がでないだろうからな」
苦笑を浮かべるダンデにまふゆはかろうじて頷いた。
***
ダンデらは異変を確認するために委員長の元へ行き、ホップはネズとのバトルのため、スパイクタウンへ戻る。一方でユウリはこのままキバナにチャレンジするとのことで、ナックルジムへ走っていった。
まふゆは1人、ナックルシティの病院にいる。不調なことが目敏いマグノリアにばれてしまい、このところ体調を崩すことが多いと白状すると、問答無用で病院に押し込まれてしまったのだ。(ユウリとソニアが付き添いにと手を挙げてくれたが、それは申し訳ないのでお断りした)
しかしこれといった原因は見つからず、とりあえず点滴で様子を見ることとなった。
「例えばポケモンの特殊技が当たってしまったとかそういうのに心当たりは? さいみんじゅつ≠ニかあやしいひかり≠ネど」
「いえ、特には」
点滴が終わり、ベッドで帰りの準備をしていたまふゆに先程診察した医師が尋ねてきた。その問いに首を横に振る。以前ここで起きたテレポート≠フことを伝えようとしたが、まふゆはこれがトラウマによる不調ではないと薄々勘づいていた。なにせ、キルクスで起きたフラッシュバックとは様子が異なっている。単純な体調不良とは言いがたいが、心理的なものでもなさそうだ。
「そうですか……もう体調は?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「ならよかった。一応様子を見たいので、しばらく院内にいてください。中庭ならポケモンを出していてもいいですよ。きっと君のポケモンたちも心配しているから」
そう言って医師は病室を去っていった。言われた通り中庭に行くと、あまり人もおらず病院特有の静寂な空気と時間が流れていた。お言葉に甘えてボールからポケモンたちを出す。
ロコンは独特な空気に興味津々できょろきょろと見回している。反対にズルズキンたちは状況をすぐ察知したのか、まふゆに心配そうな目を向けていた。
「大丈夫だよ。もうだいぶ楽になったから」
それよりも、と声を潜める。
「この体調不良、元の世界に戻る前兆かもしれないって、少し思っているの」
まさか、と声をあげる相棒に、まふゆは静かに言った。
「わからないけれど、ナックルに来るたびに体調悪くしているから……。なんでナックルかはわからないけど、それがわかったときはもしかして――って思うの」
サザンドラが小さく唸る。聞きたくない、と言っているようにまふゆには思えた。しかし、『いつか』のために言わなければいけない。なにせまふゆは不安定な存在であり、長く世界規模の迷子をしているのだ。どのタイミングで『帰って』しまうか、わからない。
「だからね、もしわたしが急にいなくなったら、少なくともロコンのことだけカブさんのところに連れて行って」
そうしたらきっとロコンは新しいトレーナーの元へ行かれる。カブならきっといい人を紹介してくれるはずだ。
「君たちもね、新しいトレーナーのところに行っていいんだからね」
「るぐぐ!」
普段からも悪い目つきをさらに悪くして「そんなのは嫌だ」と睨むズルズキンの頭を撫でる。そのうちズルズキンはほろほろと涙をこぼし始めた。サザンドラもまふゆにすり寄り、ゴルーグも大きな身体を必死に近づけた。
「野生に戻ってもいいし、誰かのポケモンになってもいいよ。君たちを置いていくわたしを忘れていいからね」
そんな3匹と1人の異変にようやくロコンも気づき、慌ててまふゆの膝へよじ登る。泣くズルズキンを慰めるようにその涙を舐めた。それに礼を伝えるかのように、ロコンの頭を撫でる。
「ロコンちょっとこっちにおいで」
「?」
バッグの中から道中で買ったポケモンサイズの首から下げるポーチを取り出し、ロコンの首にかけてやる。そしてそのポーチの中に「ほのおの石」を入れた。
「忘れないうちに渡しておくね。キュウコンになりたいって思った時、トレーナーに渡すんだよ? いい?」
「こん?」
きょとんとした表情を浮かべるロコン。「その時がきたらわかるよ」と誤魔化すようにやわらかい毛を撫でると、彼女は嬉しそうに目を細める。その姿に「あなたにとっていいトレーナーになれなくてごめんね」とまふゆは小さくつぶやいた。
ジム戦は明日にしよう。今はもう少しだけ、ポケモンたちと一緒にいたい。