ランキング少年

 三学期が始まって1ヶ月が過ぎた頃だった。

 バレンタインデー。
 それは、2世紀頃のローマ時代のキリスト教殉教者であるウァレンチヌスの祝日で、この日は友人や恋人の間でカードを交換したり、贈り物をしたりする習慣がある。ドイツでは運命の日とされ、求愛の日とする国もあるが、彼とは無関係らしい。

 この行事に便乗した日本のお菓子業界は、好きな人にチョコレートをあげるイベントを作り上げた。
 学校では、プレゼントするためにお菓子を持参してくることを禁じる場所もある。
 幸いにも並盛中学校は対象外で、朝から放課後までひっきりなしに手作りから購入したチョコレートを好きな人へ贈っている。
 勇気のある者は手渡しで、引っ込み思案で奥手の者は下駄箱に入れて。

 湊の場合、朝から下駄箱にあるチョコレートを回収し、放課後に手渡しで貰っていた。
 なぜ自分にチョコを?と疑問に思ったが、湊は自分が並盛中学校一の美少年であることを知らない。
 彼に憧れる女子生徒は多く、こぞってチョコレートを渡そうとする。
 あまりの多さに、湊はげんなりしつつ持ち帰った。



 そんな日が過ぎて、そろそろ春が近づこうとした頃に雪が積もった。
 温暖化現象で積雪の時期が狂ってしまったのだろう。今回の並盛町の冬は大雪と言っていいほどの積もり方をした。

 その日曜日に、湊は風紀委員会の仕事に呼ばれた。
 入会する条件として休日は参加しないと言ったはずだが、風邪をこじらせて休んだ風紀委員が大勢いるらしいので仕方なく登校したのだ。

「まったく……体調管理くらいちゃんとしろよ……」

 白い息を吐き出しながら愚痴った湊。
 あと少しで学校に到着するところで、物凄い爆発と強烈なニンニク臭が発生した。
 直感的に沢田綱吉の家に居候している人間爆弾のイーピンだと察した湊は引き攣る。

「ぎ……ギリギリセーフ……」

 巻き込まれなくてよかった。
 ほっとして到着し、校舎に入ろうとするとグラウンドに巨大な亀がいることに気づく。

「……エンツィオ?」

 跳ね馬ディーノの相棒、スポンジスッポンのエンツィオ。
 なぜこんなところに……と思ったが、ふっと原作知識が呼び起こされる。

「……あぁ、雪合戦……」

 雪上の合戦に進展した強烈な原作イベントを思い出し、あることに気づく。

「あれ、どうやって元に戻すんだろう」

 爆弾で溶けてしまった雪のせいで巨大化したエンツィオを元の大きさに戻すのは大変だ。
 とりあえずラズリを飛ばして全員が気絶しているところを確認し、グラウンドに入る。
 周囲を見渡してリボーンがいないことを確認して、冬眠のため暴れていないエンツィオに近づいて右手を当てた。

『元の姿に戻るまで乾燥せよ』


 言霊を唱えると、ものの数秒で掌サイズまで小さくなり、湊の掌に収まった。
 続いて雪の塊で動けないディーノに近づく。あの強烈なニンニク臭で気絶しているようだ。
 溜息を吐いて言霊で塊を壊し、ディーノの頭をペシペシと叩く。

「起きろ、ディーノ」
「……ぅ、うぅ……」

 呻いたディーノは顔に手を当てて起き上がり、湊の姿を捉えると目を丸くする。

「デウス!? いでっ!」

 ゴンッと鈍い音を立てるくらい拳で殴られる。

「今は湊だ」

 悲鳴を上げたディーノと冷たい目で一瞥した湊は淡々と言って立ち上がる。

「ほら、さっさと起きろ。エンツィオを返せないだろう」
「……いつの間に?」
「ついさっきだ」

 淡々と返して立ち上がったディーノの肩にエンツィオを乗せ、校舎へ入る。

「あのっ!」

 その時、ボーイソプラノの声に呼び止められた。
 振り向くと、10歳に満たない男の子がいた。
 形のいい茶髪に大きな瞳のかわいらしい男の子は、縞模様のマフラーを身につけている。

 知識にある通りなら、少年はフータ・デッレ・ステッレ。通称ランキング・フゥ太。
 日本に来日してツナの家に居候していると情報が入っている。
 警戒対象である小さな情報屋に嫌な予感がした。

「『神遊』デウスの和辻奏だよね?」

 予感は的中し、知られたくない名を呼ばれた。
 表情が固まった湊に確信を持ったフゥ太は目を輝かせる。

「やっぱり! 戦闘能力ランキングと特殊能力ランキング、秘密の多いマフィアランキングとかで1位総ナメしてる! ねえ、奏姉って呼んで――」

『黙れ』


 フゥ太の言葉が止まる。湊の言霊によって止められたのだ。
 同時に放たれる殺気を受け、血の気が引いて青ざめる。

『その情報を誰に教えたのか言え』

「――リボーン」

 言霊を込めて命じられると、フゥ太の口が勝手に動く。
 自分自身の意思ではない。無理矢理聞き出されたフゥ太は恐怖から膝が震える。

「リボーンか……」

 聞き出した湊は表情を険しくする。
 厄介な人物に知られてしまったことに嘆きたくなったが、割り切るしかない。

「ハァー……『解除』」

 肺が空っぽになるほど息を吐き出した湊は、フゥ太にかけた言霊を解く。

 声が戻り、どっと冷汗が噴き出ると同時に足に力が入らなくなって座り込む。
 もう殺気は発していないが、体感した余韻が抜けきらなくて震えが止まらない。

 やりすぎた。そう感じた湊は罪悪感を覚え、フゥ太の目の前に近づいて目線を合わせるために片膝をつく。
 そっと右手を伸ばせば体を震わせるフゥ太。それに気づかぬふりをして頭に触れる。

『悪しき恐れ、彼方へと去り身に負わじ』


 頭を撫でながら唱えると、フゥ太から恐怖からくる悪寒のような震えが消えた。
 まるで日溜まりの中にいるような心地に驚き、目を丸くして湊を見上げる。
 今の湊の表情は悲しそうに見えた。

「この秘密は曝されたくないんだ。だからもう話さないでくれ」
「ぁっ……、ごめ、ん……なさい……」

 彼の心を傷つけた。理解したフゥ太は泣きたくなるほど後悔した。
 泣きそうなほど顔を歪めるフゥ太に苦笑した湊は彼の頭を撫でる。

「和崎湊」
「……え?」
「それが今の偽名。だから『湊兄』なら呼んでいいよ」

 穏やかな微笑みに優しい声音。
 春の日溜まりのような温もりがある声に、フゥ太は壊れそうな涙腺を耐え抜いて頷く。
 傷つけたというのに許してくれた。その優しさが嬉しくて、胸の奥が締め付けられた。

「じゃあ、オレはもう行く。また会おう、フゥ太」
「……! う、うん……! またね、湊兄!」

 強く頷いたフゥ太の目に怯えの色はない。
 安心した湊は柔らかく笑って、近くにある階段を上った。

「……ありがと、奏姉」

 湊の優しさに触れたフゥ太は、胸の奥の熱を感じて泣きたくなった。


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