君の選んだ孤独

 朝から湊の気分は沈んでいた。
 転生を自覚した時から存在する夜桜の精神世界に、沢田綱吉が現れたのだ。
 ありのままで対応したのだが……。

「なんで……」

 どうしてあんなことをしたのか。
 どうして和崎湊だと思ったのか。

 自分のことなのに理解でいない。

 胸の奥がモヤモヤするせいで授業に集中できない。午前中は応接室で風紀委員会の仕事をして、午後から出ようと決めた。
 そうしているうちに昼休みになり、今日も屋上で弁当を食べる。
 眉間にしわを寄せて雑念を払うように、一心になって機械的に口へ運ぶ。

 すぐに食べ終わってしまい、お茶を飲んで溜息をつく。
 そんな時に、屋上の扉が開いた。

 蝶番の軋む音は、いつ聞いても苦手だ。
 湊は顔をしかめ、気配を消す。しかし、屋上に来た者が湊のいる影の方へ来た。

「和崎君?」

 思わぬことに、沢田綱吉だった。
 今一番会いたくない人物が来てしまったことに、屋上という選択を間違えてしまったと後悔した。

「今日もここなんだね。って……もう食べ終わったんだ」
「ああ。少食だから早いんだ」

 当たり障りない対応で応え、立ち上がる。

「あ、待って!」

 すると、その前にツナが湊の肩を掴んで無理矢理座らせた。
 目を丸くする湊に気づいたツナは「ご、ごめん」と言いつつ手を放す。

「あの、さ……和崎君って、実は女の子だったりする?」

 一番突いてほしくないところに問いかけてきた。
 湊は眉間にしわを作り、じろっとツナを軽く睨む。

「は? 何でそうなるんだ。オレってそんなに女っぽいのか?」
「う……ごめん」
「否定してくれ」

 顔をしかめて切実に言うと、ツナは苦笑いした。

「そう言えば、獄寺と山本は?」
「……それが、最近変なんだ。避けられてるっていうかなんて言うか……」

 それを聞いて、湊は思い出す。
 明日は10月13日。リボーンの誕生日だ。そして――その翌日がツナの誕生日。

 原作知識には、リボーンの誕生日に開かれるボンゴリアン・バースデーパーティーで大怪我をして入院し、病院でささやかな誕生会をすることになっている。
 彼らの態度が出し物を密かに用意している証拠。それをツナだけに言わないとは、リボーンも鬼畜だ。

「和崎君、知らない?」
「んー。そもそもオレ、あいつらのことよく知らないし……」

 知っているのだが知らないふりをする。
 それでいて、知っている情報を提供した。

「あ。そういえば風紀の仕事で見たんだけど……沢田って日曜日、誕生日だったんだな」
「……。ああ!! もしかしてみんな、それで!?」

 まったく違うけれど。

「でもみんな、誕生日知ってるのか?」
「あ……そー言われると……」

 言ったことがない、と小声で呟いたツナは、浮かれかけた自分に恥ずかしくなった。

「もしかしたら、沢田の周りの誰かだろうな」
「……オレの誕生日の前の奴? ……思い浮かばないよ」

 うーん、と考え込むツナの眉間にしわができる。
 余計なことを言ってしまったかもしれない。そう思って湊は苦笑した。

「まぁ、偶然知ったから何もないけど、誕生日おめでとう」
「あ……ありがとう。和崎君にそう言ってもらえると嬉しいよ」

 へらり、と気が抜けた笑顔ではにかむ。その笑顔に、胸の奥が締め付けられた気がした。
 無意識にぐっと拳を握り締めた湊は穏やかに微笑み、立ち上がる。

「和崎君」

 日陰から出ようとしたが、ツナに声をかけられて止まる。

「どうして独りになろうとするの?」

 ズキッと、胸の奥が痛む。
 あまり言われて欲しくない疑問に、湊は無表情になる。

「他人を信用できないからだ。情をかけて思考を押し付けられたくない。だから友人も作りたくない」

 それだけだ。そう言って湊は日向に出る。
 いつも小さく感じる背中が、今日は消えてしまいそうなほどやけに小さく感じた。

 ツナは離れていく背中を見て、衝動的に湊の手を掴んだ。

「!?」
「オレは和崎君を独りにしない」

 思わぬツナの言葉に瞠目する。
 いつもと違う控えめな表情ではない、強い眼差し。
 どうしてそんな眼で見てくるのか理解できない湊は、ぐっと眉を寄せて睨む。

「同情か?」
「違う! 一緒にいたいんだ!」

 強い語気で言うツナは真剣だった。
 どうして一緒にいたいのか、どうして構ってくるのか、理解できない。
 湊は異色の双眸を揺らして戸惑う。
 けれど――

「嫌だ」

 拒絶した。

「お前みたいな奴が一番信用できないんだ」

 湊の言葉に心臓が抉られるような痛みに襲われる。
 それだけではない。本人は気づいていないようだが、今の湊は……。

「ぁっ……!」

 手の力が緩んだ瞬間、湊はその手を振り払って屋内へ戻っていった。
 見送ったツナは、ぐっと作った拳を握り締める。

「何で……泣きそうな顔になるんだよ……」

 険しい表情なのに自分よりも傷ついた表情は、とても泣きそうだった。
 湊の心の闇を理解しきれないツナは、もどかしさからきつく目を閉じた。


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bkm