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ナックルジムのジムミッションは宝物庫で行われた。しかし、そこにジムリーダーであるキバナの姿は無い。ジムトレーナー曰く「ちょうど今、他のジムチャレンジャーがスタジアムでバトルをしているので……」とのこと。加えてキバナがまふゆならば自分が立ち会わなくても大丈夫と言っていたらしい。
その言葉に誇らしくなると同時に、なんだかくすぐったい気持ちにもなったことは内緒だ。

「余裕そうだな?」
 
そして今、スタジアムのバトルフィールドにまふゆとキバナは立っている。

「いえ。これでも必死です。――キバナさんこそ、連戦で大丈夫ですか?」
「へぇ、言うようになったじゃねぇの。あいにくとさっきのチャレンジャーは一捻りで終わったからな。オレさまもポケモンたちも不完全燃焼だ。せいぜい楽しませてくれよ!」
 
こちらを喰らうかのように蒼い瞳が光る。ニヤリと浮かんだ笑みは獰猛な獣のようだ。大きな手から繰り出されるギガイアスとフライゴン。代わってまふゆが繰り出したのはズルズキンとゴルーグだ。

「吹けよ風! 呼べよ、すなあらし!」
 
ギガイアスの特性「すなおこし」によりあたりは砂嵐の天候になる。覚悟していたとはいえ、肌にあたる砂の粒が痛い。同時にポケモンたちにはスリップダメージが入ってしまう。まふゆの手持ちでダメージにならないのはゴルーグだけだ。

「いくぜ、まふゆ! お前の力をオレさまに見せてみろ! ギガイアス、ボディプレス=I フライゴン、ワイドブレイカー=I」
「ゴルーグ、フライゴンにれいとうパンチ=Bズルズキンはギガイアスにとびひざげり=v



それはあの撮影の時のバトルとはまったく異なっていた。
本気を出したキバナはこんなにも強いのか、と奥歯を噛みしめる。歓声の中、現れたのはキョダイマックス・ジュラルドン。

「さあ、まふゆ! ここからどうする!?」
 
煽るキバナの声にはあえて応えない。どうするもなにも3ターンしのぐしかないのだ。こちらはダイマックスが使えないのだから。
残りの相手ポケモンはサダイジャとジュラルドン。そのうちサダイジャはあと一撃で倒せるはず。こちらはサザンドラとズルズキンがフィールドにいる。ゴルーグは先ほど戦闘不能になってしまった。控えのボールにはロコンがいるが、この子は出せない。
 
しかし、サザンドラの体力はほとんどない。一方で、ズルズキンはまだ余裕があるがあのジュラルドンの猛攻に耐えうるかどうかは怪しいところ。

「っ、サザンドラ、ジュラルドンにりゅうのはどう=Bズルズキンはドレインパンチ≠サダイジャに」
「サダイジャ、まもる=I ジュラルドンはサザンドラにキョダイゲンスイ≠セ!」
 
ジュラルドンの一撃がサザンドラに命中する。りゅうのはどう≠ヘ不発に終わったようで、その身体が地に落ちる。だが、まもる≠ヘかろうじて失敗したのか、ズルズキンはサダイジャを倒すことができた。
残りはキョダイマックス・ジュラルドン、1体のみ。

「……どうしよう」
 
ボールの中で身を横たえるサザンドラを見て、まふゆの震える声が漏れた。
腰に手が伸びる。ロコンを出さなければいけない。ダブルバトルなのだ。手持ちが空ならまだしも、ロコンがいる。でも彼女はバトルに出したくない。指示を出さなければいい? それはロコンに失礼だ。そもそも手負いのズルズキンだけでジュラルドンを倒せる気もしない。

――リタイアしますか?

いつかのマクワの言葉が耳の奥に響いた。そうだ、リタイアすれば仕切り直しできる。もう一度ゆっくり作戦を立て直して、再挑戦すればいい。そうすればもう少しうまくいく。

でもそんな時間本当に残っているの?

もう1人の自分が囁く。今日も朝から頭痛も吐き気も酷くて、処方された薬でなんとか体調を戻したのだ。これが『元の世界に戻る前兆』かもしれないと、他でもない自身が予感している。それがこのあとすぐに来てしまったら? もう二度と彼とはバトルできない。再戦は叶わない。

「……いやだ。負けたく、ない。勝ちたい」
 
拳を握りしめる。どうしたら勝てるか、どうやったら勝てるか。必死に思考回路を回すが答えは出ない。無意識にボールに指が触れた瞬間、飛び出してきたのはロコンのほうからだった。

「こんっ」
「ロコン……」
 
まふゆをまっすぐ見つめる丸い瞳は闘志に燃えていた。一欠片も諦めの光は見えない。頑張りたいと全身で叫んでいる。そんな彼女につられるかのようにまふゆはしゃがみ込み、ロコンに視線を合わせた。

「バトル、してくれるの?」
 
当たり前だ、と頷く。

「あなたのトレーナーとして、わたしは相応しくないのに……」
「こんっ」
 
ロコンは軽い頭突きをまふゆに食らわせた。これは怒っている。現に抗議の鳴き声は止まらない。
その姿にホップの言葉を思い出す。『ロコンはもうまふゆのことが大好きだぞ』というあの言葉を。

「わたし、あなたのトレーナーでいていいの?」
「こんっ!」
 
頭突きはいつの間にか頭を押しつけ、じゃれつくものへと変わっている。そんなロコンを見て、いつの間にかまふゆは泣いていた。涙の雫が流れ落ち、地面を濡らす。同じ光景を前も見た。
この世界に初めて来たとき不安で仕方なくて、それでも傍にいてくれたのはポケモンだった。自分の存在を信じられないまふゆをなによりも信じて、好きでいてくれたのは今一緒に戦っているみんなだ。

「わたし、いつかいなくなると思うの。この世界から。それは明日かもしれない。あなたを、みんなを、置いて行ってしまう。独りぼっちにさせてしまう」
「こんっこんっ」
 
それは違う、とロコンは言う。まふゆがいつか帰ってしまったとしても、一緒に過ごした時間は消えない。あたたかな日々は終わらない。それに仲間がいるのだ。ロコンにも。それは他でもないまふゆがいたから結ばれた縁だ。

「こんっ」
 
まふゆにロコンの言葉はわからない。でもその表情から、声音から、自分を励まし、そして奮い立たせてくれようとしていることはよくわかった。トレーナーとして、ここまでポケモンに支えてもらったのなら、もう前しか向けない。
袖口で涙をぬぐうと、バンドが滴を吸いこむ。息を吸い、言った。

「一緒に戦ってくれる?」
「こんっ!」
 
ロコンはまふゆの手にすり寄る。その身体を首に掛けられているポーチごと抱きしめた。温かい、いや、熱いくらいだ。ぎゅうとおもいきり抱きしめて、ゆっくりと地面におろす。

「ロコン、お願いっ」
 
フィールドへ、仲間が待つ場所へロコンは駆けていく。そのさなか、急に彼女の身体が光り始めた。実況が大きく叫ぶ。

『これは進化だーっ! ロコン、ここでキュウコンに進化です!』
 
ズルズキンの横に並んだ時には、やわらかな赤毛はなめらかに輝く金糸に、丸く愛らしいフォルムは優雅と気品に満ちたものへと変わっていた。
状況をようやく飲み込んだまふゆは気づく。さきほど抱きしめた時にポーチに触れた気がする。あの中にはほのおの石≠ェ入っていて、それがきっかけで……?
そういえばロコンは進化する直前になると燃えるような熱を帯びると言われている。あの熱さも進化の兆しだったのかもしれない。あの時の熱を思い出し、触れた両手をつい見てしまう。

「……っ」
 
くらりと目の前が揺れた。まさかそんな、と頭が揺さぶられる。このタイミングで起きるなんて――神様はいじわるだ。

「魅せてくれるじゃねぇか! 待ったかいがあったぜ!」
「……お待たせいたしました。続き、始めましょう」
「ああ。だがどっちにしろ、これで終わりだ!」
 
キバナと同じくしてジュラルドンが咆哮する。先ほどまでのまふゆなら、絶望していただろう。けれど、今は進化したキュウコンもいる。——なにより、

「まだ、終わりません。終わらせません……! ズルズキン、ダイマックス!」
 
ダイマックスバンドのねがいぼし≠ェ輝いていた。
何がきっかけかはわからない。今、手首の一番星が光っている。それだけがすべてだ。
ズルズキンをボールに戻す。エネルギーがボールに集まるのと比例して、形が大きくなっていく。本来ならば体力のあるキュウコンのほうが適しているのかもしれない。ガラルで生まれたキュウコンならば、ダイマックスにも適性があるだろう。
 
けれど初めてのダイマックス。不安要素も尽きない。うまくできるかさえもわからない。しかし、ズルズキンとなら。いつだって一緒にいて、傍にいて、まふゆを独りぼっちから救ってくれたあの子となら。

「お願い、ズルズキン……!」

大きなボールはそれだけで重たい。こつんと額を当てて少しでも声を届けるよう近づける。

「もう少しだけ頑張ってくれる?」
 
当たり前だ、といつもの勇ましい声が聞こえた気がした。
勢いよく空へボールを投げる。祈る中、まふゆのズルズキンはその巨体を大きく震わせる。

「成功した。よかった……」
 
しかし、ほっとしている間はない。すぐさま、攻撃の指示を飛ばす。それはキバナも同じだった。ダイマックスができないまふゆがそれを成しえたことに気を取られたが、それはほんの一瞬。

「ジュラルドン!」
「ズルズキン!」
 
ダイナックル! と叫ばれた声は同時だった。
しかし一歩、ジュラルドンのほうが早い。ズルズキンはその身に攻撃を受ける。なんとか耐え、同じくダイナックルを繰り出した。

「キュウコン、おにび=I」 
 
妖しく光る炎はジュラルドンにやけどを負わせる。これで攻撃技が多少は軽減されるはずだ。いや、ダイナックルを使われている時点で焼け石に水かもしれないが。
続いてキバナは何をしてくるか、まふゆは必死に考える。守りに入るか? それとも攻撃の手を緩めない? 彼の性格ならきっと後者。キュウコンを狙うことはないだろう。なにせジュラルドンはこのターンでダイマックスが切れる。ダイマックスが2ターン残っていて、そして体力が減っているズルズキンのとどめを刺しにくるはずだ。
 
ならばまふゆが取る手段としては、ダイウォール≠ナ1ターン凌ぎ、そのあとダイマックス技でジュラルドンを倒すのが安全策である。

「でも……」
 
視界を霞ませる砂嵐はまだ吹き荒れている。スリップダメージは馬鹿にできない。正直今のズルズキンは先ほどのダメージが効いている。この1ターンをギリギリ耐えられるかどうか。何もせず倒れてしまうのが最も避けたい状況。
なにより、ここで防御に回るなんてもったいないと思ってしまったのだ。観客席が盛り上がり、まふゆ自身も高揚している。こんな気分久しぶりだ。

「ズルズキン、もう一度ダイナックル=I キュウコン、一度距離を取って次の攻撃に備えるよ!」
「迎え撃て、キョダイゲンスイ=I」
 
2匹の技がぶつかり合う。あまりの衝撃に目を開けていられない。息さえもままならない。ようやく晴れた視界に映るのはズルズキンが倒れる姿だった。

「ズルズキン!」
 
エネルギーが弾け飛ぶ。いつもの姿に戻った彼に駆け寄りたいのを抑え、その場からボールに戻した。
同じくしてジュラルドンもダイマックスのターンを終え、その姿を変える。勝負は振り出し――いや、そうではない。たしかにズルズキンはジュラルドンとの一騎打ちで負けた。しかし、ただ倒れたわけではなかった。わずかにその鉄の鎧にひびを入れてから、地に落ちたのだ。
 
ゴルーグが、サザンドラが、ズルズキンが戦い繋げたそれを今、決める。

「ストーンエッジ=I」
 
キバナが命ずるのは効果抜群のいわタイプの技。しかも急所に当たりやすい。それを前にして、少女の頭にはたった1つの選択肢が浮かばなかった。

「っ、避けて!」
 
キュウコンは一瞬だけまふゆを見て、頷き、その声と共に軽やかに跳ぶ。向けられる信頼を感じながら、間髪入れずに、叫んだ。

「だいもんじ=I」
 
焔で創られた文字がジュラルドンを焼く。それは長くてとても短いひと時。
キュウコンが地に降り立つと同じくしてジュラルドンはゆっくりとその身体を倒す。瞬間、大きな歓声がスタジアムを満たした。実況者の声は呆然とする少女の耳にも届くほどの大声で叫ぶ。

『ジュラルドン、戦闘不能! 勝者、チャレンジャー・まふゆ!』
 
いつの間にか砂嵐は止んでいた。
代わりにガラルの青空と太陽がまふゆとキュウコンの勝利を祝福するかのように輝き、彼女たちを優しく包む。
それはまふゆがキバナに勝った証だった。

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