25


ナックルシティに向かう途中キバナはジムトレーナーたちに連絡を取る。案の定彼らはスタジアムで中継を見ていたようで、キバナが着くころにはすでに彼を待っているほどだった。 
彼がフライゴンから飛び降りた途端に、報告が始まった。

「キバナさま、勝手ながらスタジアム周辺を封鎖し、近隣の住民たちは一度ワイルドエリアに避難してもらっています。他エリアの避難も順次予定しております」
「レナがワイルドエリアへ同伴し、同時に他トレーナーとジョーイさんにも応援を要請いたしました。現在、野生ポケモンとの接触もなく、問題発生の確認もできていません」
「サンキュ。さすがナックルジムのトレーナーたちだ」
 
リョウタとヒトミの報告を聞き、キバナは続けて指示を出す。

「ワイルドエリアの野生ポケモンもこの影響を受けるかもしれない。警戒は怠るな。オレさまのバクガメスとコータスを連れていけ。バクガメスならレナも扱いやすいだろ。コータスは天候が変わったらひでり≠ナ晴れを維持しつづけてくれ」
 
ワイルドエリアで恐ろしいのは野生ポケモンと、急に変わる天候だ。しかしこの2匹ならそれを対処可能である。そして、ともにこの街を守ろうとする、ジムトレーナーたちへの信頼も。

「オレさまはとりあえずスタジアムの様子を見てくる。あとは頼むぜ」
「承知いたしました!」
「お気をつけて!」
 
その声に見送られ、キバナはスタジアムの中に入る。すぐさま女性の悲鳴が聞こえてきた。聞き覚えのある声に、舌打ちをしつつ走ると、腰を抜かしたオリーヴの姿がある。その視線の先にはキョダイマックスポケモンがいた。あれはオリーヴのダストダスではないか。

「ジュラルドン! いくぜ!」
 
すぐさま相棒をキョダイマックスさせ、技を打ち込む。ダストダスもなぜ自分が急にキョダイマックスしたのか混乱していたらしく、一撃でエネルギーは霧散した。ダストダスは目を回しているが、大きな怪我は見られない。ほっと胸を撫で下ろす。続いて未だに震えたままのオリーヴに尋ねた。

「怪我は?」
「あ、ありません……」
「ならいい。またダイマックスされたらたまったもんじゃないからな、ダストダスをボールに戻して、アンタも早くここから出るんだ」

それだけ言い残し、キバナはまたジムの外へと走る。スタジアムには、もう人はいないように見えたからだ。
本当ならばこの騒ぎのことも、まふゆのことも問いただしたいところだが、彼女の顔は恐怖と混乱で強張っており、話を聞ける様子ではない。

「キバナさま!」
「なっ、お前、避難してないのか!?」
 
走るキバナの名を呼んだのは普段バックオフィス業務を担当している男性職員だった。ポケモンバトルは不慣れだから、てっきりもう避難したのだと思っていた。しかし彼は、額に汗を滲ませながら、まだそこにいた。申し訳無さそうに眉を下げ、彼は言う。

「それが保護したポケモンがいっこうに動こうとせず……。非難のタイミングを逃しまして」
「保護したポケモン?」
「はい。ゴルーグです」
 
一瞬、息が止まった。頭を過ぎる「まさか」の考え。
そのポケモンはどこにいるかと問えば、ちょうどいまスタジアムの外へひっぱりだしたとのこと。最速スピードでそこへ向かえば、彼の手持ちポケモンが必死になってゴルーグを押し出しているところだった。かのポケモンを見て、考えは確信へと変わる。

「お前、まふゆのゴルーグだな?」
 
その問いに、ゴルーグは身体を光らせ肯定した。

「まふゆはどこだ!? 無事なのか!?」

叫んだ彼にゴルーグは手にしていたカメラを差し出す。印字された珍しいロゴ。まふゆのものだ。丁寧に受け取り、以前彼女が使っていたようにデータプレビューを立ち上げる。

「っ!」
 
実験室のような部屋にいる少女の姿。その顔色は画面越しでもひどいことが伝わってきた。

「あれはやっぱりまふゆだったのか……」
 
ともかく彼女はまだこの世界にいる。そして理由はわからないが、ローズに利用されようとしている。早く助けなければ。しかしこの街の避難も終わっていない。
キバナが葛藤をしているさなか、2つの足音が彼の元へ駆けてくる。ユウリとホップだ。まどろみの森で『くちた剣』と『くちた盾』を手に入れ、ダンデを助けにいこうとやってきたのだ。

「って、あれまふゆのゴルーグだぞ!」
 
ゴルーグを見つけたホップの声を聴いて、キバナもようやく2人がいることに気がついた。

「ユウリにホップじゃないか!」
「キバナさん、そのゴルーグって」
「ああ、まふゆのゴルーグだ」
「やっぱり映っていたのはまふゆだったんだ……」
 
ユウリの言葉にキバナは頷く。おそらくローズに捕らわれていることも伝えると、みるみるうちに2人の顔は青ざめた。

「ブラックナイトだろうが、なんだろうが、オレはいく! アニキもまふゆも助ける!」
 
先に行っているんだぞ! と走り去るホップに「相変わらずあわてんぼうで、騒がしいヤツだぜ」と言葉を漏らす。しかしその真っ直ぐな行動力が今はうらやましい。

「ユウリも行くんだろ? 最強のチャンピオンと最強のチャレンジャー、そしてそのライバルか……ブラックナイトも大変だな。ちょっとだけ同情するぜ!」
 
ユウリの背中を押すように笑顔を作る。ダンデ、ユウリ、ホップ――この3人に任せれば、きっとブラックナイトもなんとかなると思わせる説得力がある。まふゆのこともなんとかしてくれる。それは本心に違いなかった。
しかし、ユウリは足を進めることをせず、まっすぐにキバナを見つめ、言う。

「キバナさんも行きましょう」
 
どきりと胸が鳴った。それはなによりも欲しい言葉だったから。

「――いや、お前らだけで十分だろ。オレさまが行くことないって。街の避難もあるしな」
「キバナさん、まふゆを助けたいんでしょう?」
 
鋭い指摘に声が詰まる。ユウリは続けた。

「でなきゃ、そんなに無理して笑顔を作ったりしないですよ」
「…………」
「まふゆを助けに行きましょう。キバナさん」
 
子供ってこういう時無駄に敏いよな、とキバナは頭を掻く。しかしキバナは行かれない。街の避難は終わっていないからだ。滅私奉公。それが良くも悪くも地位を得た人間の責任であり、ジムリーダーの務め。街の人々を救うのがキバナの役目だ。

「——キバナさま、行ってください」
 
しかし同時に彼を救うのもまた、この街の人間だった。いつの間にかリョウタとヒトミが集まっている。

「ほとんどの区画の住人の誘導が終わりました。これも常にあなたが避難訓練を徹底していた成果です。これぐらいなら、もう我々だけで大丈夫です」
「お借りしたバクガメスとコータスのおかげでワイルドエリアでも混乱がありません。それになによりキバナさまに鍛えられた私たちも、この街も、人々も――そう簡単に崩れません」
 
行ってください、と彼らは言う。とどめとばかりに職員が口を開いた。

「その方が大切なら行くべきです、キバナさま。あなたなら、この街も、その方も両方守れるはずです。……いつもの威勢はどうしたんですか!」
 
ここまで言われて、奮い立たないわけがない。こちらを見つめるトレーナーたちの表情は自信と頼もしさに満ちていた。そうだ、共に切磋琢磨してきた彼らの実力は自分が一番よく知っている。この緊急事態を任せられることぐらい、とっくにわかっていた。

「っ、ああ、そうだよな! ここで弱音吐いていたらキバナさまじゃないよな!」
「そうですよ!」
「キバナさまはいつだって格好良くないと!」
 
トレーナーたちの言葉を噛みしめ、彼はユウリに向き直る。

「オレも行く」
「はい! みんなで助けに行きましょう!」
 
キバナはそれぞれに最後の指示を出し、ゴルーグにカメラを返した。

「カメラ持っていたら壊すかもしれないから、返すな。あいつの大切なものだし。それと、お前もこの街に力を貸してくれ。まふゆを助けたいと思っているのはわかっているが、避難の手伝いをしてほしい」
 
頼む、と頭を下げるキバナにゴルーグは身体を光らせた。「まふゆのこと、お願いします」と言っているように。それは確かに、たった1人の、かけがえのない人を守りたいという気持ちで結ばれた約束だった。

「待たせた」
「大丈夫です! 行きましょう!」
 
キバナとユウリは走る。ブラックナイトを止めるため、大切な人たちを助けるために。


***


朦朧とした意識の中、確かにその人の声を聴いた。
うっすらと開けた視界の先、当たり前のようにそこにいるから一周回っておかしくなってしまう。なんでいてほしいって思った時に、必ず叶えてくれるのだろう。

「き、ばな、さん……」
「おや、目が覚めましたか。まふゆくん」
 
辛うじて頭を動かすと、ローズが傍らにいた。どうして、という気持ちの反面、彼が犯人だったのかという納得も生まれた。

「いいんちょ……」
「体調は芳しくはないようですね。やはりあなただと制御は難しそうだ。お互いに干渉しやすいのかもしれないね」
 
ふぅむ、とローズは顎髭を撫で「もうまふゆくんの役目は終わりました。シュバルゴ、離してあげなさい」と隣に佇むポケモンに指示する。シュバルゴは掴んでいた槍の腕を離し、まふゆを解放した。支えを失った彼女が倒れそうになるところを、ユウリのイエッサンがサイコキネシスでキバナの腕の中へ運ぶ。

「まふゆ!」
 
触れた少女の身体は驚くほど冷えていて、顔色は青を通り越して真っ白だ。それでもちゃんと息をしている。鼓動が聞こえている。そのことにキバナはひどく安堵した。

「ローズ委員長、説明してくれるんですよね? 今の状況も、まふゆを巻き込んだ理由も」
 
ローズを睨むユウリの問いに、彼は静かに口を開く。
それはガラルの未来を守ろうとした結果なのだという。ムゲンダイナを目覚めさせたこと。その目覚めに各地のねがいぼし≠集めていたこと。すべてはガラルの偉大なる未来のために。

「さて、まふゆくんのことだけどね。彼女がこの世界とは異なる別の世界から来ているのをあなたがたは知っていますか?」
「えっ……」
 
ユウリはついまふゆを見てしまう。その視線に、まふゆはバツが悪そうに目を逸らす。か細く聞こえる「ごめん、話せなくて……」の返事がすべてだった。
『遠いところ』というのはそういう意味だったのかと、いまさらながらユウリとホップは合点がいった。
そしてローズは告げる。

「そう。他でもない、まふゆくんをこの世界に喚んだのはわたくしなのですよ」

<< top NOVEL >>


ALICE+