ウィバオたち



 変な竜が二匹、学園上空に浮かんでいる。僕とアクズミを出会わせてくれた存在もそこにいた。僕は一体全体、感謝すべきなのか、怒るべきなのか、さっぱりわからない。今自分が何をすべきで、誰に従うべきで、どう動くべきなのかも、さっぱりわからないのだった。
 でも学園が危ない、と黒い竜がいう。
「チッめんどくせえことになったなァ」
 コラ、そういうこと言っちゃダメだよアクズミ。思う存分暴れられるし、知らないことが始まるし、わくわくしてこない?
 アクズミが体の中で笑うように蠢いた。くすぐったいよ、と言うと、今度は声をあげて笑う。
「ギャハハ! いいぜぇ、まだ暴れ足りねえもんなァ?」
 うん。それに僕は……ウーン。
「おや。煙の」
 何かアクズミに言いたかったことがあったのだけど、それが自分の中でうまく言葉にならなくて。言いよどんでいるとその声は飛んできた。森の中から現れた声の主は、奇妙な魔物を身に纏わせている骸骨。何度生徒に間違われて攻撃されたのだろうか、彼は不思議と少し疲れているように見えた。表情なんてどこにもないのに。
「あっテメェ物好きガイコツじゃねえか!」
「コツ! こんなところで出会うとは奇遇だね」
 愉快におきまりの返事をする彼は、ケタケタと笑った。不思議な人だ。なにもかもに興味があるように見えて、何一つ興味がないような人……否、骨。表情がないせいか、人間の口の骨が微笑んでいるように見えるせいか、彼はずっと笑っているような雰囲気を醸し出している。
「……ふむ」
 彼は空を見上げ、しばらく黙ったままそうしていた。小さく納得したような声を出すと、その穴のような目をこちらに向ける。
「どうして私たちはここに連れてこられてきたんだろうねえ」
 それは独り言のようにつぶやかれた言葉だった。
 しばしの沈黙がその場に流れ、彼は暗黒の虚をこちらにじっと向けたまま、指先一つ動かさなかった。僕もまた、彼の言い逃れは許さないかのような雰囲気にずっと動けず、ただぼんやりと彼の瞳があった場所を見つめた。
「……オイ」
 沈黙を破ったのは慣れていないアクズミだ。ガイは変わらない表情で続ける。
「君は考えたことはないかね? どうして自分が選ばれたのか。どうして魔界に行かねばならなかったのか。そしてどうしてまた、こうしてこの場所に戻ってきているのか」
「んだよわけわかんねえこと言いやがって」
 若干苛立ったかのような動きをしたアクズミは、煙の排出量をあげる。落ち着いて、と諭すと少しだけ煙は体の中に戻ってきた。
「本当にわからないことかね? 煤竹くん」
 その問いの意味を、考えるのに時間が必要だった。僕の頭の出来はよくないし、僕は何かを考えて動くことをほとんどしてこなかったのだから。僕は、どうしてウィバオに選ばれたのか? だってそれは、手が差し伸べられたから。僕は、どうしてここにいるのか? だってそれは、扉が開いたから。

 僕は、どうして学園に来たのか?
 だってそれは、お母様にそう言われたから。

 地面が揺れる。何かが地中から現れている。けれど僕も、ガイも、全く動じずただそこに立っていた。
「おいテメェ、余計なことで煤竹を惑わせてんじゃねえ殺すぞ」
「HAHAHA! いいぞ、やってみるかね。煙と水がぶつかったら、どちらが勝つんだろうねえ」
 やめて、アクズミ。
「うるせぇ黙ってろ煤竹。こんな奴の言葉に惑わされてんじゃねえよ」
 惑わされてないよ。
「これまではお前が誰かに左右されて来たのかもしれねぇ。でもな、今は違ぇだろ」
 ……そうかな。

「俺っちがあげただろ、お前が持ってなかったもん全部」

 もう、だいぶ遠い昔のことになってしまったね。
 僕が君に全部あげた日のこと。僕が君から全部もらった日のこと。苦しいこともたくさんあったけどね、ああ、でも今は僕、とても幸せな気がする。
「HAHAHA! それは、それは、素敵な物語だ。魔物に身を売ったものには許されないほどの幸福を君は持っているんだねえ」
 そうだよ。
「しかしね、煤竹くん。君はもう死んでいるんだ」
「オイ! テメェ!」
「これはくだらない余生。君が得た幸せは、元の君がどうやっても手に入れられなかったものではないのかね?」
 ガイはそういって僕に背を向けた。彼の物言いは、まるで幸せを知っているかのような口ぶりだった。彼の背中は相変わらず白く表情などどこにもなかったが、それでも僕には、とても寂しそうで悲しそうに見えて仕方がなかった。
「煤竹、攻撃するなら……」
 しないよ。彼もきっと仲間だから、向こうが仕掛けてこない限りはしない。
「いやね、煤竹くん、私は思うんだよ。しあわせも、かなしみも、にくしみも、死んでしまえば全て同じことなのだとね。君のしあわせは、本物かね?」

 その時、体の中でアクズミ以外のものが反応した。角から伝わるそれは、かつての仲間の危機。一人で危うく、死にそうになっていた彼の。
 ガイの質問には答えず、慌てて気配のする方向へと飛び立った。