見舞い先で遭遇

 肌寒くなり、ブレザーを着る季節に入った。
 涼しくなった秋から、湊は雲雀と屋上で戦うようになった。
 対人用の武器でトンファーを得物とする雲雀を迎え撃つ。
 雲雀は本気で戦っているが、湊は手加減している。そうしなければ雲雀を殺してしまう可能性があるからだ。
 雲雀は久々に手応えのある人間と戦えることに喜んでいたが、本気を出さない湊に苛立った。
 それでも本気を出させようと、あの手この手を考えていた。


 そんなある日のこと。雲雀が風邪をひいて倒れた。
 風紀副委員長の草壁から連絡を受けた湊は溜息をつき、授業を中断して並盛中央病院に向かった。
 途中で林檎と果物ナイフを買った湊は並盛中央病院の受付に行き、受付嬢に声をかける。

「すみません。雲雀恭弥の病室はどこですか?」
「ひ、雲雀様……ですか?」

(……『様』?)


 胸中で首を捻りつつ頷けば、受付嬢は怖々と告げた。
 どうやらここでも恐怖で支配しているようだ。

 雲雀がいる病室は相部屋になる部屋。おそらく相部屋の住人を咬み殺しているのだろうと推測する。
 溜息をつきたくなった湊は最上階にある病室に入った。

「恭弥、具合はどう?」
「……湊か。あとは微熱だけだよ」

 挨拶もなく単刀直入で訊ねた湊に少し驚きつつ、持っていたトンファーを下す。
 ふと、床に重傷を負った患者が積み重ねられていることに気づく。

「……何コレ」
「退屈だからゲームをしていたんだ」
「それ、微熱治らないって」

 呆れから嘆息する湊は床頭台に林檎を入れたバスケットを置く。

「それは?」
「林檎。食べるか?」

 林檎を一つ取って訊ねると、雲雀は頷く。
 湊は椅子に座って果物ナイフで丁寧に向き、綺麗に切って紙皿に盛り付ける。
 プラスチックのフォークを添えて渡せば、雲雀は「手際がいいね」と褒めつつ食べた。
 まさか褒められるとは思わなかったが嬉しく感じた。

「あ。お茶はあるか?」
「ないよ」
「じゃあ買ってくる。ペットボトルでいいよな」

 雲雀は林檎を頬張りながら頷く。
 まるで幼い子供のように見えた湊は微笑ましくなって小さく笑み、病室から出た。


 近くにある自販機に行くが、あるのは紙パックのジュースだけ。
 エレベーターで降り、広間の自販機でペットボトルの人気の緑茶を買って戻ろうとした。

 その時、鋭い音が近くから聞こえた。
 空を切る鋭い音は鞭を振るった時の独特な音に似ている。
 鞭、という単語に嫌な予感がして向かえば、怪しげな白衣の少年と、金髪の青年、黒服の男達がいた。
 嫌な予感が的中した。これは異能を使って密かに移動しなければ。

「うわーん、湊ー!」

 不意に、怪しげな少年が掴んでいる男の子が湊を呼ぶ。
 頭に手を当てたくなった湊は渋面を作り、怪しげな少年に声をかける。

「獄寺、何しているんだ」
「和崎!? 何でここに……! つーかオレのこと判るのか!?」
「質問しているのはこっちだ。何でランボをイジメているんだ」

 細い眉を寄せて冷たく見据える湊に背筋が凍る少年――獄寺隼人。
 硬直した隙を見つけたランボは腕から抜け出し、湊へ飛びついた。

「湊ー!」
「怖かったな。もう大丈夫だ」

 ギュッと服を握るランボの頭を撫でてあやす。

「お、まえ……!」

 不意に、硬直していた金髪の青年がようやく声を出す。
 程良く切られた金髪に鳶色の瞳の青年に覚えがある。

 イタリアンマフィア、キャバッレーノファミリー10代目ボス、跳ね馬ディーノ。

 彼とは仕事で会ったことがあるが、ここで知り合いだと思われるのは避けたい。
 だから湊は、先手必勝として訊ねる。

「獄寺、そいつらは誰だ? お前の知り合い?」

 再び固まる青年。
 彼の反応に違和感を持った獄寺は訝しんだが答える。

「10代目の知り合いだ」
「……ふぅん。じゃあ、ちゃんと注意してやってくれ。病院に威圧感を与える人間を大勢連れ込むなって。病人の心身に毒だ」

 ランボを地面に降ろして、彼らに背を向けて立ち去った。
 エレベーターのボタンを押そうと手を伸ばすが、その前に声をかけられる。

「待て! お前、デウスだろ?」
「は?」

 追いかけてきたディーノにコードネームで呼ばれ、顔をしかめて胡乱な声を出す。
 振り返ってディーノを見れば、彼は真剣な顔をしていた。

「なんでここにいるんだ」
「……人違いじゃないのか?」
「いいや。そのオッドアイは間違いなく万事屋『神遊』のデウスだ」

 断言するディーノに苛立つ湊。
 その時、ディーノの向こう側から見慣れた青年が近づいてきた。

「湊、どうしてここにいる?」

 その青年は、荒沢焔。
 普段は路地裏で『科学屋シーク』をしているが、同時に情報屋を営んでいる。
 そして、有事には医者として並盛中央病院に足を運ばせて依頼を熟している。

 科学者としても医者としても一流の腕を誇る焔の登場に、湊は胸中で安堵した。

「……委員会絡みで見舞いに来いって言われて来たんだ。そろそろ戻りたいんだけど、この人が人違いして……」
「なっ!」

 絶句するディーノ。気持ちは解るが、ここは演じなければいけない。
 察した焔は柳眉を寄せ、ディーノを見やる。

「そこの外国人、警備員を呼ばれたくなければ病院から出ろ。見舞客の邪魔をするな」

 厳しい態度で告げる焔に渋面を作るディーノ。
 その隙にエレベーターの扉を開き、湊は乗り込む。

「焔、また後で」
「ああ」

 一言告げて、エレベーターの扉が閉じる。
 ようやく抜け出せたことに安堵して、湊は深く息を吐き出した。

「……あー、そうだった」

 どうしてディーノがここにいるのか、その理由を思い出す。
 沢田綱吉が足を怪我して入院するきっかけを作った張本人である、と。

 おそらく今のツナは、地下5階の特別室に移動されているはずだ。
 ご愁傷様、と心にもないことを胸中で呟く湊だった。


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bkm