花見場所争奪戦

 はらはらはら、静かに散る淡い紅色の花。
 風に乗って儚く舞い上がる花びらは――桜。


 青空に映える風情ある景色を穏やかな表情で眺める。そんな湊を見つめる、彼を花見に誘った雲雀。
 桜と同じく儚く消えていきそうな湊の姿に、雲雀は目を細める。

(女みたいだ)


 片膝を立てて座っているが、異色の双眸を細めて穏やかに微笑む横顔は女性的。桜の背景は彼を女性のように引き立てる要素だ。彼に和服を着せたらどうなるか、少し興味がある。

 ひと房の桜が手元に落ち、手に取った湊は指先で愛でるように撫で、ふっと淡く笑む。

「桜、好きなの?」
「ん? ああ……好きだよ」

 湊には夜桜の精神世界がある。毎日でも見ることはできるが、青空を背景に眺めることはできない。だからこの季節が一番好きだ。

 穏やかな声音に心臓を掴まれた気がした雲雀は平常心を保って桜を見上げる。
 日本には花より団子ということわざがある。花見より食事を優先する者のことを指すが、湊は団子より花のようだ。日本の風流な行事を理解しているようで良かったと何気なく思う。

「――!」
「――、――」


 ふと、すぐ近くから心地良い静寂を台無しにする人の声が聞こえた。

「湊、行くよ」

 目を据わらせた雲雀に声をかけられ、湊は嘆息してついて行く。
 ドサッと倒れる音と聞き覚えのある声。耳に届いたそれらに、湊は気づく。

(あー、原作……)


 そういえばお花見のイベントストーリーがあった。
 思い出した湊は猛烈に行きたくなくなった。
 だが、もう遅い。雲雀はお騒がせトリオの、沢田綱吉、獄寺隼人、山本武に向かった。

「何やら騒がしいと思えば君達か」
「ヒバリさん!!」

 雲雀の登場に驚きの声を上げるツナ。
 そして、雲雀の隣に湊がいることに驚く。

「えっ、湊君!? どーしてここに!?」
「恭弥に誘われたから。それと彼、風紀委員だよ」
「あ、ほんとだ!」

 改造学ランの左腕に付いている赤い腕章には金糸で「風紀」の二文字を刺繍している。

「僕は群れる人間を見ずに桜を楽しみたいからね。彼に追い払って貰っていたんだ」

(またムチャいってるーー…)

「でも君は役に立たないね。あとはいいよ、自分でやるから」

 抑揚の欠ける平淡な声で風紀委員の哀川常男あいかわ つねおに告げる。
 言葉の意味を理解している哀川は恐怖から青ざめ、震える声で「い…委員長」と呟く。

 草食動物を嫌う雲雀は、周囲に草食動物という名の弱者がいることを嫌う。小刻みに震える哀川に目を細めた雲雀は、学ランの下に隠し持っている伸縮式のトンファーを出した。

「弱虫は土にかえれよ」

 横殴りで顔にトンファーを受けた哀川は野太い悲鳴を上げて倒れ伏す。
 部下にも冷徹な雲雀の行動にツナ達は驚愕する。

「見てのとおり、僕は人の上に立つのが苦手なようでね。屍の上に立ってる方が落ち着くよ」

 雲雀の何気ない言葉に戦慄するツナ達。傍観している湊は「恭弥らしいね」と苦笑した。

「そ……そーいや何で和崎、ヒバリを下の名前で呼んでるんだ?」
「ん? ……風紀委員だから?」

 山本に訊ねられて疑問符を付けて答える湊。

 実のところ湊も理由を知らない。風紀委員会に所属するからだと思ったが、よく考えれば湊以外の風紀委員は「委員長」と呼んでいる。そして雲雀は「恭弥」と呼ばせていない。
 よく解らず首を捻る湊の発言に雲雀は溜息を吐き、初耳である獄寺と山本は絶句した。

「いやー、絶景! 絶景! 花見ってのはいいねーー♪」

 不意に聞こえた部外者の声。
 桜の木の後ろから出てきたのは酒瓶を片手に持つ白衣の男。

「っか〜〜〜やだねーーー男ばっかっ!」
「Dr.シャマル!」

 予期せぬ男の登場に湊は顔をしかめる。

 Dr.シャマル。666種類の不治の病原菌を持つ蚊――トライデント・モスキートを操り、敵を病死させる殺し屋。武器でもある蚊の口が三又であることから『トライデント・シャマル』という異名を持つ。ちなみに男嫌いで、自身が従える蚊も血を吸う雌のみ。

 彼は医者だが男を診ないという問題を持つが、腕は確かなので保険医として並盛中学校に潜んでいる。
 なぜ潜んでいると表現したのか。それは2062股をかけた上に某国の王妃に手を出した罪で国際指名手配犯として日本へ逃げてきたからだ。
 情けない男だが、殺し屋としても医者としても天才的な実力を持つ。

 「やぶ医者、ヘンタイ! スケコマシ!」と罵る獄寺と違い湊はさり気なく警戒し、無い喉仏を隠すためにロングコートの襟を寄せた。

「オレが呼んだんだ」
「リボーンも!」
「おめーらかわいこちゃんつれてこい!」
「赤ん坊、会えて嬉しいよ」

 酒をラッパ飲みするシャマルの上の枝に花咲じじいのコスチュームで現れたリボーン。
 雲雀はシャマルを無視し、久しぶりに会う興味の対象に向かって好意的に挨拶した。

「オレ達も花見がしてーんだ。どーだヒバリ。花見の場所をかけてツナが勝負すると言ってるぞ」
「なっ、なんでオレの名前出してんだよー!!」

 相変わらずの傍若無人にツナは非難の声を上げる。
 雲雀はそれに構わず「ゲーム…いいよ、どーせ皆つぶすつもりだったしね」と物騒な言葉を返す。

「じゃあ君達三人とそれぞれサシで勝負しよう。お互いヒザをついたら負けだ」
「ええ! それってケンカ!?」
「やりましょう10代目。いや、やらせて下さい!」
「一応ルールあるし、花見してーしな」
「みんなやる気なのー!?」

 争い事が嫌いなツナは、好戦的な三人と違って引け腰だ。

「心配すんな。その為に医者も呼んである」
「あの人女しか診ないんだろ!!」

 枝の上にいるリボーンは暢気に言うが、ツナのもっともと言える突っ込みに傍観している湊は苦笑する。

「へーー、おめーが暴れん坊主か。おまえ姉ちゃんいる?」
「消えろ」
「のへーー!!!」

 酒臭いシャマルの顔面をトンファーでひと殴り。「ふぎゃーーっ!!」と倒れるシャマルを心から心配する人はいなかった。

 その中で湊は険しい顔を作る。それは、あの瞬間でシャマルの取った行動が原因だ。

「10代目、オレが最高の花見場所をゲットしてみせますよ!」
「えっ、でも獄寺君、相手は……」

 相手はいくつものダイナマイトを一振りで弾き返す雲雀。敵うかどうかも怪しいところ。
 心配するツナだが、リボーンに静観するよう言われた。

「リボーン」

 獄寺が雲雀に立ち向かい誰もがそちらに意識を向ける中、湊はリボーンに声をかける。

「止めないのか?」
「何でだ」
「結果は目に見えている。そうだろう?」

 言葉少なで告げれば、リボーンはニッとニヒルに笑う。
 確信犯だと理解した湊は溜息を吐き、「不快だ」と呟いて山本が倒れた方へ顔を向けた。


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