理想郷


つないだ手から君の温度



 満10歳になるとバース検査を受ける。私はβだった。可もなく不可もなく今の時代を生きるには申し分なかった。αは荷が重いし、Ωは気苦労が多い。だからなんの不満も無く事件も無く今まで生きてきた。
 酔った勢いで知らん男と一夜を共にしてしまった。何も覚えてないけどこの人裸だし、私も裸でベッドの下には散らかった衣類。べたべたの体。本当にやってしまった。この人の名前も第二性も何にも知らないまま…。今帰ったら無かった事になるのでは?きっと相手もそういう関係を多く持ってるとかだろうし、うん帰ろう。爆睡してるからバレないだろう。
「ん」
「え…」
「うるさい、まだ寝れる」
「え、いや」
「寝る」
 ベッドを出ようとしたら『うるさい』と言われて無理やり戻される。何も言って無いのにうるさいってどういう事なんだ。帰らせて欲しい。でも体は怠くてベッドの心地よさと久しぶりに感じる人の体温に目が段々重くなってきて上がらなくなる。もういいか無害そうだし。起きてから考えよう、仕事休みでよかった。
 その後起きたのは昼過ぎで横でまだ男が寝ていた、よく見たらこの人凄い顔が整ってる。溢れ出すαな雰囲気。まぁたった一夜の関係だし良いか、とりあえず起こさないようにシャワー浴びて、最後まで寝てたら起こして帰るか。今度こそベッドから出て帰る支度をする。シャワーを浴びても男は起きなかった。
「あの」
「…」
「あの〜!」
「ぁ?」
「流石に帰ります」
「あ〜」
「お金半分おいて置くので…」
「お〜」
「じゃ、じゃあさようなら」
「っす〜」
 遊び慣れているからなのか凄い淡泊な人だったな。まぁでもそういうものなんかなぁαの人って。αなのかわかんないけど、βって感じもないしΩって事はないでしょ…え、いや最中の記憶全くないからそうとは言い切れない。いや私の腰がそうじゃないって言ってるわ。
 脳内で考え事ばっかりしていたら降りる駅を間違えそうになってしまって焦っているとスマホの通知音が鳴った。確認すると全く知らない名前のアカウントから、『帰れた?』とメッセージが届いていた。その文面から察するにさっきまで一緒に居た男だろう。私はバカなのか、なんで連絡先を交換してるだ。とりあえずもう家に帰り着く事と連絡先を交換した覚え、そもそも何で一緒に居たかも覚えがない事を伝えるとその人…葛葉さん?は少しあきれたようなメッセージを返してきた。
『お前それマジで言ってる?』
『すみません…』
『もう一回会って説明するから休み教えろ』
『何か重要な事が?』
『そう』
『わかりました、休みが分かり次第連絡します』
 本当に重要なことを私は忘れているようで、呆れているどころか少し怒っている様な気もした。だからこれは会わないといけないやつだと理解した。どうやら酒の勢いでそこら辺に居た人とホテルに入ったとかそう言うのではないようだ。忘れてしまっているのは申し訳ない。今後はやけ酒はしないようにしようと誓った。



個室がある居酒屋でまた葛葉さんと会った。ちゃんと起きてるこの人と話すのは記憶上は初めて。一回寝たくせに会話の方が緊張する。
「久しぶり」
「お久しぶりです」
「で?思い出せた?」
「全く…」
「だろうな、あん時めっちゃ酔ってたし」
「すみません」
「…本題なんですが〜」
「はい…」
「まず、お前と俺は運命の番」
「はい…?」
 何を言い出すんだこの人は。私はβだから運命なんて居ない。それがあるのはαとΩの間だけでしょ。αとβの間にはそんなの存在しない。まってこの人そもそも第二性は何?
「あの、葛葉さんて、αですか?」
「ん」
「私、βなんですけど」
「それを今から説明する」
「あ、はい」
 黙って俺の話を聞けという顔に仕方なく黙る。聞いていくうちにどんどん意味が分からない話になっていく。何で私がΩになるんだ。βに近いΩって何。そんなの知らない。
「意味が分かんない」
「だからもう一回検査行ってくればわかるって」
「そもそもそんなβに近いΩとか聞いたこと無いし」
「そんな公表されてないからな」
「わけわかんない」
「とにかく俺とお前は番」
「おかしい」
「試しにうなじ噛んでやろうか」
 そう言うと葛葉さんの口が開いて立派すぎる犬歯が覗く。それが突き立てられたらきっとうなじからは血が出る。そして本当に番になってしまう気がして咄嗟にうなじを手で覆った。そう言うの試したらダメでしょ。
「とりあえず、再検査行く」
「そうします」
「あ、あと腹減ったから飯頼んでいい?」
「どうぞ…」
 本当にこの人マイペースというか何というか。αの人ってもっとこうきっちりしてると思っていたからなんかこういうタイプの人もいるんだなって。食べ方ちょっと汚いしスプーンの持ち方おかしいし。本当にαなのかな、初めてこんな話しやすいαと喋ったなぁ。
「今日から帰り気をつけろよ」
「何でですか?」
「チョーカーしてないから」
「いや、私はβだから」
「再検査」
「わかりましたって」
 結局その日何度も再検査と言われたので次の日に病院を予約した。中学生以来の検査だがβはβだから、結果が出れば彼も納得するだろう。


 彼の謎の自信はどこから来るのか。私はちゃんと国からβだと診断されてるんだけど。絶対βって言われるに決まってる。そう自分の中では確信をがあったのに郵送された検査結果にはΩ(特例)と書かれていた。その下に長ったらしく何か書いてあるが何も分からない理解できない。10年以上βとして何不自由なく過ごしてきたのに今更第二性が変わって、どうすればいいのか本当に分からない。気づけば彼に連絡していた。息も絶え絶えで彼が家に来るのを待つ。こんなことになると思っていなかった。自分の家を教えるつもりも無かったのに聞かれたら口からするすると出て行った。インターホンが鳴り響く。よろよろとドアを開けに行く。
「大丈夫かよ」
 心配する声に何かが落ちる。さっきまで泣きはしなかったのに、もうダメだった。たった一回寝ただけの男に何故か安心してしまう。
「おいまて、泣くんか」
「うぅ…」
「わかったわかった」
 何も話さないで私の頭ぎこちない感じでぽんぽんする手。もっと涙が出る。漠然とした不安が押し寄せてきて彼に抱き着く事しか出来なかった。


死にそうな声で「Ωだった」と連絡が来た。そりゃそうだよな昨日全然信じて無かったし。βとして生きてきたのにいきなりΩなんて言われたらそうなるわ。咄嗟に家に行くから住所教えろって言ったらすんなり教えられた。こいつ危機感あるんか。
「その紙、診断書?」
「うん」
「ちゃんと見た?」
「Ωってとこしか見てない」
「俺が見る」
「…うん」
 床に放り投げられた診断書。そこにはΩ(特例)と書かれていて、くそ長い説明。読むのめんどいなって思ったけど。見るって言ったし。仕方ないか。
 そこに書いてあったのは限りなくβに近いがΩに分類される〜とか、運命の番が現れるとヒートなどを起こす可能性があるとかなんとか書いてあった。結局はΩであるって事だろ。
「だから言ったろ、お前はΩで俺の番だって」
「なんでそんなに自信満々なの」
「…勘?」
「なにそれ」
「で、これからどうすんの」
「…わかんない」
「まぁそうだよな」
「ヒートとか来るかもしれないって書いてあった?」
「そう」
「だよね、どうしよう」
「とりあえず明日、チョーカー買いに行くしかないな」
「そう、だね」
「今日は寝ろ」
「…帰る?」
「…わかった、帰らん」
「ありがとう」
 お泊りはやばいだろって内心思ったけど。そう言われると帰りづらいし、何があるか分からないから一緒に居た方がいいのは確かだ。今回の人生こそ添い遂げられるようにしたい。結局その日は二人で狭いベッドでどちらからともなく手を繋いで寝た。




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