退学クライシス

 『科学屋シーク』の自室でパソコンを操作していた奏はある情報に目を付けた。
 それは、並盛中学校の教師の経歴。
 調べてみても退屈な内容ばかり。だが、1名だけ不審な点があった。

「お前の命運もここまでだ、詐称野郎」

 前世で口にしていた、嫌悪すべき対象である男の教員。
 眼鏡をかけて知的に見せているが、如何にも意地悪そうないやな笑みを見せて生徒を平気で辱める。そんな奴が学校にのさばっていいはずがない。それに『和崎湊』として転入したのだ。せめて心地良い学校生活を送りたい。

 その前に……。

「ちょっと、お仕事しますか」

 ニヤリと怪しく笑った。


◇  ◇  ◇



 名前を呼ばれると返事して教卓へ向かう生徒達を見ず、湊は空を眺めていた。
 今日はテストの返却日。今は理科の時間で、テスト用紙を返されている。
 ちらっと沢田綱吉を見ると、彼は頭を抱えて青ざめていた。
 今回のテストに自信がないようで、とても焦っているようだ。

 続いて教卓にいる理科の教員を見る。
 彼は根津銅八郎。成績優秀な生徒は贔屓して、成績が悪い生徒は虐める陰湿な教師だ。そんな教師だから嫌う生徒も多数いる。

 知識を持つ湊もその一人。

「沢田」
「はい」

 自信なさそうな返事をしたツナは教卓へ歩く。
 根津は舌打ちし、受け取ろうとしたツナの手からテスト用紙を取れなくする。

「あくまで仮定の話だが……クラスで唯一20点台をとって平均点をいちじるしく下げた生徒がいるとしよう」
「あの…っ?」
「エリートコースを歩んできた私が推測するに、そういう奴は学歴社会において足をひっぱるお荷物にしかならない」

 仮定。それは自分の言葉ではないと逃げ道を用意した言葉だった。
 陰湿で狡賢い根津に、湊は嫌悪感を持って眉を寄せる。

「そんなクズに生きている意味あるのかねぇ?」
「うわーーっ」

 わざとらしくツナのテストの点数を見せびらかす根津。
 普通は生徒の個人情報は守らないといけない。しかし、根津にはそんな常識を無視する。

 生徒もツナの点数を見た途端笑い出す。その低劣な光景に湊は気分が悪くなった。

 ――ガラッ

 そんな時だった。教室の扉が開いたのは。
 顔を向けてその人物を見る生徒達。よく見れば、昨日転入した獄寺隼人だった。
 ツナが彼の名を呟く。根津はというと、教卓を叩いて叱るように怒鳴った。

「コラ! 遅刻だぞ!! 今ごろ登校してくるとはどういうつもりだ!!」
「ああ!?」

 ギラッと鋭い視線を向ければ、根津は青ざめて冷や汗を流す。
 この光景を見た生徒達はコソコソと彼の悪評を囁き合う。
 ツナは必死に他人のふりをするが、獄寺は近づき……。

「おはよーーございます、10代目!!」

 ポケットに入れていた手を出してピシッと姿勢を正し、昨日とは真逆の態度でお辞儀。
 尊敬と敬愛の眼差しに、ビックリしたツナは引き攣る。

「なっ、どーなってんだ!?」
「いつの間に友達に?」
「いや…きっとツナが獄寺の舎弟になったんだよ」

 ざわつく生徒達の囁きにツナは慌てて否定する。
 ただでさえ勉強ができなくて根津に目を付けられているというのに不良と知り合いだと思われたら最悪だ。

 そして、その予感は正しかった。

「あくまで仮定の話だが、平気で遅刻してくる生徒がいるとしよう。そいつはまちがいなく落ちこぼれのクズとつるんでいる。なぜなら類は友を呼ぶからな」

 獄寺だけではない。ツナまで貶した。
 不良を怒らせるとどうなるか知らない根津は、ある意味憐れだった。

「おっさん、よく覚えとけ。10代目沢田さんへの侮辱はゆるさねえ!!!」

 相手は大人で教師。それでも獄寺は敬愛するツナを侮辱されて許せるはずもなく、根津の胸倉を掴み上げる。
 強く締め上げる獄寺。ツナは名前を出されたことに頭を抱えて青ざめた。

「あくまで仮定の話だと言ったはず…だ………っ、ガハァ」

 仮定と言って逃げようとする根津は自業自得だ。
 獄寺はツナに向かってニカッと笑いかける。この光景はかなりシュールだった。

「10代目、落とします? こいつ」

(もーーほっといてくれーっ)


 この時、湊は窓から落としてしまえと思うのだった。


 ツナと獄寺が校長室に連行された後、湊は応接室に向かった。
 応接室は風紀委員長の根城。ラズリの偵察能力で雲雀がいるということは確認済みだ。
 入口前で深呼吸した湊は気を引き締め、扉に手をかけた。

「失礼します」

 扉を開いて一歩踏み込む。

 応接室は快適な場所だった。二脚の革張りのソファーに挟まれたローテーブル。壁際にあるガラス張りの棚にはトロフィーが飾られている。気を落ち着かせてくれる観葉植物も、空調の設備も整っている。そして窓側にマホガニー製の机に黒革張りの椅子があり、その椅子に雲雀恭弥が着いている。

 贅沢な一室だと胸中で呟くと、雲雀は万年筆を置いて湊に目を向ける。

「君から来るなんて、どういう風の吹き回し?」
「学校の教員について、ちょっと報告しようかと」

 鞄の中からクリアファイルを取り出した湊は、雲雀の机にそれを置く。

「東大卒と豪語する、理科の根津銅八郎の本当の学歴だ」

 その言葉に柳眉を寄せる雲雀はファイルに挟まれている資料を取り出す。
 資料にはこうあった。某小学校を卒業後、並盛中学校に入学。成績は底辺。四流高校の卒業生で、五流大学を8年かけて卒業する。

「東大卒と偽った挙句、成績の悪い生徒を陰湿に虐めている」

 次の瞬間、グラウンドから盛大な爆発音が響き渡った。

「現在進行形で、クラスメイトに15年前のタイムカプセルを発掘しなければ退学すると脅した。ちなみに15年前のタイムカプセルは例外的に埋められていないことを知っている。それと、日本の中学校は義務教育で、退学はありえない。このことから奴が傲慢だということが見受けられる」

 機械的に言った湊。その内容に雲雀の表情が徐々に剣呑になっていく。

「……この爆発もそいつが原因?」
「そう。クラスメイトは止む負えなく爆弾を使って探しているみたいだよ。それに奴は生徒を誹謗中傷しているから、学校の評判を落としている」

 校舎が揺れるほど地響きが酷くなる。ようやく爆発は治まったが、グラウンドは悲惨なことになった。

 遂に雲雀の怒りが頂点に達し、椅子から腰を上げる。

「今朝方、教育委員会にも情報をリークしたから、じきに警察が来るけど……」
「関係ない。奴は咬み殺す」

 そう言って応接室から出ていく雲雀。残った湊はニヤリと怪しく笑った。

「ふふっ……。これで終わりだ、詐称野郎」


 クスクスとわらって、湊も応接室から出て行った。


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bkm