日常編 * リーダー登場 *
12月に入って、凪の誕生日が過ぎた。
綱吉の誕生日にはケーキとストーンビーズで作った王冠(クラウン)のシルバー付きストラップをプレゼントした。
これを渡した時の綱吉はとても喜んでくれた。達成感から私も嬉しくなって、次の誕生日が楽しみになった。
その前に、クリスマスもある。
でも、綱吉とは過ごせない。綱吉は友達と一緒にいると思うから……。そう思うと、ちょっと寂しかった。
「はぁー……」
「祈、どうした?」
昼休み。学校の教室で机に突っ伏しているとアルドが訊ねてきた。
「アルドの誕生日って6月だったよね?」
「あぁ、6月8日」
「ティートは?」
「8月21日」
ピシッと固まってしまう。
え、夏休みの時? どうしてもっと早く訊かなかったんだ!!
頭を抱えて突っ伏す。そんな私にアルドは苦笑して言った。
「オレ達にそんな気遣いはいらないよ」
「や……お世話になってるし……」
護衛という面倒で暇なことをしてくれているんだから、お礼くらいしたいのに……。
「だったら、誕生日じゃない行事にお菓子を作ればいいよ」
「……それでいいの?」
顔を上げれば、アルドは笑顔で頷く。
次の行事はクリスマス。今年の二学期の終わりは21日の金曜日。クリスマスになるまで時間はたっぷりある。
そんなことを考えていると、教室に誰かが駆け込んできた。
「アルド!!」
駆け込んできたのはティートだった。
いつもおっとりと落ち着いているのに、今日は鬼気迫るような必死さがある。
いつもと違うティートの様子に気づいたアルドは不思議そうに問いかける。
「ティート? どうしたんだ」
「隊長が来る!」
ティートが叫ぶように言った瞬間、アルドは衝撃が走ったように固まる。
口をあんぐりと開けるなんて……アルドのこんな顔、初めて見た。
「早く逃げっ……!」
――ガシッ
突然、ティートの頭を誰かが掴んだ。
「この私から逃げられると思っているのか、ティート?」
凛とした女性の声が辺りを支配する。
ティートは油をさしていないブリキのおもちゃように、ギギギ、と音を立てて顔を向ける。
「め、滅相もございませ……いたたたたっ!」
ギリギリと握力だけで頭を締め上げられているティートは悲鳴を上げる。
これがアイアンクロー……! すごい、初めて見た……!
感動していると、扉の影からスーツ姿の女性が現れた。
シニヨンに纏められたプラチナブロンドは艶やかで、凛々しいエメラルドグリーンの瞳は宝石みたいで綺麗。体躯もナイスバディ。とても若々しくて美しい彼女は……。
「女神様……?」
「アイアンクローをかける女神がいるか!?」
アルドに突っ込まれてしまった。いや、だって本当にそう見えるんだもん。
改めて女神様を見ると、彼女はずんずんと近づいてきて……。
「ヤダもうこの子かわいいじゃないか!」
「へ? えっ、にゃー!?」
ガバッと抱きつかれた。
え、抱きつかれた!? 何で!? しかも力強い! 香水も柑橘系の優しい香りで……って、私は変態か!?
「か……かわいくないです! かわいいはあなたのような人を言うんです!」
「しかもすごくいい子!」
ねえ、聞いて!? ていうか放して!?
「た、隊長……それ以上は……いっでえええっ!」
バチィッと物凄い音が響いた。
一瞬だけだったけど、女神様がアルドをデコピンした。え、デコピンであんな音が出るの?
アルドは痛みから両手で顔を抑えて俯き、あー、とか、うー、と呻く。
「普段から一緒に学校に行けるお前達にはわからないだろうな。聞けば手作りのお菓子まで貰っているそうじゃないか。羨ましすぎるぞコノヤロウっ」
……えーっと、アルドとティートが『隊長』って言っていたから、この人が二人の上司にあたるんだよね。
初対面なのにどうしてここまで知っているの? ていうか、何で羨ましいの?
「えーっと……女神様は二人の上司なんですか?」
「……女神? そう見えるのか?」
「え、はい。綺麗だし、美人だし」
そこまで言うと、今度は頬ずりする勢いで抱きしめてきた。く、苦しい……!
「まさに小動物じゃないか。それにしても、なぜ眼鏡をしているんだ?」
「えっと……お母さんの言いつけで……」
答えると、女神様は納得したように頷いて離れた。
「確か今日は午前中だけだったな」
「あ、はい……」
今は昼休みだけど、もう放課後だ。残っているのは、さっきHRが終わったばかりだったから。そろそろ帰ろうとしていたところで、女神様が登場したのだ。
「なら、行くぞ」
「へ? わっ……!」
女神様が私の荷物を持ったと思えば、私の手を引っ張って歩き出した。
ご、強引な人だなぁ……。
学校から出てバイクで到着したのは、アルドとティートの家。
綺麗な塗装を施した2階建てで、私の家と同じくらい広い。庭も広いから、夏休みはそこで鍛錬していた。
女神様にリードされて上がるとリビングに入って、女神様は紅茶を淹れだした。
「えっと……」
「あぁ、まだ名乗ってなかったな。私はセレーネ・ヴィヴァルディ。お前の護衛隊長だ」
凛とした笑みを湛えて名乗ったセレーネさんはかっこよかった。
「氷崎祈です」
「敬語はいらない。私と祈の仲だからな」
穏やかな微笑みで言ったセレーネはすごく綺麗だから見蕩れてしまう。
セレーネは紅茶を入れたティーカップをテーブルに置いた。おそらく私の分だろう。
ありがとう、と礼を言って一口飲むと、ふわりと柑橘系の風味が口の中に広がった。
「おいしい……レディグレイ?」
「好きな紅茶だと聞いたからな。口にあってよかった」
ふっと笑ったセレーネはソファーに座る。私もソファーに座って、紅茶を飲む。
「そろそろ眼鏡を取っていいだろう」
「あ、うん」
そういえばかけたままだった。
セレーネに言われて眼鏡を外すと、彼女は感嘆の吐息をこぼす。
「綺麗な瞳だな。まるで澄みきった海のようだ」
「あ……ありがとう」
ここまでストレートに言われるのは初めてだ。
照れくさくてはにかむと、セレーネは口に手を当てた。
「セレーネ?」
「あ、あぁ……」
ごほん、と咳払いしたセレーネは凛々しい表情で私を見据える。
「私は滅多にこちらに来れない。だが、約束しよう。お前は命に替えても守ると」
……どうしてそこまで言えるのか。私は異端者なのに、どうして……。
「祈がいくら強くても、超能力を持っていても、雪の資質を持っている以上、苦難がつく。私達はそのサポートをする任務を課せられているが、正直に言うと、そんなものはどうでもいい」
「えっ……」
どうでもいいって……どうして?
ボンゴレ9代目は『雪』の価値だけで私を選んだはずなのに……。
戸惑う私に、セレーネはふわりと笑った。
「覚えていないかもしれないが、私は祈に救われたことがある」
救った……? いつ? どこで?
驚くと、セレーネは苦笑する。
「母親に連れられてイタリアに来たことがあるだろう」
それを言われて、思い出す。私がまだ小学生だった頃、イタリアに行ったことを。
あの時、お母さんとはぐれてホテルに戻ろうとした時、銃声が聞こえた。気になって路地裏に行くと、ある女性が複数の男に撃たれて倒れていた。私はそれが許せなくて、超能力で男達を倒した。そして、女性の怪我を癒してホテルまで瞬間移動(テレポート)して匿ったんだ。
「あの時の……?」
「……覚えていてくれたのか?」
「うん。私の能力を見ても受け入れてくれたから」
恩人を怖がるわけがないって言ってくれた。
すごく嬉しくて、涙を浮かべて笑いながらお礼を言ったことも覚えている。
「約束しよう。必ず祈を守り通すと」
「……でも、命に替えないで。死んだら私も悲しいから」
心からの願いを言うと、セレーネは泣きそうな顔で「ああ」と微笑んだ。