退屈な球技大会

 和崎湊が転入して間もない日に、球技大会が開催された。
 学年ごとに競技の内容は変わる。1年生の球技大会の競技はバレーと決まっていた。

 転入したばかりの湊は当然観戦する側だ。きっと退屈だろうから、球技大会の時間には帰ろうと決めた。
 球技大会は午後から始まる。それまでの授業は真面目に受けようと決め、玄関口の下駄箱に置いている上履きを取る。

「ん?」

 シューズの上に何かがあった。取り出して見ると、それはメモのようだった。

『今日の球技大会、しっかり見ていけよ。リボーン』


 面倒臭がりの湊の行動を予測していたリボーンはあらかじめ手を打っていた。
 仕方ない。これも仕事だ。そう思ってメモ用紙を握りつぶし、溜息をついた。


 弁当を食べ終わらせ、ゴロンと屋上の日陰に寝転ぶ湊。球技大会に行く気などさらさらないが、仕事もあるため小鳥の守護霊・ラズリの偵察能力で体育館の中を視る。

 体育館では沢田綱吉を応援する団体がたくさんいた。遅れて到着したツナに、団体はワッと期待を込めて盛り上がる。
 彼らに反して、ツナは弱々しい青い表情のままだ。

「……!」

 ふと、体育館のネットの陰に人影を見つけた。
 真ん中分けの銀髪にエメラルドグリーンの瞳の少年。アクセサリーを手や首にジャラジャラとつけている彼は、煙草を吸っている。
 端整だが険しい表情がデフォルトの彼は――

「――獄寺、隼人……」

 知識にある少年が来日した。
 知識には来週の月曜日に転入することになっている。それを思い出し、湊は顔をしかめた。
 彼は裏社会に片足を突っ込んでいる中途半端な子供だ。それがこれからボンゴレファミリーに入ることによって、完全に裏社会に両足を入れることになる。
 彼は一匹狼だ。命を捨てても構わないくらい、命の重みを知らないくらい若い。

 湊は彼が苦手だった。命の重みを知らずに暴走し、全てに対して威嚇ばかりで信じようとしない。

 でも、それでも放っておけなかった。彼には自分と違って、まだ“道”がたくさんあるのだから。
 選択肢という名の道が。

「!」

 感傷に浸っていると、屋上の扉が開く音が聞こえた。
 偵察能力を中断して起き上がれば、目の前に雲雀恭弥が現れた。

「君、今球技大会だけど?」
「……これから行くつもり」

 素っ気なく言って立ち上がり、素通りしようとした瞬間、トンファーが振るわれる。それを紙一重で避けて扉に向かうが、重たい扉を開けるのには時間がかかることを思い出した。
 このままでは逃げ切れない。だが、逃げる方法は一つだけある。

「『夢遊むゆう』」

 昇降口の陰に姿を隠し、言霊を呟くと同時に姿が掻き消える。
 陰を覗いた雲雀は、湊が消えたことに目を見開く。

 夢遊は夢の中で遊ぶように姿を消す。姿だけではない。声も、気配も、匂いも消す。ただし物音だけは消せない。その弱点を克服すれば、相手を暗殺することも容易くなる。

 湊は中庭の方へ走って跳び上がり、背面跳びでネットフェンスを越えて――落ちた。

「アルマ」

 同時に、最後の一体の守護霊を呼び出す。
 大型犬の二倍はある巨体に銀色の毛並みを持つ獣。骨格は滑らかで、ピンッと立った耳が特徴的な――狼。

 アルマは攻撃と移動の能力を持つ守護霊。
 湊をふわりと受け止めたアルマは、ゆっくりと滑降して校舎の手前で降ろした。

「ありがとう」

 アルマの頭を撫でれば、アルマは気持ちよさそうに目を細める。
 守護霊なのに普通の動物と変わらない愛らしさがあることに、自然と笑みが浮かんだ。

「……『解』」

 夢遊を解いて、湊は校舎の中を歩く。
 体育館に近づくと、近くの水道で少年が顔を洗っているところを見つけた。
 癖の強い逆立った栗毛に琥珀色の瞳の少年は、沢田綱吉。

「帰んねーのか?」
「ああ」

 何かを決心した芯のある声。失敗ばかりでいろんな反感を受けたというのに立ち向かおうとするのは、申し訳なさと後悔、そして優しさ。
 たくさん努力して今日に備えていたチームメイトと違い、死ぬ気弾に頼って楽に勝とうと思っていた。
 その間違いに、やっと気づかされた。

 たくさんの後悔を背負って、走っていく。その背中は小さくても、どことなく強かった。
 見送ったリボーンは、壁に凭れている湊に気づく。

「どこ行ってたんだ」
「……ちょっとな」

 間を置いて短く返した湊。その感傷的な表情に気づいたリボーンは、クッと眉を寄せる。

「何があった」
「別に」

 すぐに返した湊は、伏せた目をそっと閉じる。

「沢田綱吉は、強いな」
「……どこがだ?」

 怪訝な顔をするリボーン。見なくても気配と声音で判った湊は小さく笑う。

「強いよ。逃げ腰で弱音ばかり。それでも、つらくても、後悔しても、それを背負って立ち向かっている」

 確かにツナは何でも諦めがちだった。あれもダメ。これもダメ。ダメツナだから、という言葉を理由に逃げようとする。
 それでも、いざという時は前へ進んでいる。剣道部主将との決闘の時も、死ぬ気になって逃げるのではなく、勝とうと立ち向かった。今回にしても、たくさんの非難と失望を浴びたのに、勝負が終わったら謝ろうと心に決めている。

「簡単に真似できることじゃないよ」

 穏やかに、優しく言った。
 そっと目を開ければ、リボーンの驚き顔が見えた。

「デウス……お前……」
「今は和崎湊だ」

 穏やかな表情のまま言い、体育館へ入ろうとする。
 その際、体育館の手前にある柱に背中をつけて隠れている少年を見つけた。

「!?」

 気づかれたことに驚く銀髪の少年。
 声をかけようと口を開く、が。

 ――ダダン

 消音器が付いた銃声が聞こえた。
 二弾連続の死ぬ気弾は、おそらくツナの足に被弾しただろう。

「くるぞツナ! ブロック!!」
「オッケーー!」

 気合を入れて両腕を上げて床を蹴る。すると、驚異的な跳躍力で観衆を驚かせた。

 死ぬ気弾は脳天に被弾した時の俗称にすぎない。この特殊弾は被弾した体の部位によって名称も効果も変化する。太腿に撃てばジャンプ弾、肩・肘・腕でメガトンパンチ弾など、多彩な効果を発揮する。
 被弾者であるツナ以外、誰も銃声に気づかなかったところを見て、さすがリボーン、と胸中で呟く湊。
 この後のツナの活躍はなんとなくわかっているので、湊は少年に顔を向ける。

「君、転入生?」
「……何だてめー」

 ギロッと眼力を飛ばす少年――獄寺隼人。
 湊は痛くも痒くもない視線に苦笑した。

「ここの学生だ。ちなみに1年A組。転入生なら、また会えるか」

 最後は呟くように言って、体育館に背中を向ける。

「……入らねーのか?」
「人混みは苦手なんだ。特にうるさいところはね」

 校舎に戻っていく湊を見つめる。
 これから黒い手続きを行って、この並盛中学校に転入することになっている獄寺は、その背中を見て呆然とした。

 この世のものとは思えない美貌。その顔で穏やかに微笑んだ彼は、一瞬でも女かと疑ってしまうほど綺麗だった。
 同い年とは思えない柔らかな物腰で、穏やかな眼差しで体育館にいる人間を見つめていた。それがツナだということは、なんとなくわかった。
 彼が何者なのかは知らない。もしかしたら裏の人間かもしれない。
 だが、彼のような優しい表情ができる者が裏社会の人間とは思えなかった。

「名前、きーときゃよかったな……」

 平和ボケした一般人が多い国。それが日本。今までイタリアにいた獄寺にとって煩わしいものだと思っていた。
 だが、そうでもないのかもしれない。

 湊を見て、そう思い始めたのだった。


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bkm