※一万打記念番外編
――本日はいいお天気になりそうですね。
――そうですね。ガラル全土、雲ひとつない青空が見えることでしょう。ワイルドエリアでも安定した天気になりそうです。
スマホロトムのラジオアプリから流れる天気予報を聞きながら、キバナは機嫌良くナイフを動かす。
みずみずしいレタスにトマト、それときのみ。チーズにハム、カリカリにしたベーコン。それらをバケットに挟んでサンドイッチにしていく。隠し味はマスタードを混ぜたマヨネーズ。デザート用にフルーツとクリームを挟んだフルーツサンドも忘れない。
完成品を満足そうに眺めて、ロトムスマホで撮影。「アップしておいてくれ」と声をかければ、ロトムはすぐさま言われたとおりにSNSへ投稿した。
ランチボックスへ詰め込む際も彩りを損なわないように。キバナは味も拘るが見た目だって拘るタイプなのだ。
ついでに残ったきのみとフルーツでアイスティーを作る。あっという間に2本のクリアボトルが鮮やかに彩られた。
「やっぱり、オレさまって天才だな」
あらかじめ用意してあったレジャーシートと一緒にそれらをバスケットへ鼻歌交じりに入れていく。大きい荷物だが、彼にとってはまったく苦ではなかった。
最後に戸締まりを確認してから、キバナはボールからフライゴンを出す。本来ならタクシーを呼ぶべきなのだろうが、目的地のワイルドエリアはナックルから近いこともあって、手持ちのポケモンで賄ってしまっている。
「ワイルドエリアまでよろしくな」
任せろとばかりにフライゴンは宙で一回転をし、キバナを乗せ、青い空へと飛びだった。
***
名前を呼ばれた気がして、覗いていたファインダーからまふゆは顔をあげる。あたりを見回しても誰もいない。いるのは自分のポケモンたちだけだ。でも絶対に彼の声が聞こえた気がしたのに。
そんな彼女に影が差す。ああ、そうか、上だ。空を見上げればやはり。心地いい優しげな羽音と共に、思い描いた人がそこにいた。
フライゴンが傍らに降り立ち、その背からキバナが飛び降りる。
「キバナさまが頑張っているまふゆチャンにランチのお届けだ」
「えっ、もうそんな時間ですか?」
慌てて腕時計に目をやれば、とっくに短針は1≠ノさしかかっていた。途端に空腹が襲ってくる。同時にきゅるると小さくまふゆの腹の虫が鳴いたので、キバナは隠すことなく笑った。
「ま、お前のことだから撮影に夢中になっているとは思っていたけどな。メシも忘れて」
「否定できないです……」
実際、彼が来なければまふゆはずっとカメラを構えていただろう。
「ほら、休憩休憩」
キバナはバスケットから取り出したレジャーシートを、手際よく広げる。まふゆもポケモンたちへ「お昼にしようか」と声をかけ、ポケモンたいへフーズを配った。もちろんフライゴンの分も。
それが終わったタイミングで、キバナは彼女の手を引いてレジャーシートへエスコート。まふゆは言われるがままにそこへ座り、ウェットティッシュとクリアボトルを渡される。フルーツたっぷりのアイスティーを1口飲めば、甘酸っぱい清涼感で喉が潤う。
「今日のランチはこれだ」
「わ、すごい。美味しそうですっ」
「当たり前だろ? なにせキバナさま特製だからな」
ランチボックスに並んだバゲットサンドに、まふゆは目を輝かせた。まふゆにとってサンドイッチといえば食パンを挟んだものだ。それだって美味しいし大好きだけれど、バゲットサンド≠ニいうものに憧れがあるのも否定できない。
なおかつ、こういうのはパン屋さんで買うもので、家ではなかなか作らないという先入観もある。しかもこれはただのバケットサンドではない。キバナが自分のために作ってくれたお手製だ。それだけで余計に特別感が増すというもの。
「食べていいんですか?」
「もちろん」
どれにしようと悩み、ベーコンとレタス、そしてトマトが挟まれたものを選んだ。「いただきます」と感謝して、一口齧る。
しゃっきりとしたレタスの歯ざわりが楽しい。トマトの酸味がベーコンの旨味を引き立てている。ぴりりとアクセントになるのはマスタードだろうか? まふゆは夢中になって小さな口を動かし、頬張っていく。
そんな愛しい人の姿を見て、キバナはとろりと目尻を緩ませた。
キバナは料理を作るのが好きだ。他人に振る舞った機会も数多くある。ホームパーティーで並ぶ料理の大半はキバナお手製で、評判も上々。自分の手料理で、喜んでもらえるのは素直に嬉しかった。
しかしそれとはまた別の多幸感がキバナを包む。愛しい恋人が自分の手料理を夢中になって食べている。その光景で胸の奥は熱くなり、頭の奥が痺れた。一生懸命に目の前の食事に集中するまふゆはまるで小型ポケモンのよう。ボールを投げればゲットできるだろうか。
いや、もう彼女は自分のものだった。キバナがまふゆのものであると同じように。
「あっ、すみません。わたしばかり食べちゃって……」
2つめのサンドを味わったタイミングで、キバナが何も口にしていないことにまふゆは気がつく。
時間的にも彼は昼食を取っていないだろう。加えてバケットサンドはまふゆ1人分にしては多い。きっとキバナの分も含まれているはずだ。
だが、ゆるりと彼は首を振る。
「まふゆの食べる姿見たらオレさまお腹いっぱいだわ」
全部食べていいぞ、と緩んだ笑み。紛れなもなく本心からの言葉であったが、それをまふゆはぴしゃりと断った。
「いつも『ちゃんと食べろ』ってわたしに怒ってるのはどの口ですか」
「この口?」
「自覚があるようでなによりです」
切り詰めた生活が長かったせいかまふゆは食に無頓着であり、3食しっかりと食べるようになったのはガラルに来てからだった。その癖が未だに抜けないのか、1日1食で過ごしてしまうことは日常茶飯事。そんな彼女にキバナが苦言を漏らすことも少なくはない。
まふゆはそのことを引き合いに出して、食べろと迫ってくる。
でもキバナとしてもそこまで夢中になって食べてくれているのなら、全て彼女にあげても構わないのだ。食べられるときに食べたほうがいい。食を忘れるタイプならなおさら。
これはお互いに一歩も引かないだろうと予感する。良くも悪くも自分たちは相手のことを想っているのだから。
それなら利用してやろう、と少しだけ意地の悪い彼がひょこりと首を出した。すぐさま思考回路は動き、策を練る。このランチをデリバリーした報酬はいただかないと。ドラゴンストームは恋人との時間があればあるだけ良いと考えていて、加えて恋人の反応を楽しむもタイプでもあった。
「あーん≠チてしてくれよ」
「…………は?」
「まふゆがあーん≠チてしてくれたら、オレも食べる」
何いってんだこいつ。そう言いたげなまふゆの視線がキバナを突き刺した。しかしすぐに気がつく。彼がからかってはいるけれど、それが本音でもあることに。
そして悩む。ちゃんと食事を取ってほしい。しかし、あーん≠ネんてするのは恥ずかしい。
でもこんなあたたな愛を受けとって、自分は何も返さないのかとも思う。あーん≠ナ彼が満足するなら、するべきだろう。
でもそんな恋人みたいなこと――いや、もう彼とは恋人なのだ。そういう甘いやりとりが許される関係。
なら、すべきことはもう決められている。
まふゆは新しいバケットサンドを掴み、恋人の口元へ運ぶ。
「あ、あーん=v
その声音は照れと戸惑い。それは恋人同士の甘酸っぱい香りに満ちている。彼女の性格上、狙ってやっているわけでもないというのに。これが「恋人」という特別な関係がもたらした、2人だけのとびきりの味。
そして、彼はせっかくのチャンスを逃すことはしない男だった。
わざと時間をかけ、サンドイッチを1口ずつ小さく齧りる。そのたびに熱い視線で言葉を促すものだから、まふゆは何度も「あーん」と言わなければならなかった。
キバナは最後の一欠片となったタイミングで逃げようとするまふゆの手首を掴んで、逆に引き寄せる。細い指ごと口に含み、厚い舌で舐めとった。
「ひゃっ」
小さな悲鳴が彼女の口から漏れたことを確認して、指先にキスを落とす。
「ごちそーさま」
ぺろりと見せつけるように唇を舐めれば、顔を真っ赤にしたまふゆが「作ったのはキバナさんですっ」と涙目で睨みつけ、むすっとした表情で頬を膨らませた。
「オレさま、もう1つ食べたいなー」
「今度は自分で食べてくださいっ」