委員長の我が儘

 早くも梅雨が明けて日差しが強くなり始めた7月。
 並盛中学校の屋上では日光浴ができそうなほど暑いが、日陰はそれほどでもない。

 本日の授業には家庭科実習があるため、男子は自習になっている。
 教室は自習より自由時間ということで賑やかだ。
 湊はそんな空気が苦手なので、屋上に行って音楽再生機で曲を聴きながら読書していた。
 持って来た文庫本の最後の1ページを読み終える。

「あれにしようかな」

 小型音楽再生機を手に取り、入れた曲を選んで再生する。そして、口ずさんだ。


 The music is in my blood, you don't understand
 The music is in my blood, you don't understand

 Sleepless nights at the black and white keys
 I'll let my fingers say it for me
 Sometimes my spirit's still so scared
 Once I put it in a melody it means so much more to me
 Fate sealed, I guess this is how I feel
 Sometimes I swear the lyrics write me
 The lyrics write me

 The melody a remedy to calm me down
 You never did approve of the fix I found

 Bury all the records in the backyard,
 When you're not looking I'll go dig them back up
 You can bury my body in the backyard,
 When you're not looking I'll go dig myself up
 And I know all about the drugs they hide inside the music, I know, I know
 I know all about the drugs they hide inside the music



 残酷な歌詞だが壮大な旋律の洋楽を歌う湊の声は美しい。
 最後まで歌いきった湊は閉じた目を開き、澄み渡った青空を眺めた。

 ――キーンコーンカーンコーン


 昼休みを告げるチャイムが鳴る。
 鞄から弁当箱を取り出し、手を合わせて食べ始めた。

 一人きりなので静かでいられるのだが、その時間はあっという間に終わりを告げる。
 屋上の扉が開く。やって来たのは――雲雀恭弥。

「また君か……」

 ぽつりと呟いた雲雀は、黙々と食べる湊の弁当を見て静かになる。
 じっと見つめられて居心地が悪くなった湊は、ちらっと雲雀に目を向ける。
 すると、雲雀は片膝をついて湊の弁当からあるおかずを取って食べた。
 それは、一口サイズのハンバーグ。

「あ!」

 楽しみにしていた湊は非難の声を上げる。
 雲雀は構わず吟味するように咀嚼そしゃくし、飲み込む。

「これ、誰が作ったの」
「……オレだけど」

 湊の返答に驚く。
 冷たくても旨味が凝縮されて、深い味わいを楽しめた。
 はっきり言って、おいしい。温かいうちに食べてみたいほどの味だった。
 まさか男である彼が料理上手だとは思わなかったが、台所に立って料理する姿がなんとなく想像できてしまう。
 この味で出来立てのハンバーグを食べてみたいと強く思った。

「明日、学校でハンバーグ作って」

 雲雀の命令に瞬きする湊。
 まさか雲雀が命令するほどおいしかったとは思わなかった。それに、学校で作れという命令は予想外だった。

「……材料はそっちで揃えてくれるなら」
「いいよ。4限目は特別に休んでいい」

 まさか授業を休んでまで作ってもらいたいとは思わなかった。
 雲雀は最後のハンバーグを湊の弁当から取って食べ、颯爽と去って行った。
 残った湊は楽しみだったハンバーグを食べられ、不機嫌になるのだった。


◇  ◇  ◇



 翌日の学校。
 3限目が終わると、湊は家庭科室に入った。
 手を洗って準備ができると、風紀副委員長の草壁哲矢が材料を入れた袋を持って入ってきた。

「……お前が和崎湊か」
「ああ。材料、ありがとう」

 律儀に礼を言う湊に草壁は戸惑う。
 雲雀に命令されたというのに、嫌そうな素振りを見せない。それがとても不思議だった。

 そんな草壁に気づかないまま材料を受け取った湊は、牛の挽肉をボウルに入れ、軽く炒めた玉ネギとともに手で捏ねていく。
 タネができると冷蔵庫で冷やし、その間に人参を切ってフライパンで焼き、デミグラスソースを作る。

 十分に休ませたハンバーグのタネを、最初は強火で片面を焼いて、ひっくり返すと弱火で蒸す。その後にデミグラスソースを絡めて煮込むように焼いていく。その間に鉄板を熱して、家で作ってきたマッシュポテトと人参を乗せ、最後にハンバーグを乗せてデミグラスソースをかける。
 ジュワァ、という音とおいしそうな匂いが充満して――

「でき、たぁー……」

 やっと完成。
 気が抜けた時、家庭科室に雲雀恭弥が入ってきた。

「できた?」
「あ、うん。どうぞ」

 座れる場所に置いて、フォークとナイフを出す。
 椅子に座った雲雀は、じっくりハンバーグを見つめる。

「見た目はいいようだね」

 そう言って、雲雀はハンバーグにナイフを入れて、フォークに刺して食べる。
 一口食べた瞬間、雲雀は固まった。

(あれ? 不味かった?)


 少し不安になってきた湊だが、雲雀はゆっくり咀嚼して飲み込んだ。

「……君、天才?」

 まさか褒められるとは思わなかった。しかも天才と言われるほどとは思わなくて……。

「ありがとう」

 とても嬉しかった。
 破顔はがんして礼を言い、新しいフライパンで準備する。
 タネはまだ残っているから、急いで焼かないといけない。
 そんな湊を雲雀がじっと見つめていると気づかなかった。


「よしっ、終わり」

 残りの二つが出来上がる。その一つは雲雀がおかわりとして食べたので、残りは一つ。
 お腹が空いてきたけど、その前に残りの一つはどうしようか迷った。

「それ、持って帰るよ」
「あ、うん」

 草壁哲矢がタッパーを出したので、それに入れる。

「ごちそうさま」

 タッパーを持った雲雀は颯爽と教室から出た。

(マイペースというか、ゴーイングマイウェイというか……)


 自由人な雲雀に小さく笑って、食器とフライパンを片付ける。
 ふと、草壁がまだそこにいることに気づく。

「何だ?」
「……その、ありがとう。委員長の頼みを聞いてくれて」

 草壁哲矢という男は、意外と律儀な男だった。
 そんな草壁に好感を持った湊は頬を緩めて小さく笑う。

「オレも楽しかったから、礼はいらないよ」
「……そうか」

 ふっと小さく笑った草壁は一度頭を下げて、家庭科室から出て行った。
 湊も片付けが終わって時計を見ると、あと少しで昼休みが終わりそうだった。

「急いで弁当食べないとな……」

 鞄の中から弁当箱を取り出して蓋を開け、手を合わせて食べた。


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bkm