日常編 * 不思議な少女 *


 夏休みはお隣さんであるアルドとティートに会って遊んでいた。遊ぶといっても、ほとんど鍛錬だけどね。
 でも、その方が充実していた。


 そんな感じであっという間に夏休みが終わり、とうとう二学期が訪れようとしていた。
 その前に隣町の黒曜に行って、黒曜じゃないと買えないものを購入した。
 上機嫌で帰ろうとしたけど疲れちゃって、近くの公園で一休み。

「ふぅ……ん?」

 ベンチに座って足を伸ばす。すると、膝の上に白猫が乗った。

 か、かわいい……! 何この人懐っこい猫ちゃん!

 内心で悶え、優しく頭を撫でてあげる。
 頭を軽く掻いてあげれば、ゴロゴロと喉を鳴らして心地良さそうに擦り寄る。
 無意識に頬が緩んで和んだ。

「あ……」

 そんな時、消え入りそうな声が聞こえた。
 顔を向けると、黒いロングヘアに丸い瞳の美少女がいた。
 同い年くらいの大人しそうな子は、私の膝の上の白猫を見てモジモジしていた。

「……撫でたい?」

 小首を傾げて訊ねると、美少女は頬を赤く染めて頷いた。
 ……やばい。この子も滅茶苦茶かわいい。

 手招きすれば恐る恐る近づいて、私は白猫の前に手を向ける。

「こうやって一度匂いを嗅がせて、触ることを許してもらうの」
「う、うん……」

 控えめに頷いて、私の隣に座って白猫に右手を差し出す。
 すると白猫は少女の指を舐めて、触ることを許した。
 恐る恐るだけど、そっと撫でた少女は嬉しそうに微笑む。

 わぁ、微笑むと、より美人になるんだ。

「……あの、名前」
「ん? あぁ……氷崎祈だよ」
「私は、凪」

 ……凪? もしかして、霧の守護者になる子?
 そういえば、どことなく面影が似ている。

「凪は黒曜に住んでるの?」
「うん。祈ちゃんは?」
「並盛。今日は買い物で来たの」

 そんな他愛ない話をして、気づけば30分ぐらい経っていた。
 ほのぼのとした時間が過ぎていき、気が済んだ白猫は私の膝から降りて去って行く。

「あ。ねえ、凪。今、暇?」
「え……うん」
「じゃあ、近くでお茶しない? もう少し凪と話したいから」

 これは本当。もう少し凪と話していたい。
 申し出ると、凪は嬉しそうな顔で頷いた。


 近くのケーキ屋も兼ねている喫茶店に行って、ケーキを選ぶ。
 凪は紅茶味のシフォンケーキとフルーツケーキで迷っていた。

「じゃあ、ガトーショコラと紅茶のシフォンケーキ、それからフルーツケーキ」
「えっ」

 驚く凪に、私は笑う。

「一緒に食べよう?」
「あ……ありがとう……」

 うん、眼福。嬉しそうに笑った凪に癒される。
 私は犬も好きだけど猫派。凪も猫派で、白猫や黒猫が好き。
 ほのぼのと雑談しているとケーキが来て、私達は一緒に食べたいケーキをつついた。

「私……こういうお店、初めて」
「え、そうなの?」

 意外だった。いいところのお嬢様のように見えるのに。
 あ、でも家族関係は希薄だって知識にあったな。

「私はゆっくりするために一人で来るよ」
「一人?」
「うん。誰かといると落ち着かなくて……」

 どうしてもゆっくりできなくなる。
 周りのペースに合わせて、手早く食べ終わることもある。だからゆっくりできない。
 まぁ、凪は別かな。

「でも、凪は一緒にいて落ち着くから」
「……本当?」
「うん。こうして誰かとゆっくりできるのって、初めてだし」

 笑顔で言えば、凪は嬉しそうに頬を緩める。

「だからね、凪と友達になりたい」
「……友達……?」
「うん。女の子の友達って少ないから。友達といってもほとんど会わないし」

 京子はいい子だけど、最近は会わないし、会ったとしても、何を話せばいいのかわからない。
 その点、凪は傍にいて落ち着く。和むし、ゆっくりできる。

 ここまで波長が合う子は初めてかもしれない。
 私にはいっぱい秘密があるけど、凪なら大丈夫かもしれないという希望がある。
 話すのは先延ばしになるけどね。

「いいかな?」
「……うん。私からも、お願い」

 少し恥ずかしそうに頬を赤くして言った。
 何このかわいい子……胸がキュンとしたよ。

 それから私達はメアドを交換して、ケーキ代は私が払って別れた。


◇  ◇  ◇



 家に帰って買ったばかりのストーンビーズを机の上に置く。
 これは黒曜にある専門店じゃないと買えないもので、ちょっと値が張るけど上等なものが多い。
 これで綱吉に誕生日プレゼントを作れる。誕生日まで頑張ろうとワクワクしていると、部屋の扉からノックが聞こえた。

「はーい」

 声をかけると入ってきたのは、綱吉だった。
 驚きのあまり固まったけど、すぐに我に返る。

「うちに来るなんて久しぶりだね。どうしたの?」
「……祈、ごめん」

 突然謝りだした綱吉に目を丸くする。

 ふむ……綱吉も追い詰められていることもあるのか。
 ベッドの縁に座って隣を叩くと、綱吉は私の隣に座る。

「どうしたの?」
「……オレの家に居候がたくさんいるから、誘えなくなって……」

 ……あぁ、そうか。

 今まで私を家に誘って、一緒に夕飯を食べていた。
 時々泊まって、一緒にゲームして、一緒に話して。そんな穏やかな日常を過ごしていた。
 だけど、綱吉に家庭教師がついてから穏やかな日常は消え去った。
 綱吉も残念がってくれている。それがとても嬉しくて、同時に安心した。

「綱吉は悪くないよ。でも、騒がしいのは嫌だなぁ」
「あー……祈は騒がしいの苦手だもんな」

 眉を寄せて笑う綱吉。この子も気苦労を抱えているもんね。
 疲れている綱吉に察して、そっと頬に手を当てる。

「大丈夫?」
「え……」
「何だかつらそうだから……何か無理してない?」

 いつもの綱吉なら、こんな疲れ切った顔はしない。
 言った途端、綱吉は泣きそうな顔をして私に抱きついてきた。
 突然のことに驚くと同時に、顔が熱くなる。
 恐る恐る頭を撫でてあげると、強く引っ張られてベッドに倒れた。

「わっ、え?」
「ごめん。少し、このままがいい」

 そう言って私の首筋に顔をうずめる。
 首にかかる吐息と、頬に当たるツンツンとした髪がくすぐったい。
 しかも私を強く抱きしめているから、かなり密着している状態で……。

「……なあ。学校で見かけたけど、一緒にいる男は何?」
「え、友達だけど」
「祈の“力”のこと知ってんの?」
「うん」

 即答すると、更に密着する綱吉。
 苦しくなってくると、首元に柔らかい何かが当たった。

「んっ……う?」
 チクッとした小さな痛み。ぢゅっという音が耳に入って、何が何なのかわからなくなる。
 もぞもぞと身じろぎした綱吉は私に覆い被さって、目を据わらせていた。

「好きなの? そいつ」
「え? いや……普通だけど。どうしたの?」

 綱吉の行動が読めない。こんなの初めてだ。
 不思議になって訊ねると、綱吉はどこかつらそうな顔をして私の胸に顔をうずめた。
 恋人でもないのにこんなことをされると恥ずかしいけど、でも綱吉の心を優先したい。

 しばらく頭を撫でてあげていると眠くなってきて、睡魔に負けて瞼を閉じた。


 小さな寝息が聞こえた。体を起こすと、祈は無防備に寝てしまっていた。
 こんなに無防備になるのは幼馴染の特権だけど、オレはそれが嫌だった。

「好きだ、祈」

 初めて出会った時から惹かれて、過ごしていくうちに恋心になったことを、祈は知らない。
 オレがこんなにも祈に惹かれて、邪(よこしま)な感情を持っていることも。

 早く手に入れたい。祈の心を。
 滾る想いを抑えきれないオレは、桜色の唇をそっと塞いだ。




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