「ヘルデント」
木っ端微塵に破壊されたワームの塵の中から彼女の断片がいくつも覗いている。僕の目の前に落ちていた腕は、腕というよりただの骨みたいだ。ポケットの中にあったブレスレットを取り出す。
「なに?」
「空の国には行ってなかったでしょ?」
「うん」
拳を握りしめた。手の中でブレスレットがパキパキと音を立てて崩れていく。
「こんなことした元凶、誰か知ってる?」
彼、もとい彼女の口元を凝視する。少し言い淀んだヘルデントは、ゆっくりと口を開いた。
「トイ=テン=フェル。先生だよ」
*
ヘルデントと別れ、校舎の中にはいった。場所はすでに聞いている。足が早くなる。心の中は決して穏やかじゃない。息が切れるほど体を動かしていないのに息がはずみはじめた。
「……アンタ」
僕がその部屋に入った時、既に彼は僕の存在を把握していた。しかし声をかけてもなお、こちらを振り向くことはなく、ただ無言で上を見上げている。
周囲に生徒の姿も、魔物の姿もない。
「アンタがこんなことしたの?」
トイ=テン=フェルは何も言わず、瞳だけをこちらにじろりと向けた。
「死んだ命を、もう一度蘇らせてどうするつもり。得体の知れない虫を使役して何するつもり。どうして、自分が今までいた学園を壊そうとするの」
「……うるさい子だね」
「僕は絶対にアンタを許さない」
ずっと握りしめていた彼女の真っ黒なブレスレットを投げつけた。顔をしかめたトイ=テン=フェルに向かって駆けた。炎を取り出し、両手で巨大化させていく。これは僕の怒りの象徴だ。青は温度をあげ、もはや透明になりつつある。それでもなおほとんど表情を崩さないトイ=テン=フェルめがけて投げつけた。
その火力は、僕の貯蓄魔力の半分以上を使うほどの攻撃だったと思う。それでもあっさり僕の攻撃は彼によって弾かれ、むしろその反撃を食らった。数メートル後ろに吹き飛ばされ、背中が壁にぶつかる。息が一瞬止まった。
倒せるなんて思っていない。でも傷ひとつくらいはつけられると思っていた。ここ最近、僕は自分のことをすっかり勘違いしていた。僕は出来損ないだ。この学園の教師を、しかもここ最近の騒動の全ての元凶に近づくことすら叶わないなんて。……悔しい。マツリカの死体を無下にしたこいつが、許せない。
「……まだ、まだ……!」
立ち上がろうとした次の瞬間、目の前に誰かが現れた。匂いが、似ている。忍鬼の匂いがする。それは嗅覚で感じるものではない。視覚で感じる色でもない。なにか、それは炎で感じるもののような。言葉で表現するのは難しい。黒い煙が揺れている。まばたきすると二本の巨大な角がよく見えた。
「う、う」
やめろ、というように首を振っている。濁った炎が、目の前にあった。
「さっさと出ていきな」
立ち上がると角の大きい忍鬼は僕の腕を引いてふわふわ浮いていく。力はそこまで強くないが、影を引っ張られているような感覚がした。何度も振り返ってトイ=テン=フェルを睨みつけても、彼は僕の方など一度も見なかった。
「姉さん!」
静かな廊下に突如声が響く。思わず立ち止まった角の大きい忍鬼の隙をついて腕から抜けた。後ろにいたのは、これまで一度も僕に接触してこなかった弟であり後輩の亞だった。
「アンタ……」
「もう喋っていいかァ?」
「う、う」
男の声。僕たち忍鬼はかなり若い時期で成長が止まるから、声も幼いままのことが多い。亞は変異種で僕より少し成長しているが、それでもこんな声はしない。
「改めて自己紹介すっかァ?」
「誰、どこから喋ってるの」
「俺ちゃんはアクズミ。こっちは煤竹だ。まぁ、そう焦んな。俺ちゃんと煤竹の出会いから話してやっからさァ」
忍鬼集合。
ヘルデントくんちゃん( @r_playing_9 )を少しだけ。