04-03

「ちょうどいい。若桜には言っておきたいことがある」
「……綾崎くんのこと?」

 それしか思いつかなくて聞くと、立花くんは頷く。

「翼が人間嫌いになった理由を知っているか?」
「……知らない」

 聞きたくても、綾崎くんの領域に土足で入ることになるから聞けなかった。
 本人から直接聞きたいけど、立花くんの視点で聞くのもいいかもしれない。

「翼の母親……恵さんはイタリア人のハーフだ。つまり、翼はクオーターになる。生まれながら異国風の色を持っているせいで、あいつは幼少期から気味悪がられた。子供は自分と違うものを嫌うから、翼はその対象になりやすかった」

 ……それはわかる。紅羽も母親譲りの瞳のことで、幼少期は苦労したから。

「小学生になってもそうだったが、だんだん整った容姿が顕著けんちょになってきた頃に、上級生の女から好奇を向けられるようになった。それが気に入らない男からは嫉妬を向けられるようになった」

 幼い頃からそれはキツイ。子供心に深い傷を与えてしまう。

 無意識に眉を寄せてしまう私に、立花くんは続ける。

「中学に上がって、それが露骨ろこつに増えてきた。女からびを売られ、男から嫉妬や忌避的きひてきな態度をとられ、翼は孤立していった。そのせいで翼は他人を信用できなくなり、他人が嫌いになった」

 これが、翼の過去だ。
 そう締めくくった立花くんは麦茶を飲む。

「若桜はこれを聞いてどう思う」
「……うーん……」

 なんて思うと言われても……偉い? よく頑張りました? ……いや、それは違うよね……えっと……。

「……可哀想とか思わないのか?」
「え、思わないけど」

 あっさり答えると、立花くんは目を見張った。

「同情とか嫌いなの。可哀想って言葉も、人の心を傷つけるから」

 人のプライドを傷つける。それだけはしたくない。

「それに、人間不信で人間嫌いになっても、ご両親や立花くんには心を開いているでしょう? 完全に嫌いになっていないなら、本人も努力次第で克服できると思うし。それに、立花くんが支えたからこそ、今の綾崎くんがいるわけだし……」

 それを踏まえて感想を言うとしたら……。

「強いて言うなら……お疲れ様? かなぁ……?」
「……くっ、はははっ!」

 言い終わったところで、立花くんが突然笑い出した。

 え、何、どうした。私、変なこと言った?

 膝頭に手を置いて、腹を抱えそうなくらい猫背になって笑う立花くん。

「……何がそんなに面白いの?」
「ははっ! ああ、面白いさ。今までそんな感想を言う奴はいなかったからな」

 ……てことは、私が初めて? でも、そんなに笑うことなのかなぁ?

 ひとしきり笑った立花くんは、姿勢を正すと私に向いて目を細めた。

「……翼が気に入るだけある」
「え。綾崎くんが?」
「さっき言った通り、翼は女に媚びへつらわれたせいで女嫌いにもなった。けど、若桜はたった一晩で翼に気を許されただろ? 十分気に入られている証拠だ」

 ……言われてみれば確かにそうかも。
 人間不信で人間嫌い、しかも女嫌いなら、女の時点で私はアウトだったはず。
 でも……私に気を許してくれた。

 嬉しいけど……どうして?って思う。
 疑問に思う私に、立花くんは小さく笑った。

「若桜が今までの女と違うからだろうな」
「……そうかなぁ? 私、どこにでもいる普通の女子なのに」
「普通の女子は、教員に対してあそこまで言い返さない」

 それ、今日の英語の授業のことだ。うわぁ、忘れてほしい……。

 苦笑いを浮かべていると、紅羽と綾崎くんがリビングに入ってきた。

「笑い声が聞こえたけど……怜、何か言った?」
「……感想を言っただけ」

 あまり公にしていいことじゃないから伏せて返す。
 首を傾げる紅羽を一瞥いちべつした立花くんは、麦茶を飲み干すと立ち上がった。

「俺達は帰る。若桜、翼をよろしく頼むよ」

 ひらり、手を軽く振ってリビングから出ていく立花くん。

「……俺も帰るよ。兄さん、そろそろ帰ってくると思うし」
「あ、うん。気を付けてね」
「ん」

 食材を入れたスーパーの袋を持った紅羽も家から出て行き、静かになった。

 なんていうか……嵐みたいな一時だったな。


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