夕景ハプニング

 和崎湊として護衛の依頼を受けて2ヶ月が過ぎた。
 相変わらず沢田綱吉の周囲は騒動ばかりだが、暗殺者などはまだ送られていない。
 送られているとすれば、最強の殺し屋ヒットマンであるリボーンを狙う殺し屋。
 彼らが現在のリボーンの仕事を知られてしまえば、一般人だったツナが次期ボンゴレ10代目だと知られてしまう。その危険性から配慮して、リボーンが半殺しにした殺し屋は必ずとどめを刺すようにした。

 この夏休みで計三回もあったことをボンゴレ\世ノーノであるティモッテオに連絡するなど、湊はほどほどに忙しかった。


 あと少しで夏休みが終わる。そんな頃の夕方に本を買いに本屋に行ったところ、あるものを目撃した。

「おら、さっさとカネ出せよ!」

 高校生ぐらいの不良に集られている少年を見つけた。
 癖の強い栗色の髪に琥珀色の瞳の小動物を彷彿ほうふつさせる少年は、沢田綱吉。

 気弱な彼だからか、彼はよく不良に目を付けられる。
 周囲にいる人間は見て見ぬふりをする薄情な者ばかり。

 湊は嘆息して、ステンレスより強度の高い棒を鞄から取り出して一振りする。すると、それは音を立ててロッドに組み上がった。
 対一般人用の武器、伸縮自在の鋼鉄製のロッドだ。
 それを持った湊は勢いよく走って跳び上がり、不良の頭に振り下ろした。

「ギャアッ!?」
「なっ! なんっ、ぐあっ!」

 ロッドで殴り、突き、鋭く蹴るなど、あっという間に不良を退治する。
 まさに瞬殺。助けられたツナは呆然と湊を凝視した。

「大丈夫か?」
「……ぁっ、う、うん……」

 無事を確認すると、我に返ったツナはぎこちなく頷く。
 安堵した湊は柔らかく微笑む。その笑みを直視したツナは頬が熱くなった。

 仕方がない。湊は女性的な美貌を持っているのだから。その微笑みはとても女性らしく、性別を疑ってしまうほどだ。
 実際の湊は女の子だが、それを知る者は少数だ。

「10代目!!」
「ツナ!!」

 湊がロッドをしまった時、獄寺隼人と山本武が走ってきた。
 獄寺はダイナマイトを仕入れにイタリアに戻っていたが、ちょうど帰ってきた時に山本と偶然会って、ツナの家に行こうとした。
 しかし、騒ぎを聞きつけてこちらに来たところ、ツナの周りに倒れた不良と、和崎湊がいたのだ。驚くのも無理はない。

「獄寺君!? 山本!?」
「ご無事でしたか!?」
「う、うん……。和崎君が助けてくれたから……あれ?」

 気づけば肝心の和崎湊が傍にいない。
 辺りを見回せば、獄寺と山本が来た反対側へ去っていた。

「和崎君!」

 慌てて呼ぶと、湊は立ち止まって振り向く。

「あの……ありがとう」

 まだお礼を言っていなかったのでお礼を口にすると湊は瞬きして、ふっと微笑んだ。

「どういたしまして」

 穏やかなテノールは日溜まりのような温もりがある。
 心を掴まれる微笑みに頬が熱くなったのはツナだけではない。それに気づかない湊は踵を返し、近くの本屋へ入って行った。

 彼が本屋へ消えて、ようやく我に返った獄寺と山本は、地面に倒れている不良の数を数える。
 数は五人。体格は申し分ないことから、ある程度鍛えていると見て取れる。そんな彼らを一人で傷一つ負うことなく倒した。その実力は目を見張るものがある。

「10代目。これを……あいつ一人で倒したんスか?」
「……え!? う、うん。なんていうか……瞬殺だった」

 ツナが首肯すると、山本は目を見開いて「すげーのな」と呟く。
 獄寺は以前にも助けられたことを思い出す。そして、眉をグッと寄せた。
 何度もツナを助けた。しかも、タイミング良く。これは偶然と言い難い。

「獄寺君?」
「! なんスか?」
「いや……なんか難しい顔をしてたから……。もしかして、和崎君のこと?」

 獄寺は驚く。同時に自分の考えていることを見抜いたツナを尊敬した。
 部下をちゃんと見てくれている。それは嬉しいが、湊のことを考えると表情が険しくなる。

「和崎、怪しくないっスか?」
「え? 怪しい?」
「何度も10代目を助けて……偶然とは思えません」

 獄寺の言葉は一理あるようで、そうではない。
 実際、一度目は教師に頼まれて。二度目は本屋への途中で遭遇しただけに見えた。
 怪しいと言われても、ツナには怪しいとは思えなかった。

「獄寺って難しく考えてばっかだなー」
「この野球バカ! もし10代目に危害するヤツだったらどーすんだ!」
「助けてんのに危害加えんのか?」

 ぐっと押し黙る獄寺。
 確かに何度もツナを助けていると、逆に味方だと思える。
 だが、それが罠だったら? それで懐柔させて関わろうとしてきたら?
 疑心暗鬼になる獄寺に、ツナは難しい顔で俯いた。

「なんていうか……和崎君って、何か隠してるよね」
「そーか?」

 そうとは見えない山本は首を傾げる。
 だが、ツナは直感的に何かを感じ取って、胸の中にモヤモヤしたものを抱えた。

「和崎君って友達作ってないし……」

 学校ではファンクラブができるほど人気者で、男子からも気軽に話しかけられている。
 でも、彼らとは軽く話すだけで、それ以上踏み込むことはない。
 広く浅くの関係ではなく、上辺だけの関係に見えるのだ。
 その理由は、おそらくツナが感じた違和感が原因かもしれない。

(そーいやリボーンの奴、和崎君ってすごいのに、山本みたいに勧誘してない)


 自分の家庭教師は、彼に対して無関心だった。
 湊は確実にマフィアに勧誘されそうなのに、そんな話は一切しない。
 これはツナでもおかしいと思ってしまう。

「お、和崎が出てきた」

 山本が本屋から出てきた湊を発見した。
 それを見た獄寺は、ぐっと拳を握って小声で告げる。

「オレ、尾行してきます!」
「だ、ダメだよ、そんな! 和崎君を困らせちゃ!」
「面白そーだな。オレもするぜ」
「や、山本まで……」

 面白がる山本にツナは困ってしまう。
 自分はCDを買いに商店街に来たというのに、どうしてこうなったのか。
 とにかく、獄寺が暴走しないようにするためにもツナは同行することにした。


 三人は湊を尾行していくが、湊の日常の一部を観察しているような気分になった。
 本屋の次はCDショップに入って一枚のアルバムを買い、続いて紅茶専門店に入って紅茶の茶葉を買った。続いてコーヒー専門店に立ち寄ったところ。

「エスプレッソをツケで」

 なんと、そこにはリボーンがいた。
 リボーンはまた財布を忘れて来たようで、ツナは頭を抱えた。
 そんな光景を見た湊は溜息をついて、棚にあるコーヒー豆を一袋取ると、レジに置いた。

「すみません、この子の分と一緒にこれ買います」

 ツナは絶句した。
 まさか湊がリボーンのコーヒーの代金まで払うとは思わなかったのだ。
 これは帰ってからきつく言っておかなければと思っていると、話し声が聞こえた。

「サンキューな」
「ああ。今度から財布持ってこいよ」

 何気なく話して、湊はコーヒー専門店から出る。
 そして、重々しく溜息をついた。

「……いつまでつけてるんだ、沢田達」

 迷惑そうな表情でこちらを見た。
 ドキリとしたツナは気づかれていたことに焦るが、獄寺は剣呑な顔で湊に近づいた。

「いつから気づいてた」
「本屋から出た時から。オレ、お前達に何かしたか?」

 眉を下げて訊ねれば、獄寺は言葉を詰まらせる。
 困った表情の湊に罪悪感が湧くが、獄寺はその前の発言にぐっと眉を寄せる。

「てめー、何者だ」
「……何者って、どういうことだ?」

 柳眉を寄せて小首を傾げる。

「とぼけんじゃねえ。どこのファミリーだ」
「ちょっ、獄寺君!」

 直球で湊がマフィアの関係者かと問う獄寺に焦るツナ。
 しかし、湊は困った表情を崩さない。むしろ……。

「家族……か……」

 悲しそうな表情をした。
 突然の表情にギョッとする三人。目を伏せた湊はまっすぐ獄寺を見据えた。

「あまり人の心に土足で踏み込むな」

 今まで見たことがない、厳しい眼差しに声音。
 直視し、耳にした三人の心臓が嫌な音を立てる。
 言葉に表すなら、それは罪悪感という感情だった。

 彼らを一瞥した湊は背を向けて去っていく。ツナ達は、ただ立ち尽くしてその背中を見送るしかできなかった。


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