跳ね馬とランチ

 厚い雪雲が空を覆う一月。
 正月が過ぎて、あと少しで三学期を迎えようとする頃、湊は商店街で買い物をしていた。

 お気に入りの文庫本が手に入って、上機嫌で書店から出たところ、奇妙な集団を見つける。
 黒いスーツを身に纏う男達が、金髪に鳶色の瞳を持つ青年の周りを固めて歩いている。
 見覚えのある光景に引き攣った湊は関わらないように気をつけてその場から離れる……が。

「待て」

 ポンっと肩に手を掴んで呼び止められた。
 咄嗟に距離を取りながら振り向くと、金髪の青年――ディーノが湊を見据えていた。

「また会ったな」
「……どうも」

 眉間にしわを寄せてディーノを警戒する湊。
 ディーノは困った表情で苦笑し、親指で近くのファミレスを指す。

「一緒にメシでも食わねーか?」
「お断りすます」
「そう言わずに、行くぜ」

 腕を掴んでファミレスに引っ張るディーノ。その強引さに湊は溜息を抑えられなかった。



 ファミレスに入って注文したものが届く。
 湊はハンバーグとクリームソーダ。ディーノは国産牛のステーキ。
 運んできたウェイトレスは二人の美貌に見とれながら戻っていった。

 先に料理が到着した湊はナイフとフォークで肉汁がたっぷり閉じ込められたハンバーグを食べる。ディーノはそれをじっと見ていた。

「……食べないのか?」
「あ、あぁ……食う」

 視線が鬱陶しかったので声をかけると、ディーノは食べ始めた。
 チラッとそれを見てから、湊はラズリを使って周囲を探索し、護衛対象の関係者がいないことを確認する。
 ラズリを解除してハンバーグに添えられているフライドポテトを食べて、クリームソーダを飲んだ。

「それで、何が目的でオレを誘ったんだ、ディーノ」

 ディーノの食べる手が止まる。

「……やっぱりデウスだったか。何で知らないフリをしたんだよ」
「あそこには『裏のオレ』を知られたくない人間がいたからな」

 最後の一口を食べてジュースで流し込んだ湊の言葉に、ディーノの表情が険しくなる。

「お前、今何の任務を受けている」
「守秘義務って知らないのか? 他人に仕事の内容をペラペラ喋るバカはいない」

 あっさり切り捨てれば、ディーノはムッとする。
 湊はジュースについているアイスを口に運ぶが、目の前にいる青年の視線が鬱陶しくなった。

「ヒント。ボンゴレ\世ノーノの依頼だ」
「! ……ツナの護衛か?」
「ご明察。へなちょこディーノも成長してよかった」
「おいっ、いつの話をしてんだよ!」
「6年前の話だ。実際、会うのは6年ぶりだろ」

 普通に答える湊に、ディーノは肩をガックリと落とす。
 6年ぶり。湊にとってあっという間だが、ディーノにとって長い月日だ。

 今から6年前、湊はキャバッローネファミリーの先代ボスの依頼で、リボーンと共にディーノを教育していた。
 あの頃の湊は戦闘や語学を叩き込んでいたことをよく覚えている。
 当時のディーノは10代目ボスになる覚悟を決めたばかりで、リボーンの厳しい教育を受けていたのだが上手くいっていなかった。
 そこでリボーンは先代ボスに依頼されていたはずの『デウス』を召喚したのだ。
 人を教育したことがない湊にとって難しい課題だったが、根気よく向き合ったおかげであらゆる語学を習得した。

「部下に見られるのが恥ずかしいからって席を外させていたけど、そのせいで間違ってばかりだったなぁ。部下がいると効率よく覚えてくれたのに……」
「その話はやめてくれ!」

 顔を真っ赤にして止めるディーノにクスッと笑った湊。
 当時の湊は子供で、本当に教育してもらうに値するのか不審がっていた。だが、その実力はリボーンのお墨付き。さらに湊のおかげで数カ国語を話せるようになった。
 リボーンと同じく第二の師匠として認めているため、頭が上がらない時がある。

 あれから6年の月日が経ち、久しぶりに見た湊は美女とも呼べる容貌に変わった。
 男のくせに女らしい美貌を持つため、本当に性別を疑ってしまう。
 今の笑みも女性的で、思わず見惚れてしまうほど綺麗だった。

「デウス……お前、女っぽくなったな」
「……ディーノ」

 飲み干したジュースを置いて、湊はうっすらと笑みを浮かべて笑う。
 その目は、かなり据わっていた。

「いっぺん死ぬか?」
「ごめんなさい」

 僅かな殺気に萎縮したディーノは即座に謝った。

「まったく……無神経にも程がある。それより、本当に奢ってくれるのか?」
「あ、あぁ……」
「ありがとう」

 あまり必要以外に金を使いたくない湊にとって、ディーノの申し出はありがたかった。

「あ、そうだ。今は和崎湊って名前で通っているから。湊って呼んで」
「わかった」

 素直に頷いたディーノに安心して、湊は「じゃあ、ごちそうさま」と言って店から出ていった。
 残されたディーノは、少し冷めてしまった最後の肉を頬張って会計に向かった。


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bkm