痛みが走る。とっさにかがんだおかげで、心臓を貫かれるのは免れた。左肩にざっくりと突き刺さった腕が抜ける時、あまりの痛みに出したことのない悲鳴が生まれた。
傷口から僕の炎が漏れていく。青色が目の端にちらついた。痛みで思い出す。目の前にいるのは……マツリカでマツリカじゃない。
とっさに目の前にあった彼女のブレスレットと落としたクナイをとった。金属のはずなのにすり減ったそれは、もう輝きなどどこにも見当たらない。力を入れれば折れてしまいそうなほど薄いそれを大事に手の中に包んでポケットにいれた。
「マヒロ……マヒロ」
うわごとのように僕の名前を繰り返す目の前の人だったものは再度攻撃しようと腕を振り上げた。鬼火を出現させる。これを目の前の人だったものに当てて燃やしてしまえばそれで解決するはずだ。わかっている。わかっているのに。
次の攻撃を避けるため横に転がった。制服が泥で汚れる。傷口に土が入りかけた。出現させた鬼火を傷にあて、じわじわと回復していく。完全にはできないけど、漏れる炎を止めるくらいなら。
一度僕に狙いを定めたそれは止むことなく僕の方へ向かってくる。……嫌だ。攻撃されるのが嫌なんじゃない。痛いのが嫌なんじゃない。
この手で、彼女を殺したくない。
僕にはできない。あの子だけは殺せない。ほかの誰を殺せても、殺せない。それがたとえ生ける屍でもだ。あの子の形を持ったものを殺すことなんてできない。
マツリカだったものを見る。顔は痩け、生前の血色はとうに失われている。左側、目から上がまるまるなくなっていて、左目は空洞だった。脂肪を失った顔がかろうじて形を保っている右目も不自然なほどに丸く、大きく、ぎょろぎょろと大げさに動きすぎている。大好きだった彼女の柔らかな長い髪の毛はもうほとんど面影を残していなかった。利き手の右腕を振り回し、足取りはたどたどしい。制服もボロボロでただの布切れみたいだ。露わになった胴体はところどころ肉が腐り落ち、骨がむき出しになっている。それでも僕には彼女がマツリカであることがわかった。声、顔、体つき。どれも面影を残している。
これは絶望に近い。僕にマツリカは殺せない。僕が生き残るためにはここから逃げるしかない。けれど、マツリカがここにいるということは他の生きている生徒に殺されることがあるということと同義だ。ここに彼女を残して僕が逃げれば、僕はまた……あの子を救えなかったことになる。
「マヒロ……マヒ、ろ」
声が一瞬、昔の彼女そのものに戻った気がした。
ポケットの中でブレスレットが揺れた。頭が痛くなるほどの腐敗臭に、涙がにじむ。こちらへゆっくり向かってくる彼女を正面から捉えた。どうして、誰がこんなことするの。懐から短剣を取り出す。両手に持って構えた。やりたくない。腕が震えている。刃先はブレブレだった。待って。彼女は近づくのをやめない。来ないで、マツリカ。……だれか、たすけて。
地面にヒビが入る。僕の目の前でそれが勢いよく姿を現した。目前にまで迫っていたマツリカの体を吹き飛ばしながら。ただ僕は呆然と、大きな口を開けながらこちらに向かってくる巨大な虫を眺めていた。