夜の夢に沿えて


アイルが手持ちとして登録しているポケモンは全部で四匹。
その中でルカリオはポケモンレンジャー時代からずっと共にいるエネコに次いで、二番目のアイルの仲間になった。アルセウスと出会い、全てのきっかけとなった洞窟で保護したリオルが進化したポケモンであり、アルセウスに見せられた世界のことも知っている。

そういった事情もあるのだろう。旅の最中に仲間も増えていくと、ルカリオはいつの間にかみんなの世話を焼くポジションに収まっていた。エネコがマイペースなことや、人間が持つルカリオ≠ニいうポケモンのイメージも相まって、周囲はルカリオのことを「しっかり者」と褒めそやした。その称賛さえも、ルカリオは涼やかな顔で受け止め、気にしない。

人が成長するように、ポケモンも進化すると性格が変わることはよくあることだ。もちろん、ポケモン特有の「せいかく」ではなく個性のほうである。泣き虫なベビーポケモンが進化すると好戦的になる――という事例も数多い。そして、それはルカリオにも当てはまったらしい。リオルの時はどちらかというと甘えたで、アイルに抱っこをねだり、離れなかったことがある。だというのに、ルカリオになった瞬間ツンとすました表情が多くなった。抱っこどころか、頭を撫でることさえ拒否する始末。アイルが夜ふかしする夜には諫めるように吠え、早く寝ろと急かすほど。まったくもって進化前とは大違い。「寝ないで構って」とわがままを言ってアイルを困らせていた時代は遠い昔になっている。
 
たとえば、嵐の夜。リオルのころはくうくうと鼻を鳴らし、怯え、アイルに抱きついて離れなかった。しかし今は平気な顔をしている。それどころかルカリオ≠フ平均よりもずっと大きい背で、雷鳴轟く遠くの雨雲を眺めるほど。外に飛び出していきそうになるマリルリを捕まえ、叱ることだって間々ある。

その姿を見る度に、アイルは「おおきくなったなぁ」となんとも言えない感情を抱いていた。同時に無理していないか、とも不安になる。本当は甘えたいのに、甘えられないんじゃないか。ストレスを抱えているのだったら、トレーナーとして解消してあげなければいけない。それがトレーナーであるアイルの役目であり、義務だ。とはいえルカリオのプライドもある。うまく立ち回らなければならない。アイルは一人、悩み、苦心したが、実のところそれは案外すんなりと解決した。
 


「もしかして、おれはお邪魔かな?」
 
ワタルの問いにルカリオは低い唸り声で答えた。わかりやすい反応にワタルは苦笑し、アイルへ視線を投げかけてくる。そんな彼へアイルはルカリオの機嫌を損ねない程度に微笑みを返した。

ルカリオはちゃんと自分のことを理解している賢いポケモンだった。ガス抜きの方法をわかっている。いろいろと解決してしばらくしたころから、思い出したかのようにアイルに抱きついてくるようになったのだ。リオルの頃と同じように甘え、アイルを独り占めする。他の手持ちたちがみんな寝静まったころ、こっそりと来るあたり抜け目ない。昼間には一切そんな素振りを見せないあたり、彼のプライドが影響しているのかもしれないが。
 
本当は前からこうして甘えたかったに違いない。けれど、ルカリオも『時の歯車』の謎を解き明かすために自制していたのだろう。なんとなく、アイルは察していた。
寝室のベッドに潜り込み、自身にぎゅうぎゅうと抱きつくルカリオの頭をアイルは撫でる。その姿を見ていたワタルは「ずるいな」と呟いた。その声はやさしく、ルカリオにも愛情が向けられていることはアイルも重々承知済みだった。だから、わざとらしく、からかうような声で言う。

「もしかしてワタルさんも頭を撫でてほしいんです?」
「ああ、とても魅力的でね。うらやましい。ぜひやってほしいな」
 
途端にルカリオが小さく吠えた。ぐるぐると威嚇するように喉を鳴らし、じとりとした瞳が自身の領域を侵してきた男を刺す。それを受けてワタルは、わざとらしく肩を竦めた。

「わかっているよ。今はきみの番だもんな」
 
しかし恋人を取られたままなのは、男としていただけない。ワタルは身を乗り出し、アイルの耳元へくちびるを寄せ、囁く。リビングのソファにいる。落ち着いたら呼びにきてくれ、と。彼女が頷くと、ルカリオはまたうなり声をあげた。内緒話は気にくわなかったらしい。
 
しっかり者としての印象が強く、洗練された気質を持つルカリオのわかりやすい嫉妬にワタルはこらえれきれない笑いをこぼす。アイルが言うように、根っこの部分はリオル時代と変わらないことが垣間見えたからだ。

「ああ、でも」
 
いいことを思いついた、と言わんばかりの彼へ、ルカリオはぴくりと反応する。ただでさえ邪魔をされているのに、これ以上何をするというのだろう。剣呑な表情をワタルに向けた。重い視線が刺さっているというのに、ワタルは気にせず言葉を続けた。

「きみが混ぜてくれるのだというのなら、おれは大歓迎だけれど」
 
途端に「早くどこかに行け!」とばかりにバシンと動いたしっぽを見て、今度こそワタルは声をあげて笑った。
  
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