一つの脅威



「レイ!」
 悲鳴のような、切羽詰まったような声と同時にその姿は見えた。
「シールド! ……くっ」
 アルミリアがいるのはわかっている。直後凄まじい爆風が襲った。俺の前に滑り込んだ彼女はとっさに無属性魔法でシールドを張る。咆哮とともに翼を横に凪いだゾンビドラゴンはケロリとしながらそのシールドごと吹っ飛ばそうとしていた。アルミリアも耐えるのが精一杯のようで珍しくその表情は必死だった。
「アル……ミリア、これは一体」
「ゾンビドラゴンです。一人で遭遇しました。逃げるのに精一杯で……!」
Dia della terra, Dia del cielo. Dare quel beneflcio天の神よ、地の神よ。我にその恩恵を与え給え
 巨大な腕が俺とアルミリアの上に影を作る。とっさに二人でその場を飛び退くと、先ほどまでいた場所には大きな穴が空いた。感覚的にわかる。俺はこの敵に対して不利だ。
 まだ実家にはついていない。ゲートでつながれた場所と実家はあまりにも離れ過ぎていた。どれだけ急いで走っても全くたどり着かない。場所はこの足が覚えている。見慣れていたはずの光景が、瓦礫に変わっていくのを歯を食いしばりながら駆け抜けていた。
「レイ、実家の様子は」
「まだだ」
「では行ってください」
 耳を疑うセリフだった。思わず彼女の横顔を見る。ずるずるとゆっくりその場をはいつくばるゾンビドラゴンの動向を探る彼女の瞳は真剣そのものだった。
「私に故郷はありません。あっても、自分に余裕がなくなるほど心配にはなりません。私に家族はいないからです」
 ゾンビドラゴンの口が開く。何かが飛び出してきそうな勢いだった。
Torreggiante muro di terra聳え立つ土の壁
「普段比較的温厚なあなたが余裕をなくすほど大切なら優先すべきです。私はここに至るまで逃げ続けました。きっとそのあたりに生徒のチームもいるでしょう。あなたがいなくても……」
「馬鹿言うな」
 土の壁はあっさりとゾンビドラゴンに突破される。すぐさま砂に戻ったそれらはなんの足止めにもならなかった。さてはこのドラゴン、木属性か。もしかしたら俺はここで足手まといになるかもしれない。下手すれば死ぬかもしれない。けれど、二人でも歯が立たない敵に対してたった一人のアンドロイドを残し逃げるなんて、一体誰ができると言うのだろう。
「アルミリア。強化してくれ」
「でも……」
「確かに実家は大事だ。でも友人を置いて逃げるなんて薄情なことできるわけないだろ! お前が死んだら俺はどうすればいい? どう責任を取ればいい?」
 その目を見張った表情は、心底意外とでもいうものだった。無言で俺の背中に手を当てた彼女から、魔力が流れ込む。血液が蠢く。魔力が増えていく。
「弱点はわかるか」
「今のところは。死体ですから粉砕以外に手はないのかと。それと、翼はあるもののさほど飛ぶ様子はありません」
 確かに目の前のそれは一切飛ぶ気配を見せない。飛べないというわけではないのかもしれないが、ゾンビドラゴンが歩いていた道はどんどん腐食していく。もしかしたら本能的に腐敗させていくのを目的としているのかもしれない。
 地上から動かないと言うのならそれでいい。そちらの方が楽なこともある。このゾンビドラゴンはここで食い止める。他に被害を与えるなんてことはしない。
Pioggiove il suolo雨垂れ土を穿つ
 ゾンビドラゴンの足元の土が根こそぎ消えたその瞬間、逆光の中から一つの人影が見えた。