08

 先ほどの不思議な現象を考えながら、通路を歩く。骸骨の声には母親が愛しい子供のことを話す時の、特有の優しさが込められていた。けれどどこかその声は寂しくて、後悔しているようなイメージもはらむ。なぜだろう。
 オリオラの光は辺りを明るく照らしてくれている。いつも猫背で足元ばかり見ている俺にとって、オリオラがいるだけで世界が光であふれているような感覚にでさえ陥る。
 けれど一つ、顔をあげれば少し前には漆黒の闇が広がっていた。近寄ってよく見ればわかる行先も、今この瞬間の場所からはわからない。
 こんなにも懐かしい気持ちになるのは母親の子を思う声を聞いてしまったからかもしれない。母はいつだって、俺に優しかった。



「レイは頑張り屋さんね」
 俺が四十歳くらいだった時のこと。母は俺の頭を撫で、いつもその言葉をかけてくれた。二十歳くらいの頃から俺は本を読むのが大好きだった。初めは小説や伝記。実際にあったりなかったりする話を読み漁っては空想の世界に溺れていた。父はそんな俺に出張先で手に入れてきた珍しい本をいつも買い与え、俺の読書を褒めた。もっと読め、それはいつかお前の糧になるから。父の口癖だった。
「母さん。今日のお話は、すごく怖い話だった」
 一日が始まって、すぐに俺は本を読む。大抵昼近くになると家庭教師が来て、俺に文字や歴史、数学など勉強を教えてくれていたが、それ以外の時間すら俺はずっと読書に費やしていた。
 そして午後。母と一緒に広い街中を散歩する。母の立派な翼は使わず、二人一緒に歩いていた。周りの住人たちはスイスイ泳ぐように飛んで俺たち二人を追い越して行く。その散歩の時間に、今日読んだ本の内容を母に伝えるのが日課だった。
「大きな怪物が一家を殺していくんだ、強い怨念を持って。復讐してやる……ずっと、そう言ってた」
 母は橙色の目をゆっくり細めて笑う。どんな本の内容を話しても母の反応は変わらなかった。
「そう。レイはどう感じたの?」
「すごく怖かった。怪物の元は……俺たちと同じ、ヒトだったから」
 そう、と母はまた相槌を打つ。この日は怖くなって、これ以上この話をするのはやめたのかもしれない。街ゆく人たちと挨拶を交わしたり、少し立ち話をしてまた屋敷に戻ったのだ。本当になんてことのない一日だった。
 そういえば、あの本は今どこにあるんだろう。タイトルすらも思い出せなかった。



 ぼんやりと昔の幸せな記憶を思い起こしながら進んで行くと、またこの遺跡の中ではどこにでもあるような空間にでた。
 空間の隅ではほのかに弱々しい光を出すオリオラが動けずに困っているようだ。どうにも、壁の一部が崩れた岩の間に挟まってしまったらしい。
 それほど重そうな岩でもないからそっとどかしてやると、オリオラの光は何倍も煌々と輝き辺りを照らした。
「ここにはオリオラ以外何もないようですね、レイ」
 あまり広くないその空間は、連れていたオリオラと隅にいるオリオラの光だけで全て見渡せるほどだった。特に何も見つけることはなくその場をそっと後にした。

※四十歳=人間でいう十三歳頃 二十歳=人間でいう十歳頃