死の概念



 テュルキースバルト。木や植物に関連する種族が棲息する、緑豊かな国。今回の討伐内容は姿を模倣し食料を漁るマネルと、人々の怖いものに擬態すると言われているミラージュを殲滅すること。
 頭の中で学園から配布された情報を反芻し、魔物があふれていそうな森の中へ入った。街中ではすでに生徒たちが住民とマネルを見分け、偽物を討伐している。里へ降りたマネルは食べ物欲しさに田畑を荒らし、商いを邪魔して生活へ多大な影響を及ぼしてしまう。それが許し難いことであることくらい、私にもわかっていた。
 森の中は街中よりもさらに鬱蒼と緑が茂り、所々で交戦する音が聞こえた。マネルは人々の姿を模倣するが、戦闘力はほぼないに等しい。こうして激しく戦闘する音が聞こえるのは、ミラージュと接敵しているということなのだろう。
 自分の怖いもの。……何一つ、思い浮かばなかった。死という概念は私にない。心臓の魔力をためているコアが破壊され、そこから動力の魔力が消えたら体の動き自体は止まってしまうが、それでも誰かが魔力を注いでくれれば動き出せる。本質的な死はどこなのだろう。私の死は……。
「っ、!?」
 そんなことを考えながらぼーっとしていると、突然何者かが目の前に飛び出した。とっさに個体のデータをスキャンする。単純な視力が捉えたのは、まごうことなく私の姿だった。
「あー……う?」
 動かない表情、白いマスクの下から聞こえる抑揚のない声。赤い目の色が無感動に私を見つめていた。不思議と、本物の私よりその姿はアンドロイドのようだ。
 スキャンが完了する。やはり目の前の私はマネルだった。体の構造が私と同じもの、ならば弱点は一つだけ。左胸にあるコアを砕けば動きは止まる。背中の斧を手に取った。間合いを詰め、斧を振り上げて下ろす。
「あ、う、あああああああ」
 断末魔。私の斧は重くない。鋭さだけを突き詰めた、いわば斬るためにあるようなものだ。重さと腕力のない私の力だけでは、物理防御の高い私の体を一度に切り裂くことはできない。左肩から斜めに途中まで突き刺さった斧を引き抜き、もう一度同じところめがけて振り下ろした。
 どうやらマネルは痛みを感じるらしい。自分の体が引き裂かれていく姿を、やはり同様に無感情な目で見つめていた。
「……申し訳ありません」
 マネルの悲鳴もやがて収まり、その姿は元の猿のような姿に戻った。自分でも誰に謝っているのかよく分からないままその場を後にする。
 自分の体が壊れるところを、実のところ初めて見た。自分の体から噴き出すのは血液ではなく、黒いドロドロした油だった。自分の体が裂けた部分に見えるのは赤い肉ではなく、無機質な色をした配線だ。
 アイゼンで一人、放浪していた時からずっと私は体のどこかが千切れたことはない。油が手に入らず、寂れて動かなくなったところはあっても自分の体の内部を見たことはなかった。……見て気持ちのいいものではない、ということだけわかれば収穫だろうか。
 闇雲に森の中を歩き回るうちに、何やら少し騒がしい場所を見つけた。一人、ではない。ガサガサと物音の立てる空間に近づく。誰かいるのだろうか、と木々の間から眺めた次の瞬間、そこにはよく見知った姿。
「……茉紘!」

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