爆弾魔な問題児
「イタリアに留学していた、転入生の獄寺隼人君だ」
今日は読書もせず頬杖をついて仮眠を取っていた湊は緩やかに瞼を開ける。
教師の声が耳に入ってようやく意識がはっきりした。欠伸を噛み殺して目を擦りながら前を見れば、先週の木曜日に会った少年、獄寺隼人がいた。
獄寺はツナの机を蹴って指定の席に座る。彼の行動のせいで空気が重くなったのは言うまでもない。ただし、一部を除いてだが。
「怖いところがシビレるのよね〜〜」
「ファンクラブ結成決定だわね」
ただかっこいいだけでファンクラブができるものなのか?
女であっても解らないことに、湊は面倒そうに欠伸を漏らした。
あっという間に時は流れ、授業が始まった。 湊はいつも通り書き取りをしたが、ツナと獄寺が教室にいないことに気づく。(そろそろか……ラズリ)
心の内で呼びかければ、ラズリは念じた通り中庭へ飛んでいく。
一通りの書き取りが終わって瞼を閉じれば、中庭の風景が脳裏に浮かぶ。
中庭では剣幕な形相の獄寺に怯えるツナと、愉しそうに何かを言っているリボーンがいた。
獄寺が口いっぱいの煙草を咥え、ライターで着火すると両手いっぱいのダイナマイトを持つ。
どこから出しているのだろうか。さすが体の至る所にダイナマイトを隠し持った人間爆撃機、スモーキン・ボム隼人。
ネーミングセンスが悪いのと体に悪そうな字 に苦笑いが浮かびそうになったが、今は授業中なので無表情を心がける。
「この問題を沢田……いないのか?」
「獄寺君もいませーん」
教師とクラスメイトの声が聞こえた。
彼らは中庭から聞こえる爆発音に気づいていないようだ。ある意味すごいかもしれない。
だが、この状況はあまりよろしくない。このままでは誰かが探しに行ってしまうのではないだろうか。
「先生、オレが探しに行きましょうか?」
「いいのか? なら、頼む」
手を挙げて名乗り出れば、教師は湊に一任する。
これで堂々と見に行けると思った湊は胸中でグッと拳を握った。
無表情を取り繕って廊下に出ると、爆発音が激しくなる。
急ぎ足で中庭へ行けば、パタリと爆発音が止む。気になって覗き見ると、死ぬ気になったツナが地面に散らばっているダイナマイトの導火線を素手で握りつぶしていた。
獄寺は苛立って持てる限りのダイナマイトを出したが、一本だけ落としてしまう。そこからは張り詰めた糸が途切れたように次々と落としてしまい、逃げ場が無くなった。
「消す!!」
それでもツナは諦めなかった。否、死ぬ気の彼に諦めるという選択肢は用意されていないのかもしれない。ともかく、ツナのおかげでダイナマイトは残らず不発に終わった。
安堵から息を吐き出すツナ。
彼は気づかない。自分を殺そうとした相手が感動に震えていることに。
「御見逸れしました!!! あなたこそボスにふさわしい!!!」
「!?」
地面に膝をつき、手をついて頭を下げる獄寺。
高らかな声は、感動から明るくなっていた。
「10代目!! あなたについていきます!! なんなりと申しつけてください!!」
「はぁ!??」
目を輝かせて喜色満面の笑みを浮かべてツナを見つめる。さっきまでの彼とは別人といった態度に、ツナは目を白黒させた。
そこにリボーンがツナの精神にとどめを刺す。
「負けた奴が勝った奴の下につくのがファミリーの掟だ」
「え゙え゙!!?」
リボーンの計らいは成功と言ったところだ。
気づいている湊はツナの反応も仕方ないだろうといった風に苦笑する。
「オレは最初から10代目ボスになろうなんて大それたこと考えていません。ただ10代目がオレと同い年の日本人だと知って、どーしても実力を試してみたかったんです……」
日本は平和だ。争いを知らないといった印象が強かった獄寺は疑った。
彼が世界最高峰のマフィアのボスになれる器があるのかと。
平和ボケした学校の中で過ごす彼を一目見た時は軟弱な男だと侮った。
しかし、彼の非凡性に触れて気づいた。敵さえも助けようとする広い心は並大抵では得られないと。
「でもあなたはオレの想像を超えていた! オレのために身を挺してくれたあなたに、オレの命預けます!」
「そんなっ、困るって命とか…。ふ…普通にクラスメイトでいいんじゃないかな?」
「そーはいきません!」(こ…怖くて言い返せない。つーか何なのこの状況って…)
ギンッと鋭い目付きで見据えられ、反論の余地を与えてくれなかった。
カオスな状況に泣きそうになったツナに、リボーンは満足げに口角を上げた。
「獄寺が部下になったのはおまえの力だぞ。よくやったな、ツナ」
「な、何言ってんだよ! こまるよ〜〜っ」
部下だなんてますますマフィアじみてきたではないか。こうして平穏が遠くなっていくのだと思うと、ダメツナライフを送っていた頃が懐かしくなってきた。
そんな時だった。
「ありゃりゃ、サボっちゃってるよこいつら」
下卑た笑い声を上げて近づいてきた上級生。
ヘッドバンドとタトゥーをつけている男。
ニット帽に金属バットを持つ男。
首にアクセサリーをつけた太った男。
個性的な彼らは、不良3人組として有名な3年生だった。
このまま獄寺に任せるのもいいけれど、それは少し不味いと気づく。
トンネルを掘る時にも使われる過激な爆弾を投下すれば勝敗は目に見えているが、相手は何の取り柄もない一般人だ。このままでは死ぬ可能性もある。
「……仕方ないか」
関わることはしないと決めていたが、今回ばかりは仕方ない。
湊は溜息をついて、地面を蹴った。
「こりゃおしおきが必要だな」
「サボっていいのは3年からだぜ」
「何本前歯折って欲し〜――げはぁ!?」
野太い悲鳴を上げて吹っ飛ぶニット帽の不良。
驚いて彼を見たヘッドバンドの男の鳩尾に、湊は回し蹴りを叩き込む。
「ガハッ!」
「な、何だこいっ!?」
最後の太った不良は瞬時に背後に回り、掌底を脊髄へ打ち込む。
衝撃が脳髄まで振盪 し、白目を剥いて力無く前へ倒れた。
一瞬すぎる出来事に唖然とするツナ達。
湊は軽く息をついて、当たり障りない対応で声をかける。
「大丈夫か?」
「え、わ、和崎……くん……?」
なぜ彼がこんな所にいる。
困惑する彼に、湊は後頭部を軽く掻く。
「あー、お前達を探すようにって頼まれたんだ。授業中だったんだけど……」
「え!? ご、ごめん! わざわざ……」
「いいって。それより、その格好どうにかした方がいいよ」
「ああああ!!」
今の格好はパンツ一枚という恥ずかしい姿。学校一人気者の湊に痴態を見られてしまい、顔が真っ赤になって泣きそうになる。
「……保健室で借りればいいと思うけど」
「そ、それだ!!」
今まで破れた服は修復不可能だった。なら、新しいものを着ればいい。
急いで保健室へ走るツナを見送って、獄寺に目を向ける。
「お前は大丈夫だったか?」
「あ……あぁ……」
小首を傾げて訊ねる湊にぎくしゃくと頷く獄寺。
リボーンは驚いた。ツナ以外は手負いの獣のような態度で突っかかると思っていたからだ。
「転入早々不良に目を付けられるなんてついてなかったな。けどまぁ、無事でよかった」
柔らかな笑みを浮かべて言えば、獄寺はピキッと固まる。
「じゃあ、沢田と合流して教室に戻ろう。大丈夫、先生への言い訳は考えてあるから」
安心させるように言って、湊は校舎へ入って行った。
一度もリボーンに目を向けずに……。
「……リボーンさん。あいつ、何者なんスか?」
あいつとは、和崎湊。
不良をあっという間に倒した鮮やかな手並みは、一般人では手に入れられないものがあった。
リボーンは明かそうとした。だが、先程の湊の態度で思い止まる。
「……さあな」
裏の人間とも表の人間とも、どちらとも言わず曖昧に返した。
ツナと獄寺と合流した湊は教室に向かって歩く。
教室の後ろ側の扉をスライドさせると、教師や生徒の視線を浴びた。
「意外と早かったな。どこにいたんだ?」
「中庭です。不良に絡まれていた沢田を獄寺が助けてました」
この発言にツナも獄寺も驚く。
本当は湊が二人を助けたのに、なぜ手柄を譲るのか。
席に座ると、ちょうど授業の終了を告げるチャイムが鳴る。
教師が教室から出て行くと、獄寺は湊がいる席に近づく。
「おい」
「ん?」
次の授業の準備をしている湊に、獄寺は眉を寄せる。
「何であんなこと言ったんだ」
あんなこととは言い訳のこと。
理解した湊は当然のように言った。
「ああ言った方が、不良ってイメージを和らげられると思ったんだ。余計なことして悪かった」
最後に苦笑した湊に見とれかける獄寺。そんな自分を律し、獄寺はそっぽを向く。
「……別に余計じゃねえ」
意外な言葉に驚く湊。一匹狼な彼がひねくれた言葉を使わなかったのだから。
「お前、名前は?」
「え。……和崎湊」
名前まで聞かれるとは思わなかった湊は一瞬返答に困った。それでも名乗ると獄寺は踵を返して席に戻った。
(……何だったんだ?)
首を傾げた湊。だが、深く考えず時間が来るまで読書用の本を開いた。
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bkm