日記帳
少女の様にふわふわと、袖を靡かせ乍ら駆けてゆく。私は其れを、細目で見ていた。
愛しい愛しい、時子。
彼女が居れば、他に何も要らない。そう、彼女だけが、私は欲しかった。
「御覧になって。」
そう笑う彼女に、笑みを向ける。
「嗚呼、菫だな。可愛い。」
「ええ、本当に。何故こんな所に咲いているのかしら。」
雑草の中に、凛と咲き誇る菫。まるで、彼女の様思う。
「踏まれないかしら。」
「引き抜くか。」
私の言葉に、彼女は首を振り、優しい目で菫を見た。
「此処に咲いているのですもの。此処が心地良いのですわ。」
そう笑う彼女に、伸ばし掛けた手を戻した。
「時子の様だな。」
「そうですか。恥ずかしいわ。菫だなんて。」
謙虚な態度に、私は笑った。
雑草の中で、生きる菫。
さしずめ雑草は、私だ。そして、彼女の周りの人間。微笑み掛け様とした時、彼女の身体が、大きく揺れた。並んで見ていた筈なのに、彼女の身体は、私から離れた。
「何をしている、時子。」
其の声に、私は背中に冷たい物を感じた。彼女の腕を掴み上げ、さも汚い様な物を見る目で、私を見る男。
「離して下さい、御兄様。」
私の背中に感じた様な、冷酷な目を持つ男。蛇の様な目で、私を睨み付ける。
「此の男に会うなと、何度云ったら判るんだ。」
「御兄様に、とやかく云われる筋合いは御座居ませんわっ。」
其の言葉に怒りが湧き出たのか、強く腕を引く。其の痛さに、苦痛の表情を浮かべる彼女。私は、掛ける言葉も無く、其の光景を見ていた。
誰が、声を掛けられ様か。此の、兄に。
私は俯き、立ち上がった。
「済みません、私が悪いのです。其の手を。」
視線が合っていないのに、刺さる視線。
「貴様の云う事等、聞くか。」
言葉も、同様に突き刺さる。彼女の腕を更に引き、私から遠ざけた。
「良いか、時子はな、貴様が相手出来る様な女では無い。」
突き刺さる言葉に、何も云えず、地面を、菫を見ていた。
「身の程を知れ。」
「御兄様。」
「申し訳、ありません。」
彼女を直視する事が出来ず、菫を見詰め続けた。凛とした其の姿。何よりも美しい。
「良いか、今度時子の、私の前に現れでもしてみろ。殺してやるからな。」
私は、下唇を噛み、其の言葉の本気さを知る。
「帰るぞ、時子。」
「木島様。」
私を呼ぶ彼女の声に、私は反応が出来ず、唯、唯、地面を見詰めていた。
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