その、守りたいもの

クオリア
ハウンド討伐03




 たどり着いた第五避難所は、たったの数時間で瞬く間に変貌を遂げていた。
 悲鳴。血。汚臭。瓦礫。怒声。
「な……ど、して……」
 さっきまで人々の安堵した表情で埋め尽くされていた。同じアイゼンの地につながっているから必ずしも安全とは限らないが、それでもかなり安全な地域に避難所を作っていたはずなのに。なんで、どうして。どうして……!
 大型ヘルハウンド二体は、それぞれ複数のテトイ生チームが応戦していた。できる限り被害者の方へ行かないように、むしろ反対方向へ誘導しつつ戦っている。こう見るとやはりテトイ生は優秀だ。
 だが、無事な避難者のさらなる避難と小型ハウンドの討伐、瓦礫の下から被害者の救出などは明らかに手が回っていないようだ。動かなくては。恐る恐る一歩、踏み出す。
「……っ」
 目の端に映ってしまった。信じたくない光景が。動け、怖がるな、動かないでどうする。鉄パイプを握り直して走る。ハウンドが四匹、人に群がっていた。足と手と使って一匹一匹のしていく。忘れていた。ハウンドも、ヘルハウンドも、人を食う。そのためにここにいる。
「大丈夫か、もう化け物はのし……た」
 うぅ、と唸ったその人は、頭から血を流していた。下半身は瓦礫に挟まり、身動きが取れないようだ。意識も朦朧としているのか、俺の言葉にちゃんとした返答はない。言い方は悪いが、普通の被害者だ。目の前にいるのが、ジジイじゃなければ。
「おい……おい、ジジイ。ジジイ、しっかり……しっかりしろよ、なあ」
 声が震える。今まで何人も何人も、生きるために殺してきたはずなのにどうしてこんなに怖いんだろう。誰か、助けてくれ。ジジイを助けてくれ。
「う……、クオ……リ、ア」
「ジジイ!」
 どうすればいい。考えろ。どうすればジジイを救える? ジジイを助けてくれる人の元に運ぼう。運ぶには、瓦礫をどかせばいい。できるか? 手でやっていたら時間がない。またハウンドが来るかもしれない。魔法で、やるしかない。
 手をかざす。集中しないと。落ち着け。深呼吸をする。
「クオリア……、逃げ、なさ……」
「うるせえよ」
「他の、人……」
「うるせえってば!」
 集中できない、心臓がありえないほど脈打っている。魔法もまだ使っていないはずなのに全然動かない。どうして発動できない。こういう時に、なんで……! 魔法を諦め、ジジイの上の瓦礫に手を伸ばした。動かせないことはないだろうが、ジジイの出血もひどい。急がないと。
「クソ……クソクソクソ!」
「い……か、ら。ワシはも、老い先……短い、どこで死んでも……」
「嫌だ! 俺があの学校を卒業するまで生きてろよ!」
 一つ、また一つと瓦礫を脇に投げる。
「他、の、救える……お前なら……」
「ジジイを救わないで誰を救うんだよ……っ」
 ひやりとした、しわがれた手が俺の足首を掴んだ。その力は弱々しかったが、無視できなかった。しゃがんでジジイの手をそっと握る。
「ありがとうな……すぐ、ジジイは逝くからの、他の、救える人を……救いな、さい、」
「嫌だ……嫌だよ……。なんでだよ、助けるから……なぁ」
 ジジイの顔が少し持ち上がって、俺をみた。その顔は微笑みをまとって、そして。弱々しく力の抜けていく手をすがるように握りしめた。やがて脈はなくなり、ジジイは動かなくなった。
 感情の整理がつかないまま、無言でジジイの上の瓦礫をどかしていく。最後の一つをどかした時、その下に見えたのは血まみれの下半身だった。
「クソ女!」
 ゆっくりと振り向く。息を切らせてこちらへ来るヴィンスの姿があった。
「あ、安心しろ! ガキはちゃんとこの俺様が送り届けてやったぞ! そのあとでまだここが混乱状態だっていうから来てやった……って、どうした?」
「いや。ガキ、ありがとな。ついでにもう一つ、頼まれてくれねえか」
 死体につられたのか、それとも血の匂いに敏感なのか。ハウンドたちがぞろぞろと周りに集まって来ていた。戦闘体勢に入ろうとするヴィンスをいなす。そっとジジイの亡骸を抱きかかえ、ヴィンスの方を向いた。
「この人を遺体安置所まで運んでくれ。絶対、傷つけるな」
「え……だ、だが、このハウンドたちは……」
「俺が片付ける。お前はその人を運んでくれればいい」
 差し出すと、ヴィンスは一瞬迷ったようにその亡骸を受け取った。想像してるよりも重かったらしく、奴の眉間にシワがよる。
「本当に大丈夫なのか、……クオリア」
「なんだよ、気持ち悪ぃな。いきなり名前呼ぶんじゃねえよ」
「な、こっちは真剣に心配してやってるんだぞ!」
「へーへー。犬っころに喰われねえうちにさっさと行けよ」
 納得していなさそうな顔のまま、ヴィンスは駆け出した。その後ろ姿を見届けて、ハウンドに向き直る。
「……かかってこいよ」
 一つ、雄叫びをあげる。声に反応したハウンドたちが一斉に飛びかかって来た。
 右。右手の鉄パイプで叩き落とす。一匹。すぐそばにあった瓦礫を鉄パイプに引っ掛け、宙に浮かばせると蹴ってハウンドたちに食らわせた。三匹。左。拳を握りしめ、ハウンドの腹に一発入れる。一匹。瓦礫の中から飛び出ている鉄骨を抜き、左手に持つとそのまま突き刺した。二匹。正面から迫るハウンド。右の鉄パイプと左の鉄骨を地面に突き刺し、その反動を利用して両足で飛び蹴りする。一匹。
 気づけば頬を一筋の雫が伝っていた。
 背後に気配を感じ、そのまま体をひねって左手の鉄骨で叩き落とした。一匹。どこから湧いて来るのか右と左両方から二匹ずつ。両手を広げ、一匹ずつ突き刺してもう一匹を一緒に叩き落とした。瓦礫をつたって女装二歩で飛び上がる。体が、軽い。この国はどこでも俺の庭だ。降下すると同時に四匹まとめて地面に叩き落とした。この国の空気が、俺の体を作っている。人々の血も、悲鳴も、魔物の汚臭も全てを含んだ空気が。
 もう一度雄叫びをあげた。どこからでもこい。ここで全ての化け物を駆逐してやる。文字にできない叫び声をあげてこちらへ飛びかかってくるハウンドに、駆け出した。
 頬を伝う雫が一滴、地面に落ちる。

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ミケちゃん(@jJSQNOnDxELEzOK)
ヴィンス様(@inuinu_1111)
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