傍観する異端者
学校初日の午後の授業を休んだ湊。
理由は雲雀恭弥に襲われたから。それを教師に話せば休むようにと言われたのだ。
結果、体育の授業は見学になってしまい、暇を持て余した。
とはいえ体育に必要な体操服がなかったので、この場合はありがたかった。
転入から翌日の朝、早めに登校した湊は教室が騒がしいことに気づく。
教室に入れば近くにいる男子生徒が話しかけてきた。
「和崎! ダメツナがパンツ姿で告白した話し、知ってるか?」
「いや……ていうか、ダメツナって?」
「うちのクラスの沢田綱吉ってゆーんだけど、勉強も運動もダメダメだからダメツナなんだ。それがまさかヘンタイだったとはなー」
面白そうに話す彼に嫌悪感を持った湊。しかしそれを表に出すことはなかった。
「……そうか。確かにそうだな」
無表情で、ツナを罵ったクラスメイトに上辺だけ同感した。
席に鞄を置くと同時に教室の扉が開く。顔を向ければ、青い顔の沢田綱吉が入ってきた。
「パンツ男のおでましだー!」
一気に騒ぎ出すクラスメイト達。
男子生徒は面白そうに冷やかし、女子生徒は見下すように笑っている。
朝から無駄に騒ぐ彼らに気分が悪くなった湊は溜息をつく。
「持田センパイからきいたぞーっ。めいっぱい拒絶されたんだってなーー」(ばっ、ばれてる〜〜!!!)
さらに顔を青くするツナ。逃げようとするが、教室の外には袴を着た剣道部の部員が待ち構えていた。
逃げることは許されないようで、ツナは部員に担がれて道場へ連行された。
クラス全員は野次馬として教室から出ていく。見送った湊は胸の奥に生じた嫌悪感に顔をしかめる。(下衆すぎるのも困りようだな)
この騒動の首謀者である持田剣介も、ツナがやられるところを楽しみにする生徒も。
湊は見に行きたくなかったが、そうも言っていられないので道場へ向かった。
「きやがったな変態ストーカーめ!! おまえのようなこの世のクズは神が見逃そうが、この持田がゆるさん!! 成敗してやる!!!」
「そんなあっ」
胴着を身につけている持田は気取ったように宣言した。
青ざめて震えるツナは今にも逃げ出したかった。
「心配するな。貴様のようなドアホでもわかる簡単な勝負だ」
竹刀を向けて嗤う持田の顔はあくどい。
「貴様は剣道初心者。そこで10分間に一本でもオレからとれば貴様の勝ち! できなければオレの勝ちとする! 商品はもちろん、笹川京子だ!!!」
野次馬と化した群衆の中にいる美少女に竹刀を向けて宣言した持田の顔は、いわゆる下衆顔だった。
「しょ、商品!!?」
「最低の男ね」
ムッとする美少女こと笹川京子は文句を言いたかったが、親友と友人に取り押さえられて行くことができない。
京子と持田はただの委員会仲間。それ以上でもそれ以下でもない。それがまさかこのような事態を招くなんて思ってもなかった。
天然である彼女は恋沙汰に疎く、持田が好意を寄せていることなど知らない。それをいいことに持田は恋人気分を味わっていたのだ。
まさしく小物。低俗で下劣な男だった。
湊は剣道部の部員が持っている竹刀と防具を見る。二人がかりでやっと持てるほど重そうで、ウェイトを仕込んでいることは一目瞭然。しかも審判も持田の息のかかった部員。
見るからに不正。相手は非力な少年だと言うのに、明らかに卑怯な手を使っている。
「……下衆にも程があるな」
ぽつりと呟いた湊は、道場から出ていくツナを見送る。
彼が逃げるのも無理はない。こんな虐めは誰だって嫌に決まっている。
愉しんでいる野次馬の神経も理解できない。目の前で誰かが傷ついて平気なのか。(……オレも、人のこと言えないけど……)
感傷的になった湊は瞼を閉じて、脳裏に浮かぶ映像を視た。
異能の一つ、小鳥の守護霊による偵察能力でツナの様子を視ているのだ。
小鳥、オオルリのラズリ単体の能力は防御と偵察。
群衆がいる反対側の壁に凭れて瞼を閉じ、脳裏に浮かぶ彼を見守っていた。
肩を落として廊下を歩くツナ。そこにロープが彼の足首に引っかかり、男子トイレに引き摺り込まれる。壁際に逆さ吊りにされた彼は、目の前にいる小さな黒い塊に目を見開く。
オレンジのアクセントが付いた黒いボルサリーノを被り、黒いスーツの上に黄色いおしゃぶりをつけた赤ん坊。
最強の赤ん坊、アルコバレーノの一角を担う、殺し屋リボーン。
懐かしい裏社会の人間に、湊は柳眉を寄せる。
偵察能力で観察していると、リボーンは愛銃チェコ製CZ75の1STをツナに向けた。
そして――引き金を引いた。
額を撃ち抜かれて倒れるツナ。しばし待つと、虫の脱皮の如く死体を破って復活した。
額に荒々しい炎を灯し、下着一枚の姿で。
「ぅぉおぉおっ」
湊は偵察能力を解いて現実に意識を戻すと、ちょうど雄叫びが聞こえた。
「いざ! 勝負!!!」
道場の入口へ目を向ければ、鬼のような形相のツナが入ってきた。
悲鳴を上げる群衆。それに構わず突っ走るツナは無防備のまま持田に立ち向かう。
驚く群衆に、唾を噴き出すほど高笑いする持田。
「ギャハハハ、裸で向かってくるとはブァカの極みだな!!! 手かげんするとでも思ったか!! 散れ!! カスが!!」
振り上げた竹刀をツナの顔面に叩き落とす。
痛みに小さな悲鳴を上げたツナ。だが、気合で押し返して――
「だあ!!」
竹刀越しで頭突きした。
死ぬ気による頭突きは強烈なもので、持田は白目を剥いて仰向けに倒れる。
ツナは彼に馬乗りになり、手刀を掲げた。
「うおおぉっ」
「ぎゃっ」
面を打つ気だと誰もが思った。しかし、不釣り合いな音が聞こえた。
べりっという、何かを引っこ抜くような……。
「100本!!! とったーーっ」
ツナの手にあるのは持田の前髪だった。
要は頓智だ。持田は何を一本とるか言っていない。そこで争いが嫌いなツナは本能的に相手を傷つけるのではなく、相手の髪を抜くことで勝負を決めようとしたのだ。
どっと湧くように笑いだす群衆。
ツナは審判に前髪を突き出すが、彼は青ざめて硬直した。
「ちっくしょ〜っ。うおおおおっ」
ツナは一心不乱に持田の髪を引っこ抜く。
髪を抜く。それは頭皮に多大なるダメージを与えるということ。
髪を全部抜かれた持田は痛みのあまり泡を吹いて失神してしまった。
「全部本」
「赤!」
次は我が身だと本能的に理解した審判はすぐさま旗を揚げる。
「旗が…あがった…」
「スゲェ!! 勝ちやがった!」
正気に戻ったツナに駆け寄る群衆。
さっきまで罵っていたくせに手の平を返すような行動に、湊は眉間にしわを寄せた。
だが、これでよかった。今まで誰かの中心に立ったことがないツナが一歩を踏み出したのだから。
「原作の始まり。もう逃げられないよ、沢田綱吉」
この先のシナリオを知っている湊は、ぽつりと嘯いた。
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bkm